第二十八話 二つの仮面の復活……?
狂竜神との戦闘があったにもかかわらずソル・シャルムの工房の損傷は軽微である為、工房の設備はほぼ使える状態だった。工房の機能をフル稼働して行われたのは戦力強化、つまり二体の偽神ブーケ・ニウスとインディ・ゴウを一から組み立てるだった。肉体部分はほぼ全壊している為、一から作り直す事になった。その際、ルーナの構造を参考に新たな機構が取り付けられ性能が向上していた。後は動力源となる仮面に埋め込まれた聖霊石に力を充填すれば完全に復活する事になるのだが今回それを行うのはそれを担当していた十数名の魔法使いではなかった。
工房の外には二体の偽神ブーケ・ニウスとインディ・ゴウが起立していた。肉体はもとより身に纏う装甲も真新しい。だが、動力源となる仮面が頭部に収まっていない。肉の塊に鎧を纏わせただけである。これを動かす為の動力源、仮面は足元の台座に置かれておりその前にシモンとファインマンが立っていた。ファインマンの目の下には濃いクマがあり顔色も悪い。体を洗っていないのか少しクサかった。シモンはその匂いに顔をしかめながらファインマンの顔を覗き込み尋ねる。
「……大丈夫ですか、ファインマンさん?」
「お前さんのルーナが築き上げた新たな機能が思ったより優れててな。それを解明、ブーケ・ニウスとインディ・ゴウに取り付けるのが面白くて……最後の二、三日は完徹した。風呂にも入ってないからな、多少匂うのは我慢しろ」
ファインマンが大きく欠伸をし頭を掻く。
「ファインマンさんも年なんですから徹夜なんてしないで休んで下さいよ」
「休めないだろ。今、狂神が現れたらお前一人で戦う事になるんだからな。そんな危険な事させる訳にはいかんだろ」
実際、シモンはルーナがあったとはいえ実際一人で狂神と戦っている。そして一度は敗北している。それからの復活劇はまさに奇跡。その奇跡が何度も起こるとは思えない。狂神相手に一人と一体では勝ち目は薄い。戦力強化は急務と言えた。
「ファインマンさん……ありがとうございます」
シモンはファインマンに頭を下げる。
「止めてくれ。俺は自分の仕事をしたまでだし、俺が出来るのはここまで、後はお前の仕事だ。三号機……いや、ルーナ・プレーナ? ルーナ・ノワだったか? の仮面に行った魔術とやらを二つの仮面にもやってくれ。偽神が三体揃えばお互いをサポートする流れが出来る。そうなればどんな狂神来ても負ける事もないだろう。だから……頑張ってくれ」
ファインマンがシモンの肩を軽く叩く。
「ハイッ!」
シモンの返答にファインマンは満足そうに頷き後ろに下がる。後には工房の職人、本来仮面に魔法力を充填する十数名の魔法使い、アッシュとサリナがいた。これから行われる魔術を見学する為だ。ブーケ・ニウスとインディ・ゴウの操縦者であるアッシュとサリナは自分の愛機の新生を目撃したいが故に期待が籠った視線を向けているのに対し、魔法使いたちはシモンが仮面に力を充填する方法を学び、あわよくば自分の物にしたいが故に目を皿のようにし、シモンの一挙手一投足を凝視していた。
シモンは目を閉じ、魔術を行う前の予備動作である四拍呼吸を行う。体をリラックスさせ精神を収集させると五感が鋭敏になり、突き刺すような視線を感じてしまう。なんともやりづらいが自分の技術を共有する事は悪い事ではない。自分のやる事が他の魔法使いにも出来るようになれば色々応用する事が出来る。ここは気張らねばと気合を入れ目を開く。
ブーケ・ニウスとインディ・ゴウの仮面の上にある図形を幻視する。
―――生命の木。
十の球体と二十二の径で構成された図形。この単純でありながら神秘を内包するこの図形を魔術師は様々な事に用いる。シモンの様に偽神の動力源に付与させるという使い方はかなり特殊な方なのだが。
シモンは生命の木の頂点にある球体の神名を唱える。
「エー・へー・イー・エー」
神名を唱える事により球体が振動し象徴色である白い光を放つとイメージする。この調子で十の球体の神名を唱えていき球体が輝いていく様を明確にイメージしていく。
シモンの一連の儀式魔術を見ていた魔法使いたちが騒めいていた。魔法使いであるサリナも息を飲む。
「……サリナ、どうしたんだ? 顔色が悪いぞ?」
「……アッシュ……アナタは何も感じないの?」
「何もって……何を?」
ポカンとしているアッシュの顔を見てサリナが溜め息をつく。
「まあしょうがないかもね。魔法力とは別種の力だしし、目では見えないから」
「? どういう事だ?」
「どうもこうも言った通り。私には見えない。でもシモンが聞いた事のない言葉、おそらくは呪文だと思うけど……呪文を唱える度に仮面の真上の空間から妙な圧力が発せられている。それは徐々に強くなっている」
アッシュがもう一度シモンを見るが変化がイマイチよく分からなかった。魔法使いであるサリナは魔法の様な超自然の力を携わっている為、別種の力である魔術力を感じられるようだがそうではないアッシュには感じられないのは当然かもしれない。
「でもこの前の祝勝会では魔法火の球だしてなかったか?」
「あれ、魔法じゃないわ。魔術力で魔法と同じ効果を出していたみたい」
「ふうん……その……魔術力を仮面に重点しようという事だが……大丈夫なのか?」
サリナが顎に手を当て考えこむ。
「……多分……大丈夫だと思う。ブーケ・ニウスもインディ・ゴウもルーナみたいになると思う」
「あんな風に変身機能がつくのか? そりゃ楽しみだ!」
アッシュが満面の笑みを浮かべる。その笑顔を見てサリナがまた溜め息をつく。
「お子様」
その言葉にアッシュの顔から笑みが消えムッとする。
「俺は二十二だ! お子様じゃない!」
「そうやってすぐに怒る所がお子様……」
アッシュをからかっていたサリナが押し黙る。アッシュの後方を見て唖然としているようだ。サリナの視線を追ってアッシュもそれを見て唖然とする。
「……キレー」
サリナが周りの皆の心の声を代返する。
シモンの前にある二つの仮面に埋め込まれた聖霊石に光が蘇ったのだ。黒く濁っていた聖霊石から七色の光が放たれた天に立ち上る。
「……この輝き……以前のものより強くないか?」
アッシュの記憶にある精霊石の輝きはここまで強くなかった。この輝きの強さはそのまま力の強さを表しているのなら……。
「これなら……勝てる……」
興奮した面持ちでサリナが呟く。アッシュもそれに頷く。二つの仮面に輝きが戻った事に周囲の皆が歓声を上げる。これで二体の偽神が蘇る。この事実に皆の表情に希望の光が灯るが唯一シモンの表情はすぐれなかった。
疑似魔術中枢を精霊石に埋め込み魔術力を自分で作り出す機構は作り上げた。それはうまくいっているのだが……。
(……確かに生命の木の喚起魔術は成功した。精霊石のこの輝きはルーナの仮面とも共通するものだ。ブーケ・ニウスとインディ・ゴウに取り付ければ起動すると思うけど……ルーナみたいな人格が目覚めていない?)
仮面は本来魔法力を蓄積し偽神を動かす為の動力源となる機能があり、それに人格が目覚めるというのは本来ない物である。人格が現れたというのはルーナだけに現れたものなのかは不明だが、ルーナより長く起動していたブーケ・ニウスとインディ・ゴウなら人格が芽生えるものだと予想していたが……。シモンは確認すべく魔術的幽体離脱、アストラル体投射を行い、二つの仮面を入り口に仮面の内面世界に入り込む。そしてその光景にシモンは驚愕する。
(これは一体……)
シモンは聖霊石に入れた生命の木、疑似魔術中枢は順調に機能している。頂点のケテルの球体から魔術力を吸収、他の球体を通り一番下のマルクトの球体から増幅した魔術力を放出、放出した魔術力は左右に分かれて上昇しケテルの球体に戻る。循環する魔術力の余波で精霊石は魔術力で十分満たされる。
疑似魔術中枢はこれでいいのだがそれ以外の空間に問題があった。いや、何もなかった。見渡す限り真っ白な空間。ルーナの内面世界に入った時でさえ、無限に見渡す荒野などの光景が見えたのに、ここには何もなかった。
(内面世界の光景はその人物―――今の場合は精霊石か―――そのものを表す。つまりこの光景が表すものは……)
ブーケ・ニウスとインディ・ゴウを融合させたあのヒルの狂神は最後にとんでもないものを消去していったと思い、拳を強く握りしめていた。




