第二十五話 狂竜神対ルーナ・プレーナ 作戦会議、もう一つの名前
シモンの意識は何もない無明の闇を彷徨っていた。そんな中頭の中に響く声があった。
(……ちゃん……いちゃん……お兄ちゃん!!)
その声にシモンはハッとして体を起こす。多少の疲労を感じるもののそれ以外異常は感じられない。
「ここは……」
シモンは周囲を見渡す。薄暗い球体状の部屋、自分が座っている座席が部屋の中央に浮いていた。
「ここはルーナ・プレーナの操縦槽……同調が解けたのか?」
(お兄ちゃん、目を覚ました!! ヨカッタ!! どこか痛い所ない!?)
大声で叫ばれたかのような思念を頭に叩きつけられ頭痛が起こりシモンは顔をしかめる。
「ルーナ……落ち着いて……頭が……痛い」
(ゴメン、お兄ちゃん……これぐらいでいい)
ルーナが思念のトーンを落とす。
「それでいい……すまないけど状況を教えてもらえる。僕は……君はどうなった?」
(うん、分かった。まずはこれを見て)
ルーナ・プレーナの思念と同時に部屋全体に外の映像が映し出される。
「こんな機能まであるのか……スゴいな、キミ」
(イヤー、そんな事ないよ。お兄ちゃんの記憶を読んでそれを元に作り出しただけだし)
「僕の何の記憶を読み取ったんだ?」
(中々面白いお話が多いね。魔法少女モノやらロボットとかが出てくるの、色々参考になるよ)
「ヤメてよ……」
自分の恥部を覗かれているようでいたたまれない。シモンは頭を抱えたくなる。
「とりあえずそういったく物は忘れるように。それより……」
(そうそう、これを見て)
シモンの正面のスクリーンに狂竜神が映し出された。その狂竜神は跪き動きを止めている。
「これは……」
(私たちが放った四大元素混合弾を突き破ったけど無傷という訳にはいかなかったみたい。私の足を破壊した後、ああやって動かなくなった)
「でも、倒したという事ではないみたいだ」
(? 何でそんな事が分かるの?)
「狂竜神の表面見てみて」
「表面?」
映像がズームアップしていきシモンが言った意味が分かる。
(……ヒルが蠢いている)
「向こうはこっちから受けたダメージの回復に努めているんだろう。回復するのにそう長い時間はかからないと思う……こっちはどれほどのダメージを受けているんだ?」
シモンが言うと映像が切り替わる。今度は横たわるルーナ・プレーナを真上から見た映像だった。その映像を見てシモンは目を伏せる。
「ひどい……」
ルーナ・プレーナの両足は巨大な顎に引きちぎられたかのようになっており、地面は血まみれになっていた。金属の骨や人工筋肉が露出しており痛々しい。
(大丈夫だよ、お兄ちゃん。こっちも今治療中だから)
「治療中?」
(お兄ちゃんが私に授けてくれた魔術中枢をフル稼働させて治癒魔術を行ってるから。後数分もすれ動けるようになるよ)
「何てデタラメ!?」
それなら深刻になる必要はないと安心していたが……。
(アッ、マズイ!?)
「どうしたの?」
(狂竜神が……動き出した)
「ナニッ!?」
再び狂竜神の影像が映し出される。跪いていた狂竜神が立ち上がりこちらを向く。そしてこちらに向かって向かって歩き始める。こちらまでの距離にして約十キロ。狂竜神の歩幅にしたら二、三分といった所だろう。
「マズイ、まだ脚部は回復しないの!?」
(ダメ、まだ時間がかかる!!)
破壊された両脚部の断面部分から骨や人工筋肉が再生してきているがその再生速度は遅い。完全に再生する前に狂竜神が来てしまう。そうなる前に何とかしなければこちらの負けだ。
「だったら僕も協力する」
(協力って……何をするつもり?)
シモンは答えるよりもより早く四拍呼吸を行い精神を集中する。数秒で魔術を行う状態に持っていき祈願呪を唱える。
「我は神なり。情深く強気不死の炎の内を見る生まれざる霊なり……」
祈願呪が操縦槽に朗々と響く。するとシモンの体の内側から真紅の光が放たれる。操縦槽からルーナ・プレーナの仮面に真紅の光が届く。その光は仮面の内面世界に届き、疑似魔術中枢が吸収する。突然届いた強力な真紅の魔術力が疑似魔術中枢を循環し、より強力な力に変換する。その力は治癒力となる。ルーナ・プレーナの鉄の骨格が恐るべきスピードで生成される。骨格の周りを人工筋肉が覆い血管と神経が通る。
(……スゴイ……)
希望が見えてきたがその前に狂竜神がすぐ目の前に来ていた。狂竜神は動きながら自己修復を行っていたようだ。狂竜神が持っていたカタナを振り上げる。これを振り下ろされれば一刀両断されるだろう。脚部はすでに回復しているが今、シモンはルーナ・プレーナと同調していない。避ける事もままならない。
「……ここまでか!!」
シモンが悔しげに呻く。だがルーナ・プレーナは諦めていなかった。
(諦めるにはまだ早いよ、お兄ちゃん!!)
ルーナ・プレーナの思念に応え四機の魔術武器が狂竜神に体当たりする。己を象徴するオーラに彩られた魔術武器の体当たりに狂竜神は吹っ飛ぶ。
(お兄ちゃん、早く同調して!!)
「ウ、ウンッ!!」
シモンは慌ててルーナ・プレーナと同調する。
(それじゃあ、上空に一時避難するよ)
「避難って!?」
(いいから早く。しばらくは魔術武器に戦わせておけば大丈夫! みんな任せたよ!)
その思念に魔術武器は応え、狂竜神に向かう。それを確認したルーナ・プレーナは魔術力を全身に漲らせ重力に逆らって上昇した。
円形の浮遊島ソル・シャルム、その傍らに二等辺三角形型の浮遊島シー・マーレーを視界に収められるほど上昇したところでようやくルーナ・プレーナの上昇は止まった。その場で停止したところでシモンは少し非難するように言う。
「……何で逃げたんだ?」
(逃げたんじゃないよ。落ち着いた所で作戦会議した方がいいと思って)
「作戦会議?」
(そうそう……ぶっちゃけ今のままだと勝てないでしょ)
シモンは言葉を詰まらせる。今のままだと確かに勝つ事が出来ない。ルーナプレーナの最大攻撃力を誇る四大元素混合弾を狂竜神は破っている。一度目は痛み分けたが二度目は恐らくこちらの攻撃力を上回る攻撃をしてくるに違いない。この狂竜神は学習してくるタイプで厄介な事この上ない。もし狂竜神に勝とうというのなら狂竜神の攻撃力を上回る攻撃を繰り出さなければならない。確実に倒さなければまた学習されてしまう、厄介な事この上ない。そんな攻撃は咄嗟に出来る訳はない。
「ルーナの言う通りだ。確かに作戦会議が必要だ」
(でしょ)
「ウン。それで何かいい案はある?」
ルーナ・プレーナが押し黙る。
(……このまま逃げようか?)
「却下! 真面目に考えてよ!」
(ゴメン! でもこの魔法少女形態で出来る最大攻撃が破られたとなると……元の形態に戻るぐらいしか手がないかも)
「元の形態?」
(ほら、私の最初の姿。武骨で好きじゃないんだけどあの鎧武者の形態)
「ああ、あの姿か? 戻る事が出来るの?」
(ウン、四機の魔術武器と合体する事で)
「合体!?」
(……スゴく食いついたね)
「そりゃそうでしょ!」
前世の記憶を持つ男子なら当然の反応だろう。ロボットアニメを見た世代にとって合体ほど燃える単語はない。
(そういうの何だっけ? 確かオタ……)
「それ以上言わない!」
強めの口調で黙らせた。
「それでその鎧武者形態……はどういう事が出来るの?」
(今の形態に比べて魔術攻撃力が格段に下がるし機動力も落ちる。でもその変わり近接戦闘での攻撃力と防御力が向上する)
「なるほどねえ」
シモンは鎧武者形態の性能を吟味する。魔術に関する能力が落ちるのは痛いがその代わり物理攻撃力と防御力が上がる。シモンの持ち味は魔術と武術にある。どちらの形態もシモンの持ち味の一つを殺してしまう。どちらの持ち味も同時に出す事が出来ればもしかしたら……。
「ねえ、ルーナ。こういう事は出来る?」
シモンは今、閃いた事をルーナに話してみる。
(……うん、出来ると思う。でも出来るのは一度だけ。それが失敗したら……)
「失敗は考えない。信じる事こそ本当の魔術ってね」
(楽観的だね、お兄ちゃん)
「悩むよりはマシ」
(そうだね)
「じゃあ下に降りたら鎧武者形態に……」
シモンが突然押し黙る。
(お兄ちゃん?)
「……何かくどいな」
(くどい?)
「この鎧武者ってやつ。魔法少女形態がルーナ・プレーナならこの鎧武者形態の時にも何か名前を付けるべきじゃないかな」
(もう一つ名前を付けてくれるの!?)
ルーナの思念に喜びの感情が含まれる。
「……エラく喜ぶね?」
シモンはちょっと引いている。
(幾つもの名前を持つなんてカッコイイじゃない!)
「そういうものかなあ。でも喜んでくれるならいいか」
(それでどんな名前?)
ワクワクという擬音が聞こえてきそうだ。
「ルーナ・プレーナが満月なら鎧武者形態は新月―――ルーナ・ノワというのは……どうだろう?」
ルーナ・プレーナから喜びの感情が伝わってきた。
(いいよ、いい! バッチグーだよ、お兄ちゃん!)
「すっごい喜んでくれた、よかった……じゃあその勢いに乗って……倒そうか、狂竜神!」
(ウンッ!!)
作戦会議が終わり、ルーナ・プレーナと同調したシモンは急降下を始めた。
目標―――狂竜神!!




