第二十一話 狂竜神対三号機 新たな変身
私は負けた……。私を目覚めさせてくれたあの人の為に戦ったけど私は勝てなかった。それどころか私を倒したそれは私の中に入ってきて私から力を奪っていく。だんだん意識が保てなく……なっていく。
ダレカ……タ……ス……ケ……テ……………。
空に浮かぶ生命の木、疑似魔術中枢の頂点、ケテルの球体から光が失われていく。この光が完全に消えた時、三号機の仮面は死ぬ。そうなる前にこの内面世界より狂神を排除しなければ。
シモンが疑似魔術中枢に向かって飛翔する。内面世界で現実世界の常識は通用しない。飛べると思えば本当に飛ぶことが出来る。シモンは遥か上空から疑似魔術中枢を確認する。唯一光を失っていないケテルの球体の中に人影が見えた。シルエットからして子供である事が分かる。
「あれが僕に語りかけてきた少女なのか……狂神の動きが止まっている? しかも……」
疑似魔術中枢の球体に群がり蠢いているヒルが動きを止めていた。ヒルには目がないはずなのにシモンを睨みつけている。凄まじい殺気がシモンにぶつけられる。
九つの疑似魔術中枢に群がっていたヒルが大瀑布が如く大地に落ちる。全てのヒルが疑似魔術中枢から剥がれても九つの球体が光を取り戻さない。こちらから近づいて魔術力を注入しなければ機能を取り戻せないようだ。シモンは疑似魔術中枢に近づこうとするがそれをやすやすと許す狂神ではなかった。地面に落ちたヒルが水面の様に波立ったかと思ったら大きく隆起した。隆起したヒルは形を成し巨大な竜、いや龍となった。真っ白な眼のない長大な龍、いわば狂神龍とも呼べる存在となった。狂神龍は空を飛び標的であるシモンに迫る。
「マズい!!」
シモンは己の意志力を総動員して上空に逃げる。その後を狂神龍が追う。シモンより狂神龍の方がスピードが速い。徐々であるが距離を縮められている。不意に狂神龍が巨大な顎を開けた。シモンは大きく開かれた顎の中を見てしまった。顎の中は幾千幾万のヒルが蠢いていた。そんな中に放り込まれたらこの身は一瞬にして食いつくされてしまうだろう。そして内面世界の外にいる本体は生命を維持できず死に至るだろう。そんな不吉な想像に手足をばたつかせ上昇するスピードを上げようとするがそんな事をしても速くなるわけではない。あっという間に追いつかれてしまう。開かれた顎が閉じられシモンは飲み込まれてしまった。
体に無数のヒルが這うのを感じられた。そのヒルはゆっくりとシモンの体を食む。痛みは感じられないが体が少しづつ食われているのはっきりとわかり寒気を覚える。一気に食べないのは体が失われる恐怖を味合わせる為か?
(……怖い……)
狂神の狙い通りシモンは恐怖に捕らわれていた。こんな状態では魔術一つ行う事が出来ない。
(怖い、こわい、コワイ、コ……ワ……イ………)
ヒルが体に潜り込み食まれる度に考える事が出来なっていく。感情が失われていく。己を維持する事が出来なくなっていく。
(ダ…レカ……タス…ケ…テ……)
意識の光が消えかける中、シモンは自分を助けてくれる強いものをイメージした。それは漆黒の装甲を身に纏った鎧武者、偽神三号機。狂竜神に負けてはいるもののシモンの中で強い存在は偽神三号機だった。シモンは狂神に食われ既に失われている両手があるものとしてイメージに向かって伸ばす。イメージの三号機はシモンの両手を掴んでいた。
小さな獲物をゆっくりと咀嚼する狂神龍に明確な変化が起こった。狂神龍の顎の部分が不意に膨れ上がり破裂したのだ。そこから現れたのは両手から魔術力の光を放つ偽神三号機だった。
「あ、危なかった……」
三号機から漏れる声はシモンのものだった。
この内面世界は夢のようなもので強いイメージが大きく反映される。美味しい食べ物をイメージすれば現れるし、飛べるとイメージすれば空をも飛べる。なら強い物をイメージすれば。
シモンは狂神龍に食べられていく中、己が最も強いと思えるものをイメージした。この内面世界はそのイメージをくみ取り、シモンの体を偽神三号機に変身させたのだった。己の体をめぐる魔術力が無数のヒルを弾き飛ばす。そして両手に魔術力を集中し無数のヒルに向かって連続の打撃を食らわせ内部から脱出したのだ。
狂神龍の顎から脱出したシモン―――三号機は上空から落下している状態だった。
「……あの狂神龍に食われるよりはマシな状況だな」
シモンは自分が飛べるとイメージし三号機の落下を止めようとした。だが、三号機の落下は止まらなかった。それどころか落下スピードが速くなっている。
「な、何でだ!?」
この世界はイメージが反映される世界。シモンは己が飛ぶイメージをしたが三号機が飛ぶというイメージをしなかった為、イメージが反映されなかったのだ。
「マ、マズい!!」
飛べないならうまく着地するしかないと考えたシモンは足元に魔術力を集中する。そな三号機の上空から後を追うように狂神龍が迫ってくる。
「前門の虎後門の狼を地で行くか! チクショウ!」
シモンは更に両手を上空に向け魔術力を集中する。その数秒後に三号機が地面に激突し、狂竜神に押しつぶされた。押しつぶした狂神龍から光の柱が立ち上り真っ二つに分かれる。光の柱の根元から現れたのは三号機だった。地面に激突した際の衝撃は足元の魔術力で殺し、三号機を押しつぶさんとした狂竜神は両手に集中した魔術力を高く伸ばし左右に切り裂いたのだった。
切り裂かれた狂神龍は再び集まり巨大な龍の姿に戻り三号機と対峙する。そのウェイト差は人と山ぐらいの差があり相手にするのは無謀といううものだがそれでも諦める訳にはいかなかった。
打撃系はこの無数のヒルの集合体である狂神龍には意味をなさない。それなら魔術による広範囲の攻撃が最も有効なのだが……。
三号機は指先で五芒星を描き呪文を唱えるがやはり何も起こらない。
「何でだ!? 三号機では何で魔術が発動されない!?」
魔術力を操る事は出来るのに魔術は操る事が出来ない、この謎を解決出来ないと他の狂神と戦う時、危機に陥ってしまう。そんな動揺をよそに狂神龍は襲いかかる。シモンは思考を切り替え両手に魔術力を集中し三体式の構えを取る。
「こうなればごり押しだ! どれだけの数のヒルがいようとも全て叩き潰す!」
狂神が疑似魔術中枢から離れた事により力を吸われる事が無くなり少女は意識を取り戻す事が出来たようだ。少女は眼下で口広げられる戦いを眺めていた。一方は幾万のヒルが融合した巨大な龍、もう一方は漆黒の鎧武者。
「あれは……私? 私がここにいるのにどうして?」
少女は自分の意志を張庵れて動いている三号機に興味をそそられた。少女は球体の中にある本体から意識を切り離し、眼下の三号機に向かって飛翔した。
三号機は全身に魔術力を集中し狂神龍を攻撃する。劈拳・蹦拳・鑚拳・炮拳・横拳の五行拳、さらに十二形拳による連続攻撃。当たる度に狂神龍の一部は弾き飛ばされるが飛ばされた箇所はすぐにヒルが集まり再生されてしまう。散々攻撃してようやく全体の一割は倒せたと思う。あとどれだけ攻撃すればすべてを倒せるのか考えると気が萎えてしまう。ごり押しとは言ったがこのままでは泥試合となり不利な状況に陥ってしまう。
「クソっ、何とかしないと……」
肩で息を切るシモンの脳裏に声が響く。
「あなたは……誰? どうして私の姿をしているの?」
「この声は……っていうか私の姿って……君はやはり三号機の意志なのか?」
「……その声は……お兄ちゃんなの? どうして私の姿になってここにいるの? もしかして死んじゃったの!? 私、助けられなかったの!?」
少女の声が涙声になった。正確には涙声になった様に感じられた。
「いいや、僕はちゃんと生きています。君が操縦槽を切り離してくれたお陰て打ち身ぐらいで済んだよ。ありがとう!」
シモンが慌てて言ううとホッとした雰囲気が伝わってきた。
「それより、君が三号機の意志だというのなら相談に乗ってくれ」
「相談?」
「この三号機に乗ったままだと魔術が使えないんだ。どうしてなのか教えてくれないか?」
少女の意識が機体を走査する。この三号機はシモンがイメージして作り出したものだが現実の物に近いようだ。三号機の走査を終えた少女がシモンに答えた。
「……ウーン。お兄ちゃんと私の同調率が低いのもあるんだけどそれだけじゃないみたい」
「? どういう事?」
「お兄ちゃんが言う魔術っていうの? それがこちらの魔法とは系統が違うみたいで……」
「……そういう事か……」
「分かるの?」
シモンは頷く。前世の知識で言えばウィンドウズのソフトをマックで動かそうとしているようなものだ。この三号機はこちらの魔法が使えるように調整されている。規格が違う魔術は使えるはずがない。
「それじゃ狂神を倒す事が出来ない。倒すとなると三号機を降りないといけなくなる」
三号機で弱体化させて降りて魔術を行う何て効率が悪すぎる。でもそれしかないと諦めるよりないかと諦めると逆に腹が座った。そんな時であった。
「私にいい考えがあるよ」
少女が言った。
「いい考え?」
「そう、まじゅつがつかえないんだったら使えるようにまじゅつがつかえないん作り替えればいいんだよ」
「作り替える?」
「ちょっと失礼」
少女の意識がそう言うとシモンは己の記憶を覗きこまれているのを感じた。
「ちょっと、何してるの?」
「何って……あ、これカワイイ! これにしよう」
「? 可愛い? 僕の何の記憶を読み取ったんだ?」
「じゃあ、変身!!」
「変身って!?」
少女ノリノリだった。
少女の言葉と同時に三号機を中心に光が放たれる。そして三号機の装甲がパージされた。装甲がパージされた三号機の肉体は男性の様に逞しかったのだがそれが縮み全体的に華奢な体になり頭一つ身長が低くなった。体に光の布のようなものが巻き付き新たな装甲となった。三号機の変身が終わり最後に決めポーズを決めていた。三号機と同調しているシモンは恥ずかしさのあまりの両手で顔を覆い悲鳴を上げる。
「アァァァァァァ!!!!!!!」
少女がシモンから読み取ったのは前世での日曜日の朝にやっている魔法少女ものの記憶だった。少女はその記憶を元に三号機を作り替えた。は逞しい男性形態から華奢な女性形態に変身し装甲も鎧から豪華なドレス状のものに変わっていた。体全体の色彩は今前通りの漆黒なのは変わらない。
「……いい趣味をお持ちですね」
「アァァァァァァ!!!!!!!」
シモンは更に頭を抱えた。
「と、ともかくこれで魔術が使えるよ」
少女が噴き出しているのが感じられた。
「使えるのはいいけど……こんな辱めを受けるなんて……この恨みはお前で晴らしてやる!」
魔法少女型三号機がビシリッと狂神龍に指差した。
(……それは逆恨みという奴ではないか?)
狂神龍が思念で答えた。
「ウルサイッ!!」
三号機の、シモンから発せられる気迫に狂神龍は少し押されていた。




