第三十話 戦いたくない理由、罪の告白
サヴァルをかける巨人が二体。先を走るのは漆黒の偽神ルーナ・ノワ。後ろを走るのは真紅の偽神ブーケ・ニウス。装甲の厚さで言えばルーナ・ノワの方が厚い。その分重量があり足も遅くなるはずなのだがルーナ・ノワの速度は速く衰える事がなかった。ブーケ・ニウスはルーナ・ノワを見失わない様にするのが精一杯だった。
「待て、シモン! 何で逃げるんだ!!」
アッシュがブーケ・ニウスを通して叫ぶ。
「だから言ってるでしょう。ブーケ・ニウスとは戦いたくないって!!」
「何で戦いたくないのか理由を言え!!」
「それも……言いたくありません」
「逃げたってしょうがないだろ!! 今逃げたとしてもサフィーナ・ソフで会う事になるんだからその度に襲撃するぞ!! 俺はしつこいぞ!!」
合う度襲われる光景を思い浮かべゾッとしたがそれで改めるつもりはない。
「その度に逃げますから何度でもどうぞ。僕は逃げ足にも自信がありますから」
シモンの一言にアッシュはカチンときた。
「情けないことを自慢するな! ……ともかく足を止めて―――」
ブーケ・ニウスが前方に飛び、飛び蹴りの体勢になる。ブーケ・ニウスの背後に火球が出現しその場で爆ぜる。爆発の衝撃を背に受け推進力を得てルーナ・ノワに向かって一直線に飛んで行った。
「―――俺の話を聞けぇぇぇ!!!」
後方の爆発に驚き足を止めたルーナ・ノワ。振り向き最初に目に入ったのは赤い流星。赤い流星はルーナ・ノワが常時展開している障壁を破壊し本体に直撃した。
「グウッ!?」
衝撃に呻くシモン。ルーナ・ノワは衝撃を殺しきれない。踏ん張る事も出来ず吹っ飛ばされる。何度も砂地を転がりようやく機体が止まる。攻撃の衝撃により体が動かない。ルーナ・ノワの自己修復機能が働いているようだがしばらくは指一本動かせない。同調が解けないのはルーナの復讐なのだろうか。
うつ伏せに倒れるルーナ・ノワの右横にブーケ・ニウスが立ち、背部を軽く踏みつけた。
「さて……これで逃げ回る事も出来まい。さあ、話してもらおうか。どうしてブーケ・ニウスと戦わないんだ?」
ルーナ・ノワが顔を背ける。
「言いたくありません」
「どうして?」
「どうしてもです……ブーケ・ニウスやインディ・ゴウと戦う事だけは勘弁して下さい……お願いします」
シモンの声色には悲痛なものが含まれていた。深刻なものを感じたアッシュは詳しく話を聞こうと足を降ろす。その次の瞬間ルーナ・ノワから発せられた不可視の圧力がブーケ・ニウスを弾き飛ばす。ルーナ・ノワの周りに障壁を張り直しブーケ・ニウスを弾き飛ばしたのだ。ただ突き飛ばしたようなものでブーケ・ニウスにダメージはない。だがアッシュの怒りはヒートアップする。
「シモン……テメェ……」
「ゴメンナサイ……でも」
シモンはこれ以上話さなかった。
「ルーナ! ルーナ・プレーナに変身して! ここから逃げるよ!」
だが、ルーナから返ってきた返答はたった一言だった。
(ダメッ)
「ダメって……どうして!? さっきの事なら謝るから今は……」
(ダメったらダメッ! ……さっきの事にはイラっと来たけどそれは置いといて……お兄ちゃん、何を悩んでいるのか分からないけど逃げてちゃダメだよ!)
「いいから早く!!」
「……ザァ~ンネェ~ン」
ルーナ・ノワの背後で怪しげな声が聞こえた。ゾクリという寒気の直後に右手を捩じられ背中に押し付けられる。足を払われうつ伏せに倒された。ルーナ・ノワを取り押さえているのは当然、ブーケ・ニウスだった。
「……シ~モ~ン……ふざけたマネをしてくれたなあ」
背中に乗っかているブーケニウスから聞こえるアッシュの声には怒気が含まれている。体重がかかり決められた関節が軋みを上げる。
「スッスミマセン! 許してください!」
(イタッ、イイタいよ! アッシュさん)
「今、頭に響いたのがルーナ……ちゃんか? 技の痛みが彼女にもいくのか。そうなると技を解いてやりたいんだが……おい、シモン! どうして逃げようとする。訳を言え! そうすれば技を解く!」
そう言われても何も言おうとしないシモンにアッシュは溜め息をつく。
「どうしてそこまで頑なになるんだ? 恐らくブーケ・ニウスとインディ・ゴウについて悩んでいるんだろうがお前一人で何とかなる事なのか? 俺じゃなくても誰かに話してみたらどうだ。その方がすっきりすると思うが」
(……お兄ちゃん、この人に話してみようよ。私もお兄ちゃんが何悩んでるのか知りたい)
「アッシュさん、ルーナ……」
しばらく逡巡し、シモンが口を開く。
「アッシュさん……分かりました。話しますので手を離してくれませんか?」
「離すが……次にまた逃げようとしたら今度は手加減しない。バッキバキに痛めつける!」
ドスの利いた声にシモンは寒気を覚える。
「ハッハイッ! 逃げません!」
(そうだよ、お兄ちゃん。今度逃げようとしたら同調を解くからね!)
アッシュの関節技に恐れをなしたルーナがシモンに釘をさす。
「それから……ルーナ……ちゃんでよかったか? ナイスフォロ~」
(ウンッ! ちゃん付けされちゃった、ウレシイな!)
ルーナの喜んだ感じの思念がアッシュにも届く。それを感じたアッシュは笑みが浮かべる。
「シモンの偽神にはこんなかわいい子が宿っているのか。俺のブーケ・ニウスにもこんな子が宿ればいいのに」
その言葉にシモンは息を詰まらせる。その何気ない一言がまさに核心を突いているからだ。
(? お兄ちゃんどうしたの? 大丈夫?)
シモンと同調している為、シモンの体調を感じる事が出来るルーナがシモンの異常にいち早く気が付いた。
「シモン、大丈夫か?」
(早く私からブーケニウスを降ろして、アッシュさん!)
今だブーケニウスはルーナ・ノワを取り押さえている状態だった。
「ああ、悪い……」
ブーケ・ニウスが関節技を解き、後方に下がる。ルーナ・ノワが体を起こすが立ち上がろうとはせずその場に座った。アッシュは悩んだ末にルーナ・ノワの正面に座る。シモンもアッシュも何も言わないまま時間が経つ。アッシュはシモンから口を開くまで待つつもりだ。それを察したシモンが諦めた様に口を開いた。
「アッシュさん……今のブーケ・ニウス……どう思いますか?」
「今のブーケ・ニウスか? ……そりゃあスゴいの一言だな」
高評価だった。
「お前が仮面の聖霊石に行った魔術か? あれのお陰で機体の性能が爆発的に上がった。機体の基礎的な能力は優に数倍。こちらの意志に反応して障壁が張れるし、火の魔法まで使えるようになった。機体特有の能力何だろうな」
「あの蹴り技は?」
「あれは俺のオリジナル。狙った方向と機体の背後に障壁を展開。火球を背後に作り出して爆発させる事で推進力を得て一直線に向かっていく。見事な技だろ?」
「確かに凄い技でしたが……僕は敵ですか?」
「言うこと聞かない奴にはいい薬だ」
シモンは辟易するが気を取り直して話を続ける。
「……まあそれはいいとして……何か……足らない物があると思いませんか?」
「足らない物? 何だそれは?」
「ルーナにあってブーケ・ニウスにはないもの。アッシュさんは会話の中でそれを口にしました……」
「俺が?」
アッシュが先程までの会話を思い返して口を開く。
「もしかして……ブーケ・ニウスにもこんな子がって奴か?」
シモンは言い淀むがしばらくして重い口を開いた。
「……そうです……ブーケ・ニウスの仮面には人格が宿っていないんです? ブーケ・ニウスとインディ・ゴウにも人格が宿っていておかしくない筈なんです」
そう言われてもアッシュには訳が分からなかった。
「それ……俺にはよく分からないんだが……どうして仮面の聖霊石に人格が宿るんだ? お前の聖霊石が特別なんじゃないのか?」
アッシュの疑問に志門が苦し気に応える。
「僕のいた世界では『器物百年経てば魂魄宿る』という言葉があります。つまり者でも長く使えば魂が宿るという意味です。聖霊石自体特殊な石です。ルーナより長く存在、実際に起動していたブーケ・ニウスとインディ・ゴウには人格が絶対宿る筈なんです」
「それが宿らなかったと?」
「はい」
「だが、それはたまたまじゃないのか? たとえ宿らなかったとしても今、不便に思う事はない。それどころか機体の能力が向上してるし十分成功してると思う。悩む事ないんじゃないか?」
そう言われてもシモンは喜べなかった。
「僕がブーケ・ニウスの仮面に疑似魔術中枢を付与した後、ルーナの仮面のような反応を示さなかったのでおかしいと思ってブーケ・ニウスの内面世界に確認しに行ったんですよ」
「内面世界? 何だそりゃ?」
「内面世界というのはですね……」
シモンは内面世界、つまりアストラル界の事を簡単に説明してから話を続ける。
「僕が見たブーケ・ニウスの内面世界。そこには……何もありませんでした?」
「何もなかった?」
「文字通りです。見渡す限りの真っ白な世界。唯一僕が付与した疑似魔術中枢のみがありましたがそれ以外本当に何もありませんでした」
「それが……どう変何だ?」
「内面世界は仮に言ううならその人そのものを表します。その人の人生、生活で得た知識や情報、感情あらゆるものが内面世界を構築します。それが何もないという事は……」
「死んでいるという事か?」
シモンはそれに頷く事が出来ない。声を沈ませながら話を続ける。
「ルーナの内面世界に初めて入った時でさえ無限に広がる荒野と言った光景を見る事が出来ました。狂竜神に攻撃を受けていた為そういう光景になっていたと思うのですが」
「ブーケ・ニウスにはそれさえなかった……」
「はい」
「やっぱりよく分からないな。そうなった事とシモンがどう関係する? どう考えてもブーケ・ニウスとインディ・ゴウと融合した狂竜神とやらのせいだと思うんだが」
シモンは苦し気に己の罪、つまりブーケ・ニウスの人格が消滅した原因について語り始めた。




