第二十話 狂竜神対三号機 シモン、仮面の内面世界へ
「なんてこった……三号機が負けちまった……」
狂竜神と三号機の戦いを操縦室のモニターで見ていたファインマンが絶望的な声を漏らし膝をついた。己の持つ技術の粋を尽くして作り上げた偽神三号機。シモンという協力者を得てようやく起動にこぎつけの初戦闘。初戦で完膚なきまでに破壊されるとは……。
「……チクショウ!……狂神め! また『姪』を殺しやがったな!」
ファインマンは己の腕が行かれるのではと思うほど強く何度も床を叩きつける。
「チクショウ! チクショウ! チクショォォォ!!」
振り上げたファインマンの拳をカルヴァンが掴む。軽く掴んでいるようだが空間に固定されているかの様にファインマンは拳を振り下ろす事が出来ない。
「止めておけ。お前のその手は創造の為の手だ。壊す為のものじゃない」
「だが、俺の作ったものはああやって壊れてしまった。また殺されてしまった……」
「殺されてはいない。三号機の起動データをもとにまた新たな偽神を作ればいい。新たな偽神の中で三号機は生き続ける……」
「……物は言いようだな。このタヌキ親父め」
ファインマンの軽口にカルヴァンは笑う。
「いつもの調子に戻ったな」
「……すまなかったな。それでこれからどうする?」
「こうなった以上逃げるしかないな。まずシー・マーレーを呼び戻してそっちに退避。その後ソル・シャルムを自爆させる」
その言葉にファインマン含め作業員全てがギョッとする。
「自爆させるだと!?」
「狂竜神はここで倒す。三号機がこうなった以上それより手段はない。資料や機材を出来るだけ持ってシー・マーレーに移動後、ソル・シャルムの魔法炉を暴走させ自爆させる」
「こりゃあノンビリしてられんな」
反対されない事にカルヴァンは少し驚いた。
「反対はしないのか?」
「しても聞かないだろう。無駄な労力は使いたくない。お前らすぐに動け」
周りの作業員が慌てて操縦室を出る。
「さて、俺も少し出る。後を頼むぞ」
「お前はどこに行くんだ?」
「シモン君を救出してくる」
「シモンを? 三号機と一緒にやられたんじゃないか?」
「いいや、破壊される直前に操縦槽が射出されたのを見た。恐らく生きているだろう」
「ホントか? だったら他の奴も付けた方が」
「いいや、俺一人の方が動きやすい」
「そうだな。誰もお前の動きについていけんだろうからな」
「ニ十分、いや、十五分位で戻る。それまで頼んだぞ」
「分かった……助けろよ」
「ああ」
頷くやカルヴァンの姿が消える。その非常識な速さにファインマンがぼやく。
「これで魔法を使ってない、肉体のスペックのみで実現しているというのだからアイツも狂神に負けないくらいの化け物だな」
狂竜神は三号機仮面を押しつぶさんと両手に力を籠める。だが、三号機の仮面を握り潰す事が出来なかった。三号機の仮面から魔術力を放出し、己を握り潰そうとする力に抵抗していた。
「仮面が抵抗している……そうか、仮面はいわば三号機の本体。仮面が無事なら三号機は復活できる。それなら助けないと」
シモンの頭の中では幼い女の子が必死にもがき足掻く声が聞こえていた。恐らく三号機の仮面の声だろう。
シモンは目を閉じ四拍呼吸を行い体をリラックスさせる。五つの魔術中枢を励起させ魔術力を発生させる。かつてドーセントの街で初めて狂神と対峙した時に行った様に魔術力で造った特大の拳を狂竜神にぶつける。強力な魔術を行うほど時間がかかる、手軽でそれでいて強力な攻撃となるとどうしてもアストラルパンチになってしまう。
特大のアストラルパンチは狂竜神の頭部に直撃する。狂竜神は大きくがのけぞるがそれだけで狂竜神は仮面を手放さかった。四つの視線がシモンを射抜く。
「……これは……マズいかも」
狂竜神の胸部から大量の白い物が零れ落ちる。それは狂神の分身、無数のヒルだった。それが津波の如くシモンに迫ってくる。あの数のヒルに飲み込まれたら数秒で骨にされてしまうだろう。そんな想像に身震いしながらも魔術を発動させようとするが間に合いそうもない。逃げるにしても速度が違う。まず逃げ切れない。絶体絶命のシモンは迫りくるヒルの津波を睨む事しか出来なった。そんなシモンの前に女神が、いや剣神が舞い降りた。
舞い降りた巨漢の男は自分の身長に匹敵する反りの入った曲刀を一息で抜き曲刀を振るった。一振りである筈なのに無数にあると錯覚するぐらいの凄まじい速度で振るわれている曲刀はヒルの津波を見事に押しとどめていた。
「無事か、シモン君?」
巨漢の男、カルヴァンが何事もなかったようにシモンに尋ねた。こうやって喋っている間も高速でカタナを振るっている。
シモンは全方位から来る無数のヒルをカタナ一つで防いでいる、剣の結界を気付く事が出来るカルヴァンの絶技を目の前にして言葉が出ず、ただ頷くしか出来なった。こちらを見る事が出来ないカルヴァンにもう一度尋ねられ、かすれた声で「……はい」と答えた。
「ならよかった。ではこれからの事について説明する。ソル・シャルムを放棄、シー・マーレーまで退避する。全員がシーマーレーに退避した時点でソル・シャルムを自爆させ狂竜神を道ずれにする」
事も無げに言うカルヴァンに詰め寄るシモン。
「待って下さい! 自爆させるって三号機やブーケ・ニウス、インディ・ゴウの仮面はどうするんですか!?」
「諦める」
「諦めるの早過ぎはしませんか!?」
「昔だったら……一人で戦ってた頃だったら何としても取り返すさ。だが、仲間が……守るべき者が出来てしまったらそれが出来なくなってしまった。無茶が出来ていたあの頃が懐かしい……」
カルヴァンの口調からそれが苦渋の決断である事が分かった。
「……退避ってすぐにしないといけませんか?」
「? いや全員を退避させるには少し時間がかかるだろう。まあこの無数のヒルをどうにかしないと逃げる事も出来んのだが……」
ヒルは全方位に殺到している。逃げ道はない。だが、逃げれない状態はシモンにとってはチャンスだった。
「逃げられないのなら少し試したい事があります。僕に時間をくれませんか?」
「それは構わんが……何をするつもりだ?」
「三号機の仮面を助け出します」
「どうやって!? ここから動く事は出来んぞ!!」
「肉体は無理ですがアストラル体ならどうとでもなります」
カルヴァンは訳が分からないといった顔をする。
「アストラル体? よく分からないがどちらにしろ今は動けない。何か手段があるのならやってみろ」
カルヴァンの力強い言葉に満足げに頷くとシモンはその場にしゃがむ。そしてシモンは自分の眼前、カルヴァンの後ろに自分が立っているとイメージする。次にイメージと今座っている自分が光の紐で繋がっているとイメージする。呼吸に合わせて自分からイメージに意識が流れ込んでいると考えそれを繰り返す事一分、座っている自分を見下ろしていた。本体の意識がイメージに移動したのだ。イメージのシモンは剣の結界や狂神のヒルにも阻害される事なく空を飛んだ。これがいわゆる幽体離脱、魔術的に言うならアストラル体投射だった。
空を飛んだシモンのアストラル体は真っ直ぐ向かう、狂竜神の両掌の中にある三号機の仮面に。シモンのアストラル体は三号機の仮面が放出している魔術力に弾かれる事なく仮面の元に降りる。その途端、仮面から悲鳴が響き渡る。
(コナイデェェェェ!!!!)
(何があったんだ!? 仮面よ、答えてくれ!?)
シモンのアストラル体は仮面に触れ怒鳴るが仮面は答えてくれなかった。そのかわり仮面はシモンのアストラル体を引き込んだ、己の中に。シモンは三号機の仮面の内面世界、アストラル界に引き込まれたのを感じた。
(これが三号機の内面世界だと言うのか? だとするとすごく寂しい場所だな)
シモンに見えている光景、それはどこまでも広がる無限の荒野。草一つは得ていない。薄暗い空には生命の木が浮いている。シモンが三号機に注入した疑似魔術中枢だった。疑似魔術中枢の最上部の球体が微かに輝いているだけで他の九体の球体は光を失っている。よく見るとあの狂神のヒルが球体に群がっており光を奪い取っていた。
(ヒルがケテルの球体にまで登ってしまったら……仮面が死んでしまう。それだけは何としても阻止しないと)
シモンは飛んだ。生命の木の最上部、ケテルの球体に向かって。




