第十七話 感覚の同調、共有、謎の声
偽神のこう後背部に回り扉を開ける。そこに偽神の操縦槽があった。室内には椅子が一つ。肘掛けの位置に赤く丸い石が二つ収まっていた。
「ここが偽神の操縦槽か。何か思っていたのと違うな……」
シモンはもっとファンタジーな操縦槽を思い描いていた。なのにこの操縦槽は殺風景で面白くない。
「……これでも結構先進的何だぞ。それをお前……」
ファインマンが後ろで憤慨するがそれをカルヴァンが宥める。
「じゃれてる時間はないぞ。それより早く乗るんだシモン君、そして動かしてみろ。そうすれば面白くないだなんて言えなくなるぞ」
「そうだな、喋くってる間にも時間は過ぎていく、急がなければな……シモン、とっとと中に入れ。中の椅子に座ったら肘掛けの位置にある紅玉に触れろ。そうすれば後は偽神が全てやってくれる」
「分かりました」
シモンはファインマンに促され相操縦槽に入り中の椅子に座ると後ろで扉が閉まる。光源となる物が何もない為、操縦槽は暗闇に包まれる。普通の人ならばこんな暗闇、分かっていても動揺するがシモンは落ち着いていた。魔術師にとって暗闇というのは恐ろしいものではない。むしろ親しみ深いものでとても落ち着いた。このまま瞑想でもしようと考えたがそれは後として手探りで紅玉を探す。そして手の先にコツンと固い感触があった。
「……これか紅玉か? 触ればいいんだよな?」
紅玉に掌を乗せた。その途端赤い紅玉が輝き出し、操縦槽は赤い光に包まれる。
「何というか目が痛くなる色彩だな」
そんな事を言いいながら周囲を見渡すと周囲の壁面になにやら文字が浮かび始めた。
「なんて書いているんだ? 読めないな。こっちの世界の魔法言語は大体分かるんだけどな?」
シモンはこちらの世界の魔法言語を習得しているが壁面に書かれているのはそのどれとも当てはまらなかった。目を凝らして見つめていると両肩の部分からベルトが飛び出し鳩尾の部分でクロスし腰の部分で装着され体を固定した。
驚きで言葉が出ないシモンの脳裏の小さな女の子の声が響いた。
(……視覚共有)
「視覚共有?」
おうむ返しで言葉を繰り返すと目の前が真っ暗になった。突然視界が奪われ焦るがすぐに視界がクリアになる。そして見えている光景にシモンは驚く。
(僕は偽神の操縦槽にいた筈だ。それなのに何で外に出ている?)
シモンが見ている光景、そこは偽神三号機が置かれていた倉庫だった。何故か視界の位置が高い。二十メートルぐらい高い位置から見下ろしている感じだ。カルヴァンとファインマンを見下ろしていた。ファインマンが両手を振って声を上げているが声が全く聞こえない。
(どうなっているんだ?)
シモンが目をこすろうとして己の手が動かない事に驚く。
(……聴覚共有)
また小さな女の子の声が脳裏に響く。
(聴覚共有?)
耳元にサーッという音がしばらく聞こえたかと思ったら別の音も聞こえてきた。
「……イ、オーイ、シモン聞こえるかあ!?」
ファインマンの声だった。
「まだ、感覚共有が終わってないから喋る事が出来ないだろう! 俺の声が聞こえてるなら三回まばたきしろ!」
訳が分からないがともかくシモンは三回まばたきした。それを見たファインマンが満足げに頷く。
「よし、聞こえているようだな。今シモンの体に何が起こっているのか分からんだろうから説明するぞ」
シモンは頷きたいのだが首が動かず何とももどかしい。
「今、シモンの五感と偽神の五感を同調、共有させている」
(同調? 共有?)
「最初は操縦桿による操作方法を考えていたんだがそれだど操作が複雑になってしまってな。簡単な作業ならともかく戦闘では全く使い物にならなかった。そこで考えたのが偽神と操縦者の五感を同調、共有させる事だった。それならタイムラグがなくなり滑らかに動く事が出来る。狂神との闘いでは一瞬の遅れが命取りになるからな」
「なるほど……しかし凄い発明ですね。これをファインマンさんが一人で考えたんですか?」
「おっ、声が出るようになったな」
「本当だ、声が出る」
「後は触覚の共有だ。それで偽神は動く事が出来る……でも最初はゆっくりと一歩歩みだす事を考えて歩けよ」
「分かりました」
そう答えるとまた小さな女の子の声が頭に響いた。
(……触覚同調)
体中に電気が走ったような熱が巡ったような奇妙な感覚のあと何気に右手を動かしてみる。その右手は自分の手ではなかった。黒い甲冑に包まれた手、偽神の右手だった。
「本当に偽神を動かしているんだ……」
右手を動かし顔をこすろうとする。
「まて、ヤメロ!!」
ファインマンの大声に驚き右手を顔の前で止める。
「偽神の頭部に収まっている仮面は偽神の動力部だ。破損したら指一本動かせなくなるぞ。滅多な事では壊れない様頑丈に作ってあるが念のためだ。触るな」
「戦闘時では特に注意しないといけませんね」
「ああ、頭部と操縦槽は偽神の弱点だ。注意しろ」
シモン―――偽神は首を縦に振る。
「……そうだ、ところでこの脳裏に響く女の子の声は一体何なんですか?」
「女の子?」
「そうですよ。女の子の声が脳裏で響いた後、感覚が同調、共有出来るんですけど元々こうなんですか?」
ファインマンが考えるように腕を組む。
「俺はそんな設定はしてないぞ」
「シモン君の行った魔術が仮面に何らかの変化を引き起こしたのかもしれんな?」とカルヴァン。
「僕は仮面の中に疑似的な魔術中枢を作り出しただけですからそんな機能つけれるはずありません」
「だが、それしか原因は考えられん」
ファインマンが頭痛を堪えるようにこめかみを押さえる。
「……こちらが考えてなかった機能が付与されている。マズいかもしれんな……おい、シモン一旦偽神との同調、共有解除しろ。調べてみるから」
「いいや、このまま起動させる」
カルヴァンがファインマンを遮って言う。
「おい、カルヴァン。お前何を言っている!?」
「時間がないんだ。ここで止めたら間に合わなくなる。狂竜神と戦う事が出来なくなる」
「だが……一技術者として不確かな物に乗せておくわけにはいかんぞ!」
睨み合うカルヴァンとファインマン。不意にカルヴァンは視線を逸らしシモン―――偽神に視線を向ける。
「シモン君、何か不具合はあるのか?」
「いいえありません。むしろ……僕を優しく包んでくれるようなそんな感じがします」
「……と、言う事だ」
ファインマンが呆れたとでも言うように頭を掻いた。
「だあ、もう分かったよ。だが、何かあったら絶対に言えよ」
「分かりました」
「あとその場で少し待て。ほれ、カルヴァンもこっちに来い」
そう言って二人は倉庫の端による。
「いいぞ、シモン! まずは一歩動いてみろ」
シモン―――偽神三号機は頷きまず第一歩を踏み出した。ドスンという轟音の後バランスを崩し、これまた轟音を立てて転倒した。
「イッテェェ!? ……痛みを感じる?」
「そりゃそうだ、触覚も同調共有してるんだから。偽神が受けたダメージは操縦者にも当然返ってくる」
「そんな……」
「情けない声を上げるな」
「ウウッ、分かりました。こういう痛みは我慢します。しかし……何というかうまく動けませんね?」
「自分の体と偽神の体を同じようで違うからな。これは慣れるしかない。あと一時間を切っているが何とかするしかない。根性論は嫌いなんだが頑張るしかない。やれるか?」
「頑張ります! ですが……こうなるって言ってくれてもいいんじゃないですか」
「通過儀礼という奴だ。アッシュもサリナも最初はこうなった」
カルヴァンはともかく真面目なファインマンまで意地悪な笑みを浮かべている。それを見えシモンはムッとする。
(ひどいオッサンらだな……三号機、情けない操縦者でゴメン。早く動かせるように頑張るから一緒に頑張ってくれ)
(……一緒に頑張ろうね、お兄ちゃん)
シモンの頭の中でそんな声が響いた。五感の同調、共有している時に頭に響いていた少女の声だった。
(君は一体誰なんだ?)
その問いには答えが返ってこなかった。
「……まあいいか」
まずは四つん這いになり倉庫の中を移動する事から始めた。ごつい三号機が赤ん坊みたいによちよち歩きをするのは何とも滑稽な姿だった。




