第十四話 ……を動かしてみないか?
南門へ着いたシモンとカルヴァン。門の傍にある連絡管のふたを開けカルヴァンは声を上げる。
「指令室、聞こえているか?」
そんなカルヴァンの陽気な声に答えたのは正反対の陰鬱な声だった。
「カルヴァンか……」
向こうから聞こえてきたのは落ち着いた老年の男性の声だった。
「おおよ、状況は把握してるか?」
「把握してるかじゃなかろう! バカモンが!!」
陰鬱な感じから一転、大音量で怒鳴られる。カルヴァンは連絡管から頭を離すがそんな距離など関係なく大音量で説教が始まる。
「お前ももう年なんだから、現場は若いモンに任せていい加減腰を落ち着けろ!」
「いや、俺まだまだ若いモンには負けないし。さっきも狂神に憑りつかれたアッシュに圧勝だったし、まだまだ現役で通じるぞ、ウン」
自慢げに話すカルヴァン。水晶の向こうの相手は呆れた様に溜め息をつく。
「お前なあ……お前に何かあったら神殺しは崩壊するぞ。分かってるのか?」
「説教は後で聞く。それよりも……」
「ああ、分かっている。大破した二体の偽神が融合して一体の偽神になっている。こんな非常識が出来るのは……狂神か?」
「ああ、そうだ。あの手この手でこちらを攪乱してくる。ある意味今まで戦ったどの狂神より厄介だ」
「狂神と融合した偽神が相手では対抗手段がはないぞ。どうする?」
それについては考えがあるようでカルヴァンは冷静に指示を出していく。
「まず、俺たちが南門を出たらシー・マーレーを射出してくれ。今シー・マーレーは無人だから出しても構わない。場所はここから……北西のサヴァル砂漠。あそこなら被害が出ない」
「だが、それからどうする。あの質量差じゃお前の剣術も通用せんぞ。放っておいたら近い街か、もしかしたらサフィーナ・ソフに戻ってくるぞ。そうなったら被害甚大……どうする?」
「サヴァル砂漠で奴をを倒す!」
「倒すって何か方法があるのか?」
「これから奴を倒せるものを起動する」
連絡管の向こうの相手が息を飲む。
「倒せるものってもしかして……それは無理だ! 機体が組み上がってはいるが……欠陥品だぞ。今の状態では戦闘どころか指一つ動かせんぞ!!」
「それを何とか出来るかもしれない魔法使い、いや魔術師がいる。大丈夫だ!」
「それは……件の少年か? その少年は本当に当てになるのか? 過大評価していないか?」
「彼の実力は前日、それに今日も見ている。大丈夫だ!!」
自信ありげにいうカルヴァンに連絡管向こうの相手はしばらく無言になる。迷っているようだ。
「……分かった。その少年と共にソル・シャムルに向かえ。そこでかの少年に協力してもらう。俺も立ち会わせてもらう。ではソル・シャムルで会おう」
「ああ分かった」
カルヴァンは連絡管のふたを閉めシモンと向かい合う。
「シモン君は頼みたい事がると言っていた事を覚えているか?」
シモンはシー・マーレー探索時にカルヴァンに言われた事を思い出していた。
「そう言えば言っていましたね」
「もう少し先になると思っていたがそれを今すぐにやってもらう事になりそうだ」
一体何をと問う前にカルヴァンが走り出した。かなり速度を出している為、後を追う事で精一杯になり聞く事が出来なかった。
「さて、ソル・シャムルに着いたぞ、シモンく……ん?」
カルヴァンは隣りでゼェゼェと荒い息を吐き膝をつくシモンを見て不思議そうな顔をする。そんな顔をするカルヴァンこそ不思議な存在だとシモンは思った。
(狂神との戦闘、アッシュさんを担いで逃走、そして居住区を通ってここに来るまで十分近く全速力で走って息一つ切らしてない……しかもこの人魔法全く使ってない。どんな体力してるんだこの人?)
「ホレホレ、そんな所に座ってる暇はないぞ」
カルヴァンが差し出した右手を掴みシモンは立ち上がるが膝が笑っていた。
「それで……ソル・シャムルって何をするところ何ですか? 見た所何らかの工房のようでですけど」
「分かるかねシモン君。ここソルシャムルはいわば移動する錬金工房でな、ここは錬金、鍛冶を行う工房島でなここで武器や防具、特殊な道具の製造がおこなわれている。偽神もここで造られている」
「ここが……」
シモンは目の前の建物を見上げる。レンガで組み立てられた三棟からなる頑丈な建物に鉄の大扉、屋根に映える三つの煙突からは絶えず煙が上がっている。建物の脇には液体の入っているであろう巨大なタンクが鎮座していた。
(ここ、工房というより鉄工所じゃないか?)
前世の記憶からそんな印象を感じていると正面の鉄の扉が音を立てて開かれる。開いた途端ムワッと熱気が吹き付けてくる。
「アツッ!」
シモンは思わず鉄の大扉から飛びのく。
「遅かったな、待っていたぞ!」
そう言ったのはカルヴァンに負けないくらいの大男だった。厳つい顔だちがごわごわとした固く白い口髭を生やしているが頭髪はツルリと禿げ上がっている。つなぎ服を着ており腕まくりした腕は太くたくましい。その大男はシモンをジロリと一瞥する。値踏みされるような視線に晒され、居心地が悪いシモン。その何とも情けない姿にため息をつく大男。
「この少年が本当に出来るのか?」
「実力は折り紙付き。俺が保証する」
カルヴァンが自信ありげに胸を張る。
「まあ、いい。ここで喋っていても事態は好転せんし。ついてこい」
大男は顎をしゃくり建物の中に入っていく。
「あの人は?」
「ああ、アイツはファインマン・ハロウス。ハロウスって姓には聞き覚えあるだろう?」
「ハロウスってサリナさんの?」
「そう、アイツはサリナの開発……じゃなかった。祖父だ」
カルヴァンの変な言い回しを疑問に思うが……。
「何をやってる、早く来い!」
繋ぎの大男、ファインマンに呼ばれた為、カルヴァンに聞く事が出来ず、慌てて工房の中に入った。
工房は吹き抜けとなっておりその空間を利用して巨大な溶鉱炉が何基もある。作業員が溶かした鉄を巨大な大剣の鋳型に流し込んでいた。ある程度冷えた所で鋳型から外し冷水に入れて冷やす訳なのだがその冷水が問題ありだった。その液体は赤黒かった。
「これは……もしかして血液ですか?」
シモンは前を歩くファインマンに尋ねるがファインマンは答えない。
熱せられた大剣が赤黒い液体に投げ込まれ凄まじい蒸気が上がる。その臭気にシモンは吐き気を覚える。
「ファインマン、お前何を作っている?」
カルヴァンの問いにファインマンは立ち止まる。
「……神滅武装を大量生産している。あれを起動出来なかった時、狂竜神を攻撃するのに使う。一回こっきりだろうが役には立つだろう」
「神滅武装は……危険なものだ。それを複数製造するなど俺は認めてないぞ。どういう事だ、ファインマン?」
ファインマンは振り向くとカルヴァンの胸ぐらを掴み、壁に叩きつける。
「俺は彼の事は報告でしか知らん。そんな相手を信じられるか!? それにもしあれを起動出来なかったら責任が全て少年に行くだろうが! そんな無責任な事が出来るか!! そうならない為にも他の案も出しておくべきだろう!! 違うか!?」
ファインマンはいざという時は自分が泥をかぶるつもりのようだ。
「……そうだな、その通りだな。スマン」
カルヴァンは素直に謝った。
「色々な可能性を考えておけ。誰もがお前みたいに何とか出来る者ばかりじゃないんだ。そんなお前とツルんだせい……この頭だ!」
カルヴァンは己の禿げ上がった頭を指差す。カルヴァンと共に行動する事によるストレスで禿げたと言っているようだ。
「あのう、お二人さん……」
二人の会話に貼れず空気になっていたシモンは恐る恐る聞いてみた。
「……いい加減、教えて下さい。僕は一体何をやらされるんですか?」
「……それはついてくれば分かる?」
ファインマンはカルヴァンから手を離し、険しい面持ちで二人の前を歩く。その後を続くシモンとカルヴァン。しばらく歩くとまた大きな鉄の扉があった。その扉を開け中に入ると熱気が嘘のように引いており空気が違う。室内灯がついていない為、中は暗闇に包まれていた。明かり窓もない様だ。
「ここは……」
「ちょっと待ってろ。今明かりをつける」
ファインマンは簡単な呪文で魔法の光球を幾つか作り、天井に放り投げる。光球は地面に落ちず空中に浮遊し続ける。明かりのお陰でそこに何があるのか見て取れた
「何だ、あれ!? 鎧の巨人、顔がないけどあれってもしかして……」
「分かるか、シモン君」
「偽神……ですよね?」
「そうだ、あれは偽神三号機。まだ無名なのだがな」
とファインマン。
「ブーケ・ニウスとインディ・ゴウ、二機の性質を備えたのが三号機何だが……未だ起動にこぎつけられず、こうやって……倉庫に眠っている」
ファインマンは自分で言っていて悔しそうな顔をする。技術者としては自分が開発した機体を起動できないのが悔しいのだろう。
「そこでシモン君の出番だ!!」
カルヴァンがシモンの背をバシンッと叩く。
「僕の?」
背中の痛みに涙目になりながらカルヴァンに問うた。
「シモン君、君の魔法……いや、魔術だったか。それで偽神を起動させてみないか?」
「僕が!? いやいや、いくら何でも魔術で偽神起動って無理でしょう!? 俺、ゴーレム製造は専門外だし……」
「理論はよく分からんが君なら出来る、頑張れ!」
(訳の分からん勢いでごり押しって何ちゅう無責任な……)
シモンが呆れているとファインマンが慰めるようにシモンの肩を二度軽く叩いた。
「あまり深くは考えるな。悩みすぎると俺みたいに……」
シモンとファインマンの禿げ上がった頭を見て乾いた笑みを浮かべた。