第十八話 偽神三号機対狂竜神 初戦
シモンが操る偽神三号機は四つん這いのよちよち歩きから壁伝いで立ち上がり歩けるようになれば後は早かった。倉庫の外に出てふらつきながらも二本の足で歩き安定するようになったら走る事が出来るようになった。そして今は形意拳の五行拳を行っていた。劈拳、崩拳、鑚拳、炮拳、横拳の五つの動作。行う度に拳が風を起こし、踏み込みが大地を揺るがす。地面が大きく揺れているというのにカルヴァンは小動ぎもしない。隣りにいるファインマンは震動に耐えられず倉庫の壁にもたれかかっているというのに。
「魔術だけではなく体術も会得しているとは……多芸な事だ」
カルヴァンが感心したように呟く。
「多芸所じゃないだろ……これはどういう事だ?」
カルヴァンが首を傾げる。
「僅か十数分でどうしてあんな動きが出来る? アッシュやサリナでさえ歩かせるのに数日かかっているというのにシモンは……新記録なんてもんじゃない、異常だぞ?」
カルヴァンは顎に手を当て考える。
「さっきシモン君に何気にこういったんだ」
「?」
「三号機を少し進化させ過ぎたと……ふざけて言った事だが意外と当たっているのかもしれん」
「どういう事だ?」
「三号機の仮面……あれに自我が目覚めたのかもしれん。三号機がシモン君の動きをサポートしているのだとすれば説明がつく」
ファインマンは信じられないとでも言うように首を横に振る。
「それはあり得ん! 仮面はあくまで動力源だぞ。自我が目覚める、まして操縦者をサポートするなんてそんな複雑な工程出来る訳がない!」
「もともと聖霊石は不明な点が多々ある。今回シモン君が仮面に施した魔術により自我が目覚めたのかもしれん。シモン君が聞いたという少女の声、それが聖霊石の中にある自我ではなかろうか?」
その問いにファインマンは肩をすくめる。
「それは詳しく調査しないと何とも言えんが……その調査も迫りつつある危機を乗り越えてからだな」
カルヴァンとファインマンが頷き偽神三号機に顔を向ける。
「シモン君! サフィーナ・ソフを戦場にする訳にはいかない! こっちから打って出る! 君には狂竜神と戦ってもらうが……戦えるか!?」
「……はい」
三号機の拡声器を通して答えるシモンの声には決意が籠っていた。その答え満足げに頷くカルヴァンはファインマンに命令を下す。
「ソル・シャムル緊急発進! 目標シー・マーレー!」
「おうよ!」
ファインマンがそう答え、懐から透明な球体を取り出しそれに向かって大声で話す。
「操縦室、聞こえるか!? ソル・シャルム緊急発進だ! 目標シー・マーレー!」
ファインマンが持っている透明な球体から「了解!」という声が漏れる。そして地面が大きく揺れ、音もなくゆっくりとサフィーナ・ソフから遠ざかっていった。その光景を偽神三号機の目を通してみていたシモンはぽつりと呟く。
「……こんな大きなものが動いている……イヤ……浮いているだけじゃなく飛行している……」
島が空を飛ぶなんて前世でも物語にしか出てこない。今更ながら異世界に転生したのだと実感させられる光景だった。ぼんやりしているように見えたのかファインマンが足元をドンッっと叩く。
「ボンヤリして大丈夫か!? シー・マーレーほどじゃないがソル・シャムルも足が速い。あと十分もすればシー・マーレーと合流する事になる。そうなったら……頼むぞ」
「ハイッ!」
「それからブーケ・ニウスとインディ・ゴウの仮面、これは無傷で取り戻してくれ。体の方はこちらで作る事が出来るが仮面の聖霊石だけは作る事が出来ない。それにお前が三号機に施した魔術を仮面に施せば偽神のパワーアップにある。だから何としても取り戻してくれ!」
プレッシャーをかけないで欲しいと思いながらもシモンはこう返した。
「それは……善処します」
「頼むぞ、ホントに?」
それから数分後、三号機は柄から刀身まですべてが黒い大剣を腰に装備していた。急造された神滅武装だった。神滅武装の柄に触れると妙に荒々しい気分になってくる。それなのに体から生命力が奪われていくような感じがする。神滅武装は神を殺す呪詛が込められた武装である。三号機とは五感を共有している為、呪詛をダイレクトに受け止めてしまっているようである。
(こんなの持って戦う何て尋常じゃない。アッシュさんもサリナさんもよく耐えられるな……)
シモンは辟易しながらそう思った。
シモンは前世である志門雄吾の経験から特定の武器は持たないようにしている。
前世では魔術武器を製造し、それを持って敵と戦っていたがある時その魔術武器を奪われ呪詛をかけられた事があった。霊的な繋がりがある魔術武器にかけられた呪詛は防ぐ事が出来なかった。呪詛が完全に発動する前に体の一部を用いた人形を作りそれに呪詛を発動させる事で難を逃れたのだがそういった事があって以来、特定の武器を持たないようにしている。
そう言った理由でから合法的に神滅武装を捨てるチャンスはないかと思っているとそれはすぐにやってきた。三号機の視界はどこまでも続く青い空なのだその青に異物が含まれていた。青の中に黒い点、その黒い点が徐々に大きくなっていた。
「来た! シー・マーレーだ!」
ソル・シャムルをシー・マーレーの軌道上に配置しぶつける事で足止めしシーマーレに上陸、狂竜神と対峙する事が決まっていた。
上陸後どのような状況であろうと戦えるよう四拍呼吸をして精神を集中していると突然とてつもない殺気が三号機と同調しているシモンにぶつけられた。こんな殺気を放つ事が出来るのは狂竜神だった。狂竜神はシー・マーレーの先端に立っていた。狂竜神は両手を前に突き出しており、両手の間には眩い光球が形成されていた。その光球がソル・シャムルに向かって放たれる。
シモンは直感する。この攻撃はまずい、この一撃でソル・シャルムは撃沈されると。
最悪な直観にシモンは突き動かされ、腰の神滅武装を抜き叫ぶ。
「神滅武装、起動!」
シモンの言葉に応え神滅武装の刀身から神々を呪い殺す呪詛たる黒いモヤがこぼれ始める。次にシモンは大きく振りかぶりこちらに向かってくる光球に向かって槍の様に投擲した。投擲された神滅武装は一瞬で音速を越え光球と激突する。ソルシャムル上空で破裂した光球は全てを焼き尽くさんと光を拡散するが新滅武装の呪詛が光を飲み込む。包む込む呪詛を光が打ち破り、それをまた呪詛が包み込み……延々と続く光と闇の戦いはお互いの消滅、引き分けに終わった。狂竜神の光球を打ち消す事が出来たが神滅武装もまた塵となり消えてしまった。
「……虎の子の神滅武装……塵になっちゃったけど使いどころ間違ってなかったよね?」
シモンは誰にともなく呟いた。不意に三号機に影が差した。三号機は首を動かして上を見る。そこにいたのは狂竜神だった。自らが放った光球と神滅武装とのぶつかり合いを隠れ蓑にして三号機の上空まで移動していたのだ。
「……空を飛べるとは恐れ入る」
感心したような恐れを抱いたようにシモンは呟く。空に浮いていた狂竜神が急降下し三号機を襲う。三号機は全力で後方に飛ぶ。狂竜神が地面に激突、凄まじい轟音と衝撃が起こり砂煙が舞い上がる。風により砂煙が晴れる。そこには獣が如く四肢を大地に着け、三号機を破壊し中のシモンを食い殺さんと睨みつける狂竜神がそこにいた。
「ブーケ・ニウス……インディ・ゴウ……」
(かつては僕と一緒に戦ってくれた偽神二体が僕を敵として見ている……狂神に操られていると分かっていても辛いな……ブーケ・ニウスもインディ・ゴウも絶対に取り戻す!)
心の中で決意表明をすると闘志が湧いてきた。シモンはどのような攻撃にも対応出来るように全身をリラックスする。それは三号機にも伝わり無駄な力みが無くなっていく。そして三号機は形意拳の基本の構え、三体式の構えを取った。
狂竜神はユラリと立ち上がり右腕を前に伸ばし掌から無数のヒルを出す。それが複雑に絡み合いある物を作り出す。シモンはそれの名をぽつりと呟く。
「カタナ?」
狂竜神の手にあったのはカルヴァンが使っていたカタナと非常に似通っていた。




