第二十四話 狂竜神対ルーナ・プレーナ 力対魔術
魔法少女型三号機―――ルーナ・プレーナは障壁を打ち破ろうと幾度もカタナで切り付けている狂竜神に右掌を向ける。掌から出た衝撃波が狂竜神を弾き飛ばす。狂竜神は衝撃により受け身すら取れずもんどり打ち、数キロ先でようやく止まった。その隙にルーナ・プレーナはシモンの元に移動し跪く。魔術武器の一つである円盤がシモンを乗せ背後の操縦席の扉の前に運ぶ。
(早く乗ってお兄ちゃん)
ルーナ・プレーナからの緊迫した思念がシモンの脳裏に響き渡る。頭の中に大音量の音声を叩きこまれたようで激痛に顔をしかめる。
「今の声は一体なんだ? 頭に直接響く様な……」
ルーナ・プレーナの足元にいるカルヴァンにも思念が届いたようでシモンと同じように顔をしかめ頭を押さえている。
「今のは……ルーナ・プレーナの声です」
「ルーナ・プレーナ?」
「仮面に宿る少女の名前です。僕が名付けました」
「名前を付けただけでこれだけの事が出来ただと……」
カルヴァンが頭上にいるシモンに問いかける。
「シモン君、君は僅かな時間の間に何をやったんだ? 三号機の仮面の意識の覚醒、形状の変化、自立起動による戦闘。前の機体ではこれほどの事は出来なかった。君はそれだけのことをやってのけた。君は一体何者なんだ?」
カルヴァンの急な問いかけに眼をパチクリさせながら乾いた笑みを浮かべる。
「詳細は後で。僕これからルーナ・プレーナで狂竜神を……倒します!」
そう言うとシモンは操縦席に乗り込み扉を閉める。ルーナ・プレーナに搭乗したシモンを見ながらカルヴァンは溜め息をつく。
「柄にもなく動揺してしまったようだな……年は取りたくないものだ……」
視界の先にゆっくりと立ち上がる狂竜神の姿を見る。
「あれだけの衝撃波を受けて全くの無傷か……シモン君もルーナ……プレーナも頑張ってくれ! だが無理だと思ったら構わず逃げろ! そうなった時の作戦は進めておく!」
依然ソル・シャムルを自爆させる作戦は進行中だった。
(ムゥ……私とお兄ちゃんを信用してよ、オジチャン)
不機嫌と言いたげな思念がカルヴァンの脳裏に響く。
「オジチャンときたか……」
呼ばれなれてない言われ方をされ、背中にむず痒さを覚えながらカルヴァンは踵を返し走り出す。偽神と狂竜神の戦いに自分の刀では介入する事は出来ない。シー・マーレーへの退避を優先した。
操縦槽の内装が以前の物とは大きく変わっていた。以前は四角い部屋と言った感じだったのだが今は丸い球体状の部屋に代わっていた。広さは約三メートル程で窮屈な感じはしない。その球体状の操縦槽の底にあの赤い球体が付いた操縦席があった。
「それだけは変わってないんだな」
シモンは危なっかしく下におり、椅子に座ると何の前触れもなく空中に浮き操縦槽の中央でピタリと止まる。多少力を籠めて揺さぶってみるが操縦席は空中に固定されたかのようにビクともしなかった。
「……こんな機能も付けたのか?」
シモンは誰にともなく呟いたのだがルーナ・プレーナが待ってましたというように解説してくれた。
(以前の操縦槽じゃ色々不備があったからこうやって新たに体を作り替えた際、色々改良してみたの。操縦席を浮かせておけば仮に攻撃に衝撃を受けたとしてもお兄ちゃんには影響はないし。体の固定は魔術で行うから落ちる事もないし安全性はバッチリだよ)
「……それ一人で考えたの?」
(前負けた時は安全対策がされてなかったから脱出した際、怪我させてしまったんじゃないかと思ったら……色々考えたの)
「スゴいね、ルーナ」
「そうかな……」
ルーナ・プレーナから照れていると言った感じの感情が伝わってくる。
「……後でもっと褒めてあげるから今は同調するよ」
(ウンッ!)
シモンが腰かけの位置にある赤い球体に触れる。前の機体では五感の一つ一つを同調しなければならなかったが、そこも改良されてるようだ。触った一瞬で五感全てがルーナ・プレーナと同調した。一瞬にして視界の位置、体の重たさや力の伝わり方、色々な物が変わった為眩暈を覚えるがぐっと堪える。しばらくすると慣れてくる。
「……急に五感の全てがルーナの物に代わるのは堪えるな。急ぎ過ぎるのはよくないかも……」
(ゴメン、お兄ちゃん)
「言ってる場合じゃないな。狂竜神が来る!!」
同調前のルーナ・プレーナの掌からの衝撃波から立ち直った狂竜神がこちらに向かって疾走してくる。後数秒で会敵する。ルーナ・プレーナが三体式の構えを取った。
(アッ、お兄ちゃん!)
ルーナ・プレーナの思念に応える前に狂竜神が間合いに入り刀を振り下ろす。振り下ろされる前にルーナ・プレーナが右拳を繰り出すが目に見えない壁に右拳が防がれてしまう。だが、狂竜神が振り下ろしたカタナもその見えない壁が防いでいた。
「……一体何が起こった?」
(……ダメだよ、お兄ちゃん。今の私は近接戦闘は出来ないよ)
「それってどういう事?」
(今の私は魔術特化型なんだよ! だから常時障壁を張っているから近接戦闘は出来ないよ)
「じゃあ自分の障壁に自分の攻撃を防がれたって事!?」
(そういう事だね)
何とも間抜けな話だった。一言説明が欲しかったがそんな暇もなかったかと考え直す。
「それならそうと考えて運用するだけだ。それにこの障壁結構優秀だし……」
こうやって話している間も狂竜神は攻撃を繰り出しているが障壁を突破する事が出来ない。
「ようは砲台なんだな、ルーナは……まさに魔砲少女か。それなら距離を取るべきだな」
シモンはルーナ・プレーナを操って後ろに下がるがその一歩が異常だった。何かに引っ張られたかと錯覚するようなスピードで数キロ先まで下がってしまった。そのスピードに足がもつれ転倒してしまう。
「イテテ……何なんだ、この機動力は!?」
(……言っておいた方がよかったね。今の私はいわば後方支援型、遠距離の攻撃力、敵から距離を取る為の機動力強化がなされた機体なんだよ。ついでに言えば近距離での攻撃力は全くじゃないけどほぼないに等しいです……)
「何てピーキーな機体……」
ルーナ・プレーナは一体じゃ戦う事が出来ない機体。それこそブーケ・ニウスやインディ・ゴウの援護があってこそ有用に使える機体なのだ。
(……ゴメンね、お兄ちゃん。元の機体に戻そうか?)
「そんな事が出来るの?」
(出来るけど……)
そう言ってる間に狂竜神が目の前に来ていた。ルーナ・プレーナほどではないが狂竜神も十分素早い。数キロの距離をあっという間に縮めてきた。狂竜神は切っ先をこちらに向け突きを繰り出した。切っ先には狂神の力とも言える暗黒の光が灯っていた。刀の切っ先と障壁がぶつかる。ただのカタナであれば障壁が防ぐのだが切っ先に宿った狂神の力は障壁を無効化しルーナ・プレーナに接近する。シモンはカタナを止めようと両手を動かすが間に合わない。まさに貫かれようとした瞬間、通常張っている障壁よりもさらに強固な障壁が刀の切っ先を防いでいた。ルーナ・プレーナから放出された四つの魔術武器が正方形を造りルーナ・プレーナの前に展開。正方形の面に地水火風の魔術力を流し独自の結界を作り上げていた。強固な結界は狂神の力を打ち消し刀身を破壊する。狂竜神は後方へ飛び距離を取る。手の中にあるカタナの柄を体の中に戻す。そして右手を天に左手を地に向ける。前の三号機を破壊した狂竜神最強の技だった。ルーナ・プレーナが一歩後ろに下がった。ルーナ・プレーナ本体がこの技の恐ろしさを覚えているのだ。その恐怖の感情はシモンにも伝わってきた。
「ルーナ……大丈夫?」
(ゴメン、お兄ちゃん……)
ルーナ・プレーナは気丈に言うが恐怖の感情は拭い去れない。
「怖いのは分かる。でも今は恐怖を乗り越えて欲しい。僕じゃ頼りないかもしれないけど一緒に戦って! そして今度こそ勝とう!」
(……ウンッ!)
シモンの激励にルーナ・プレーナに気合が入る。
「内面世界で狂神龍を打ち倒した魔術、あれこっちの世界でも出来る?」
(当然!!)
「ヨシ、じゃあそれをやるよ!」
(了解!)
ルーナ・プレーナの周りに四つの魔術武器を配置、地水火風の呪文を唱える。四つの魔術武器からオレンジ、赤、銀、水色の光が立ち上りルーナ・プレーナの頭上で混ざり合い斑の混合弾となる。
狂竜神は右手から赤い光、左手から青い光を放つ。そして両手を重ねる。狂竜神の体が白く輝き、背中から白い光を放出、推進力を得てルーナ・プレーナに突進する。それと同時にルーナプレーナも四大元素の混合弾を発射する。四大元素の混合弾と狂竜神の両拳がぶつかり合う。ぶつか会い合う事で生じた力の余波が岩盤をめくり上がらせ樹々を倒し強風を起こす。
双方の力を通り抜けてルーナ・プレーナを貫くものがあった。強力な殺気である。それを感じた瞬間、シモンは考えるより先にルーナ・プレーナを跳躍させた。その次の瞬間、狂竜神が四大元素混合弾を突破した。狂竜神の推進力は失われておらずルーナ・プレートに向かっていく。ルーナ・プレーナは跳躍した事で大破する事は免れたが、逃げる事が間に合わなかった両足に狂竜神に両拳がめり込む。両足の装甲を破壊、肉や骨は爆散する。
「ウワァァァァ!!!!!!」
(キャァァァァ!!!!!!)
両足が爆ぜるその痛みにシモンもルーナ・プレーナも悲鳴を上げた。制御を失ったルーナ・プレーナは着地出来ず地面に叩きつけられた。




