第二十三話 狂竜神対三号機 君の名は……三号機新生
「名付け親になってって……なして?」
いきなり名付け親になってくれと頼まれるが理解が追い付かず語尾が変になっていた。
「ナシテって……私も女の子なんだモン。可愛い名前が欲しいよ」
「それって今する事なの? 外は結構大変なんだけど」
外では狂竜神が三号機の仮面を圧し潰そうとしているはずだ。内面世界に侵入してきた狂神龍を倒した為何をしてくるか分からない。早く戻るべきなのだが。
「それを何とかする為にも今、絶対に名付けて欲しいんだよ」
少女も必死だった。そう言われるとシモンも無下にする事が出来ない。考えてみる事にした。
「……ちなみに三号機チャンじゃ……ダメ?」
「ダメッ!!」
即答だった。
「お兄ちゃんはそう呼ばれて嬉しい?」
思念に剣呑な雰囲気が伝わってくる。少女がいい笑顔で笑っているものの目が笑っていないというイメージが脳裏に浮かび上がる。返答を間違えるとどういう目にあうか分からない。ここはひとつ真面目に考えてみようとシモンは思った。
(いわば神と戦うための機体なんだから神話から持ってくるのは無しだな。同様の理由で悪魔の名前も却下。大抵神に負けるしな。クトゥルフ神話から……はダメだ。名状し難い何かになってしまう? ウーン、神、悪魔から離れよう……そう言えば……)
シモンは三号機に話かける。
「そういえば君ってどんな姿をしているんだ?」
「どんな姿って?」
「ケテルの球体の中からじゃあ君の姿を見る事が出来なかった。君の姿を見る事が出来れば名前のイメージが膨らむかもしれないし君の姿を見せてくれないか?」
「あ、そういう事か。ちょっと待って……うん、この姿でいこう」
少女がそう言うとシモンは突然空中に放り出され重力に従い落下した。
「ナシテ!?」
シモンは手足をばたつかせ空中を泳ぐような動作をして重力に逆らおうとしたがそんな事をしても意味がなかった。頭から落下し後数秒で地面にぶつかってしまう。思わず目を見開くシモン。視界の端に白い何かが入り込み、落下位置に躍り出る。その白い何かはシモンが地面に激突する直前でキャッチした。シモンを受け止めたそれと目が合う。白いそれはニッコリ笑って言った。
「……この姿で会うのは初めましてだね、お兄ちゃん」
何かネタを挟むべきなのだがそういう余計な事を言う事が出来なかった。自分を受け止めてくれた人物がシモンがよく知っている人物とうり二つだからだった。
「……サリナさん?」
目の前にいる人物は瞳や髪の色が黒い事以外はサリナ・ハロウスと言っても遜色がなかった。
「私はそのサリナさんじゃないんだよ」
「いや、でも……」
「落ち着て、お兄ちゃん。とりあえず降ろすよ」
シモンは未だ少女に抱っこされている状態で何を言っても締まらない。降ろしてもらう事にした。シモンは少女の今の状態を見て、女の子の様な悲鳴を上げてしまった。
「な、何で真っ裸なの!?」
「あら、イヤン」
少女が身をくねらせて胸と股間を隠すがあまり恥ずかしそうじゃない。シモンをからかおうという気マンマンだった。だがシモンはからかわれる前に純白の大きめの布をイメージする。そのイメージに従って純白の布がシモンの手の中に現れる。素早く布を少女に纏わせる。内面世界ではイメージしたものを何でも出す事が出来るのだが、少女は不満顔だった。
「もうちょっと可愛いのがいい……」
「咄嗟のイメージでそんなの出せません! それよりどうして君はサリナさんん姿をしているの?」
シモンの問いに少女が困った顔をする。
「よく分からない……」
「分からないって……」
「本来私に決まった形はないんだ。この姿は三号機に刻まれてた記憶を元に作り出したものだし」
「三号機の記憶?」
「偽神って金属の骨格に人工筋肉と血液、そして仮面で構成されてるんだけどその筋肉や血液にこの姿の記憶があったからそれを読み込んで今の姿になったんだ」
「何でその人工筋肉と血液にサリナさんの記憶が?」
「知らない。それは開発者に聞いてみないと」
「開発者ってファインマンさんか……」
答えてくれるだろうかと考えていると少女に手を引っ張られる。
「それより名前考えてよ!!」
「そうだった……」
シモンは考えつつ少女を凝視する。
(本人とは対照的な黒い髪に黒い瞳、本人譲りの白い肌。黒と白のコントラスト……光と闇……闇夜に輝く月……月は日によって姿を変える……新月と満月……フム)
少女が身を屈め、上目遣いでシモンを見る。シモンはドキマギしながらも考えた名前を少女に伝える。
「ルーナ・プレーナというのは……どうだろう?」
「ルーナ……プレーナ?」
「ラテン語で満月という意味なんだけどな。満月は神秘的な力、魔術力を高める効果があるしそれをあやかった一石二鳥のネーミングだと思うんだけどどうかな?」
「ラテンゴ?」
「ああそうだった。ここではない別の国の言語で満月って意味なんだけど」
少女は何度か呟き語感を確認する。
「ルーナ・プレーナ……ルーナ・プレーナ……ウン、いい! ルーナ・プレーナ、カッコ可愛い! いいよ、お兄ちゃん。私は今日からルーナ・プレーナ! ルーナ・プレーナ!! ルーナプレーナ!!!」
少女―――ルーナ・プレーナは声を上げて宣言する。すると世界に変化が起こった。少女を中心に緑の絨毯が広がり、無限の荒野が無限の草原となった。薄暗い空は夜となり帳に満月が掲げられる。疑似魔術中枢となっている空の生命の木全ての球体が力強く輝き出し少女の世界をより強固で強力な物に変えていった。
「……スゴイ……」
シモンは名前を与えただけで世界がここまで変わるのかと驚愕しそんな言葉しか出なかった。
「お兄ちゃん……」
ルーナに声をかけられ目を向けまた驚く事になった。ルーナが身に纏っていたのはシモンが出した白い大き目の布だけだったのだが今は白を基調としたの豪華なドレスに変わっていた。気品があり王侯貴族だと言われても通じそうだ。
シモンは名前を与えるという行為について考えてみた。有機物、無機物含め名前を得る事でそれは初めてそれになる。シモン・リーランドという名前を得た事で初めてシモンはシモンという存在になった。名前がなければただの人、それ以外になりえない。少女がルーナ・プレーナという名前を得た事でルーナは初めて確固たる自分を得る事が出来た。そうと認識する事で世界は変化した。
「驚いた……」
「他に言う事は?」
シモンは顔を真っ赤にしながら言う。
「スゴく……奇麗になった」
ルーナが満面の笑みを浮かべ満足そうに頷いた。
「よろしい」
シモンは真っ赤になった顔を見られたくなくて上を向く。
「さて……これでようやくお役御免だね。外では大変な事になってるけどきっと何とかするから頑張って!」
狂竜神に押し潰されようとしている三号機、ルーナの仮面を思うと気の毒でならず励ますように声をかける。だがルーナは自信ありげに微笑む。
「お兄ちゃんのお陰で大丈夫になったよ。向こうで一緒にあの……狂竜神一緒に倒そうね!」
「倒すって……本体が破壊されてる状態でどうやって?」
「あっちに戻って確認してね」
「だからそれって……」
シモンが詳しく聞こうとする前に体がフワリと浮いた。
「どういう事!? ルーナ!?」
その問いにルーナは笑みを浮かべるだけで答えない。次の瞬間シモンは恐るべきスピードで空に上昇していき姿を消した。ルーナがシモンを内面世界から強制的に退去させたのだった。
一方外の世界。
カルヴァンの剣の結界は強力無比で津波の如く押し寄せる無数のヒルを一刀のもと切り伏せ近付けさせない。生物を連続で切れば体液で滑り切れ味が落ちるはずだが全く切れ味が落ちていない。それでいて刀を振るう剣速が全く落ちていない。技術と力、カタナの性能が融合した故の剣の結界。それを実現するカルヴァン恐るべしといった所だ。
「しかし……困ったな……このままじゃ逃げる事が出来ん。ソル・シャムルを自爆させる事が出来ん。シモン君よ、早く戻ってきてくれよ」
カルヴァンは絶技を繰り出しながらも情けない声を上げる。
「ブワッ!」
不意にカルヴァンの後ろで声が上がった。シモンが目を覚ましたのだ。
「ここは……」
寝起きのようでシモンの声はどこかボンヤリしている。
「目を覚ましたようだな、シモン君」
「カルヴァンさん……」
「さて、シモン君が何をやっていたのかは後で聞くとして逃げるぞ、動けるか?」
「その必要はないですよ。あれを見て下さい」
シモンが言うと同時に狂竜神の両掌に挟まれていた三号機―――ルーナ・プレーナの仮面がひと際強く輝き、狂竜神の両掌を破壊した。それを感知した無数のヒルは潮が引くように狂竜神の元に戻っていった。そして破壊されて両掌を復元した。
一方狂竜神の両掌から脱出したルーナの仮面がシモンの元に飛翔し上空で停止した。ルーナの仮面は破壊され散らばっている己の体の破片を仮面を引き寄せ体を組み立てていく。恐るべきスピードで復元していく偽神を放っておく狂竜神ではなかった。己の体で作り上げた刀を持ってルーナに切りかかる。カルヴァンの剣技を模倣した狂竜神に切れない物はない。ルーナの仮面に迫るカタナを目に見えない何かがはじき返した。仮面が張った魔術力の障壁が刀をはじき返したのだ。狂竜神は更にカタナを振るうが強固な障壁なビクともしない。手をこまねいているうちに偽神三号機―――ルーナ・プレーナの自己修復が終わったのだが……。
「……随分と風変わりしたな」
カルヴァンが面白い物を見たとでも言うように呟いた。シモンは思わず頭を抱えた。自己修復された偽神三号機―――ルーナ・プレーナの姿は内面世界で見せたあの魔法少女型の姿をしていた。




