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魔術師転生  作者: サマト
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三十二話 シモン、罪からの解放 模擬戦の終了

火球が通り過ぎた後、そこには何もなかった。ブーケ・ニウスが跡形もなく消滅していた。

「……やってしまった」

ルーナ・プレーナはがっくりと膝をついた。

「今度は人格だけじゃなくアッシュさんまでも消滅させてしまった……。僕、人を殺してしまった……」

シモンの目の前が真っ暗になる。失意のどん底に陥った。

シモンの前世である志門雄吾は幾人もの妖術師や黒魔術師を殺している。それに関係した一般人も実際に殺している。つまり人を殺す事には抵抗がないはずだ。だが、シモンがこうも動揺するのは前世の知識と記憶を持ち込めたが感情面は現在のシモンがベースとなっている為だった。

(お、お兄ちゃん落ち込まないで! ここで膝ついてるよりアッシュさんを探した方がいいよ。もしかしたらブーケ。ニウスから脱出してるかもしれないし)

「そ、そうだね」

シモンはルーナ・プレーナを起動、立ち上がりブーケ・ニウスが立っていた辺りまで移動する。辺りを見渡す。もしかしたらブーケ・ニウスの操縦槽が打ち出されていると思ったが何も見つける事が出来なかった。

「アワワッ、やっぱり……どうしよう!?」

(お兄ちゃん、逃げよう! お兄ちゃんとだったら私はどこまでも付き合うよ!)

ルーナが逃亡を示唆するがシモンは溜め息をつく。

「逃げてどうすんの!? ……ファインマンさんに連絡して……罪を償わないと……」

(お兄ちゃん、元気を……)

そこでルーナの思念が途切れた。それが何故かというと……。

ルーナ・プレーナの足首の辺りを何かが掴んだからだ。ビクリッとしながら視線を下に向けると砂の中から真紅の腕が伸びており、ルーナ・プレーナの足首を掴んでいた。

「この腕はっ!?」

驚いたのもつかの間、掴んでいる腕を起点に砂が大きく盛り上がる。ルーナ・プレーナは逆さに吊り上げられた状態になる。逆さになった状態で自分を持ち上げてる者を見て思わず安堵の声が出る。

「アッシュさん……」

ルーナ・プレーナをさかさまに釣り上げているのはアッシュが操るブーケ・ニウスだった。

「ドッコイ生きてる砂の中~」

シモンは心底安堵して為、アッシュがどうして異世界のTシャツに押し込まれた黄色いカエルの主題歌を知っているのか突っ込めなかった。

「それはともかくとして流石にヤバかったぞ! 殺す気か!!」

アッシュの叱責にシモンは何も言う事が出来ず押し黙る。

「……何てな……いい攻撃だった。そういう攻撃をもっとやってくれ」

「? 怒ってないんですか?」

「これぐらいやってくれないとブーケ・ニウスの限界が分からないからな。もっとやろうぜ!!」

「……それよりとりあえず降ろしてくれませんか?」

未だルーナ・プレーナはブーケニウスに片腕で吊り上げられている状態だった。

「おっと、スマナイ」

ブーケ・ニウスが手を離す。重力に従い砂地に落下する寸前に魔術力を放出し空中で止まりクルリと一回転して砂地に着地する。

「さて……教えてくれませんか、アッシュさん。どうやって僕の火の魔術から逃れたんですか?」

その問いにアッシュは自慢げに笑う。

「穴を掘って下に逃れたんだ」

「どうやって? ブーケ・ニウスが潜れるほどの穴をほんの僅かの時間で?」

「それもちょっとしたアイディアでな……障壁を使ったんだ」

「障壁で穴を掘る?」

「ああ、細長い棒状の障壁を砂に突き刺してそれを広げて穴を作った。そこに潜って火球をやり過ごした。そして障壁を解いてブーケ・ニウスに砂をかぶせて身を隠した」

シモンはアッシュの機転に素直に感心した。偽神が新たに取得した己の身を守る障壁一つにこれだけ色々な使い方を考え出すとは思いもしなかった。一つの使い方にこだわらない柔軟な想像力は人間最強の武器になりえる。それを自由自在に使うアッシュという人物はカルヴァンとは違うタイプの化け物と言えた。

その考えに至りシモンは考えを改めた。アッシュが操るブーケ・ニウスは最強だと。シモンは確かにブーケ・ニウスの人格を消滅させてしまった。一つの命を奪ってしまった事になるが、アッシュが乗り込む事で新たな命を吹き込まれ最強に至る存在となった。そんな相手に罪悪感を抱くなど思い上がりに他ならない。こっちも本気にならなければならない。シモンの中の歯車に挟まっていた罪悪感という不純物が抜け、回転し始めた。歯車は力を伝え強力な力になりうねりを上げる。

「……ルーナ……ルーナ・ノワに戻って」

シモンは張りのある声でルーナに命じた。

(お兄ちゃん?)

「ほう、やる気になったか?」

シモンの雰囲気が変わった事がルーナ・プレーナを通じて感じ取りアッシュが笑う。

「ええ、アッシュさんが乗るブーケ・ニウスは間違いなく強い。そんな相手に胸を貸すつもりだなんて思い上がりだった。僕が胸を借りるつもりで全力で行きます、覚悟して下さい!」

「おお、どんな手段も方法も使って俺とブーケ・ニウスを倒してみろ!」

「はいっ!」

(……お兄ちゃんたち……これ、模擬戦だからね……本気で戦っちゃだめだよ……分かってる?)

唯一冷静であるルーナが二人に忠告するが届いていない様だ。ルーナが人ならば溜め息の一つもついていそうだが、諦めて周りに浮かぶ四機の魔術武器を戻しルーナ・ノワに戻る。

「そっちの……ルーナ・ノワだったか。それに戻ってどうする?」

ブーケ・ニウスの多彩な攻撃に対抗するにはルーナ・プレーナの高機動、多彩な攻撃手段で対抗するのがいいはずなのだがシモンはあえてルーナ・ノワに戻った。近接戦闘主体のルーナ・ノワでどう対抗するのか?

「まずは……さっきの全方位攻撃を破ってみようと思います」

障壁を加工して作り出した無数の円盤をルーナ・ノワの周りに配置し一斉に攻撃してきたあの攻撃の事だ。

「ほう?」

「まあ、それに際して策を二つほど弄しますが」

「それでいいのか? まあいい、やれることはドンドンやってくれ!」

「分かりました、では……イクス・アル・ペイ」

シモンがある魔術の呪文を唱えた。それによりそよ風が吹いた。砂を一瞬巻き上がるがそれだけで目つぶしにもなっていない。

「何だ今のは? もしかして……失敗か? 不発じゃないか?」

「いいえ、策の一つはこれで完成です。もう一つは……こうします」

シモンはルーナ・ノワの両拳、両肘、両膝、両足に意識を集中する。するとルーナ・ノワの各所が白く輝き出した。魔術力を両拳に集めた結果だった。そして中国武術、形意拳の初期動作でもある三体式の構えを取る。

「これで僕の準備は終わりました。アッシュさん、お願いします」

ルーナ・ノワの胴に入った構えにアッシュは息を飲む。これでこちらの攻撃にどう対処するのか、考えただけでワクワクする。

「ああ……」

ブーケ・ニウスはルーナ・ノワから距離を取る。

「じゃあ、復習だ……」

ブーケニウスが右腕を上げるとルーナ・ノワの周りに障壁を調整して作った幾万の円盤が展開、配置される。

「周りに展開された五百十二の円盤躱してみろ!!」

アッシュの賭け声と同時にブーケ・ニウスが右腕を振り下ろし、円盤がルーナ・ノワに向かって飛翔する。ルーナ・ノワの巨体では避ける隙間がない、死へと誘う檻の中に捕らわれたルーナ・ノワとシモン。ルーナ・ノワに比べて強力な魔術を使う事が出来ないルーナ・ノワでは対抗手段がない。であるはずなのにルーナ・ノワは絶望に抗って見せた。

ガラスが割れたような音と同時に円盤が破壊される。一つではなく複数の円盤が一度に割れる。それを行ったのはルーナ・ノワの拳、肘、膝、足だった。ルーナ・ノワが形意拳の技法を用いて円盤を破壊していた。ブーケ・ニウスが作り出した円盤は切れ味を優先している為、脆く簡単に破壊する事が出来る。壊そうと思えば簡単に壊せるが高速起動している状態では拳を当てる事さえ難しいのだがそれを事も無げに行っている。それだけでも驚愕に値するのだがルーナ・ノワは更に驚くべき行動をしてみせた。死角となる後方から来た円盤を回避して見せたのだ。一度や二度ならありえるが三回、四回と続けば偶然とは思えない。何らかの方法で円盤が飛来する方向や距離を感知しているようだった。破壊と回避を繰り返し、ほんの数分で全ての円盤を破壊する事に成功した。呼気を整えるシモンにアッシュは掠れた声で尋ねる。

「シモン、お前……何をやった?」

シモンは体の各所を魔術力で保護したとはいえ、純粋な体術だけで無数の円盤を破壊及び回避して見せたのだ。この絶望的な死の檻をやすやすと抜け出す事が出来るなど予想していなかった。

ルーナ・ノワが顎元に人差し指を当て、シモンはこう言った。

「それは秘密です」

「シモン、お前!」

アッシュの怒気を含んだ声にシモンは慌てて言い直す。

「冗談です! ちゃんと言いますから落ち着いて!」

慌ててシモンが説明する。

シモンが最初に行った風の魔術、これに秘密があった。風の魔術を攻撃ではなく探知に用いたのだ。円盤が動く際、当然だが空気、つまり風が動くのである。この風の揺らぎから方向、距離、速度を読み取っていたのだ。読み取ったとはいえ普通は回避出来る物ではない。それを可能にしたのはシモン本人の技能によるものである。

「お前、そんな複雑な処理をこなしていたっていうのか? 普通じゃないな」

アッシュが驚いたような呆れた様な声で言う。

「アッシュさんが言いますか、それ」

「それもそうだな」

アッシュがひとしきり笑う。そして笑いを収めるとこう言いだした。

「お前の魔術と体術の複合技、見事だった。俺も一つ見せないといけないな」

「見せるって?」

「俺の本気をな」

ブーケ・ニウスが何もない正面の空間に両腕を伸ばす。そこに半透明状の結晶が出現する。結晶が捩れ伸ばされ一つの形を成した。それは無骨な飾りっ気のない、それなのに美しい巨大な半透明状の大剣だった。ブーケ・ニウスは両手で半透明状の大剣の柄を掴む。

「それってもしかして……」

「ああ、障壁を調整した作った大剣だ」

「何と言うか……本当に器用ですね」

「まあな……それよりもう少し戦えるよな?」

「当然です。体が暖まってきたところですから」

ルーナ・ノワは三体式の構えをとり、ブーケ・ニウスが中段に構えた。動きを止めているが二機の偽神は力が高まっていく。

(お、お兄ちゃん……)

ルーナの思念はシモンに届いていない。

(二人とも本気になっちゃっている。どうしよう!? どうしよう!?)

同調を解けばいいのだが今の状態で同調を解くのは非常に危険だった。解いた途端アッシュが動き一刀両断される未来が見えてしまう。

オロオロするルーナに野太い声が助け舟を出した。

(まてまて!! お前らそこまでだっ!!)

二体の偽神にファインマンからの通信が入った。

(もう十分経ってるぞ。模擬戦はそこまでだ!)

「ファインマンさん、もう少しダメか?」

(ダメだ。それ以上は模擬戦の域を超える。本当の死闘になってしまう! どちらも無事じゃすまないだろ。いいからやめるんだ!)

「……しょうがない……シモン、ここまでだ」

ブーケ・ニウスが大剣が消去し、武装解除したのを確認しシモンも三体式の構えを解く。力を抜いたシモンの脳裏におどろおどろしい思念が響く。

(オ~ニィ~チャ~ン)

「……ルーナ……どうしたの?」

(どうしたのじゃない! 何、本気で戦おうとしてるの!)

「ル、ルーナ!? 何怒ってるの!?」

(何で怒ってるか分からないの!? 本当に怖かったんだからね!!)

「いや、怖いってそれまずいんじゃないの? これから狂神と戦う事に……」

(口答えしない!!)

「スイマセン!!」

シモンの脳裏で本気で怒ったルーナの思念が幾度も叩きつけられしばらく頭痛に苦しめられる事となった。










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