第十二話 神殺しのリーダとの邂逅。狂神Aの出現
サリナ・ハロウスがシー・マーレーから無事脱出した事で中の状況が判明し、調査隊とは名ばかりの狂神討伐隊が結成され、その中にはシモンの姿もあった。サリナが無事脱出できたのはシモン少年のお陰だと神殺しのリーダーに掛け合ってくれ為、討伐隊に入る事が出来たのだった。
討伐隊に二十四名の後ろで南門が閉まった。全員が武器や魔法の杖、防具を身に纏い殺気立っている。自分の身内や恋人を食い殺した仇が目の前にいれば殺気立つのも当然だろう。爆発寸前の中シモンは恐る恐る声をかける。
「あのう……皆さん少し待って下さい」
討伐隊全員の視線が一斉にシモンに集まる。射殺すような視線にシモンは身を縮こまらせながら言葉を続ける。
「あの狂神はとてもサイズが小さく隠密性が高いです……ただ突っ込んでいけば全滅する恐れもあります」
討伐隊の一人がシモンの前に出る。
「だったらどうした! クソッタレの神をぶっ殺せるのなら俺たちはどうなっても構わねえ! 止めるつもりならここにいる全員をぶっ倒すんだな。だがそれが出来るか?」
全員が武器を魔法の杖をシモンに向け威嚇する。更にこちらを止めるというなら攻撃もいとわないつもりなのだろう。
だがシモンは両手を振ってこう答えた。
「止めるつもりはありません。だからそう殺気立たないでください!」
「じゃあ何が言いたいんだ?」
「僕がこのシー・マーレー全域を調べます。敵がどこにいるのかを調べてそこを全力で攻撃した方が確実です。あの狂神はたいして強くない、僕の魔術でも十分ダメージが与えられるくらいだから。皆さんが全力で攻撃すれば確実に倒せますよ」
事も無げに言うシモンに討伐隊の皆は困惑顔になる。
「……このシー・マーレー、サフィーナ・ソフに比べれば小さいがそれでもかなりの広さだぞ。それを調べるってどうやって? 狂神はこっちの魔法を無効化してくる。遠隔視の魔法にも引っかからない。だから人海戦術で肉眼で確認するしか方法がないぞ」
その言葉に志門は笑って見せる。
「手段はあります。任せて下さい」
シモンは目を閉じシモンは四拍呼吸を行う。精神を集中しつつ体はリラックスさせる。右手人差し指と中指を伸ばし後は折りたたみ前方に伸ばす。その状態で前方に手を伸ばし風の召喚の五芒星を描き中央に風のシンボルを刻印しながら神名を唱える。
「イェ-・ホゥー・ワゥ」
シモンの体からアストラル体が離れる。風の召喚魔術により風の属性を得たシモンのアストラル体は風に乗りシー・マーレー全域に行き渡る。風は地上を地下をあらゆる場所に行き渡り情報を集めていく。そしてシモンは狂神ではない、だがあり得ないものを発見した。
妙な呪文を唱えた後棒立ちになり立ち尽くすシモンに皆は呆れ顔だ。
「おい、みんな行くぞ……こんな子供の戯言に付き合っていてもしょうがない」
討伐隊の一人がそう言うと皆が頷き、シモンを置いて先に行こうとするがある人物がそれを止める。
「まあちょっと待て」
そう言ったのはこの討伐隊の中でひときわ背の高い男だった。身長は二メートル以上、均整がとれた体格で全身がくまなく鍛えられている。黒の短髪、厳つい顔だちをしている。己と同じ大きさぐらいカタナを携えていた。それがこの男の武器なのだろう。
討伐隊の皆がその大男を見て目を白黒させていた。
「ア……アンタ、どうしてここにいるんだ!? わざわざ気配を消してまで!?」
「どうしてってそりゃあ……お前らを指揮する為に決まっているだろう」
「違うだろう。アンタ前に出て戦いたいだけだろう。アンタ、神殺しのリーダーだろ。だったら安全な場所で俺らを指揮してないとダメだろう。アンタに何かあったら組織が崩壊するぞ!! そんな事も分からないのか、バカですかアンタ!!」
周りからの野次に大男は神殺しのリーダー、ベネティクト・カルヴァンは困った様に頬を掻く。
「上の者に対する言葉使いじゃないそ、ソレ。泣くぞ、俺」
「そこで泣いててください。そしてそこで突っ立ってる子供を守ってて下さい!」
話は済んだとばかりに先に行こうとする討伐隊の前にカルヴァンが立ちふさがる。
「まあ待てって」
「どうして止めるんですか? まごまごしていたら逃げられるかもしれないんですよ。サリナさんの報告で今、狂神は弱っている事が分かっているんです。俺たちで倒せるチャンスなんです。だから邪魔しないでください!」
「手負いの獣は恐ろしいぞ……確実に倒したいというならこの少年を外すべきじゃない」
カルヴァンは志門を指さして言う。
「この少年が?」
見た目だけで実力を判断する皆にカルヴァンは溜め息をついてこう聞いた。
「お前らさ、狂神をぶん殴る事って出来るか?」
カルヴァンの問いに皆の目がテンになる。
「狂神をぶん殴るって……偽神でもなきゃ不可能でしょ。今回は例外中の例外ですけど」
「ところがこのボウズ、それを本当にやったんだよ。ドーセントの街で」
ドーセントでの戦闘時もカルヴァンは戦闘指揮を執る為に前線に立っておりその時にシモンの魔術、特大のアストラルパンチで狂神をぶん殴るのを見ていたのである。
「それだけではなく六対の翼をもつ女戦士を召喚し狂神を打倒している。狂神と戦う身であるけれどこう言える。あの女戦士は神々しかった」
全員の視線が再びシモンに集まる。
「このボウズが……ウソでしょ? ドーセントに出現した狂神は偽神が倒したんでしょ?」
「インヤ、偽神が神滅武装で動きを止めて、ボウズが召喚した女戦士が狂神にとどめを刺している……このボウズは魔法とは違う異質の力―――ボウズは魔術と呼んでいたか―――狂神を打倒しうる力を持っている。そいつが待てと言っているんだ。少し待っても罰は当たるまい」
討伐隊の面々はまだ信じられないと言った面持ちでシモンに視線を移すと不意にシモンが前方に伸ばしていた右手を下におろす。瞬きをしながら首を振り意識を覚醒させる。そして全員の視線が自分に集まっているのにシモンは驚いた。
「皆さん、どうしましたか?」
「気にしなくてもいい。それよりも何か分かったか?」
シモンはひと際大きい男に問われびくりと身をすくめる。
(こんな人いたっけ?)
「えっと……あなたは?」
「自己紹介は後、それよりも……」
「それもそうですね。まず狂神ですが発見できませんでした。でも別のもの、いいえ人は発見しました」
「人?」
「いるはずのない人がいるんですよ。どうしてそこにその人がいるのかが分からないんです」
「どういう事か教えてくれ?」
シモンは頷き報告する。
「場所は偽神の残骸がある格納庫。そこに偽神の操縦者、ええと……アッシュさんでしたか? その人がいるんですよ」
全員に動揺が広がる。
「それはおかしい。アッシュは今、居住区の治療院で治療中のはずだ。神滅武装の影響で魔法が効かない為、今は指一本動かせない筈だ。なのにアッシュが格納庫にいる……怪しいな、それでどんな様子だった?」
「……心ここにあらずと言った感じでボンヤリしていました」
「何をやっているんだか……ともかくその格納庫に向かおう。そしてアッシュを回収した後改めて狂神の捜索及び討伐に向かう」
討伐隊全員が頷き格納庫に向かう。その後ろにシモンとカルヴァンはついていく。
シモンは隣を歩く大男に恐る恐る尋ねる。
「それであなたは誰ですか?」
「そう言えば自己紹介がまだだったな。俺はベネティクト・カルヴァン。神殺しの創設者、リーダーをやている」
「あなたが!?」
シモンは驚きのあまり素っ頓狂な声を上げる。
「落ち着き給えよ、シモン君」
ごつい手でシモンの肩を叩く。軽く叩いているのだがシモンの方はひどく痛み顔をしかめる。
「スッスミマセン……それよりカルヴァンさんに頼みたいことがあるのですが……」
「神殺しになりたいというのなら断らんよ。寧ろこっちから頼みたいぐらいだ」
カルヴァンが先読みして答えた。
「こっちの言いたい事がよく分かりましたね?」
「この浮遊島には二種類の人間がいる。復讐をなそうとする人間と復讐を諦めた人間だ。君の目は前者の者の目だ」
自分がどんな目をしているのかなんて自分では分かる筈がなく……
「ともかくよろしくお願いします」
というより他なかった。
「君が神殺しになるというのなら一つ頼みたいことがあるんだが」
「頼みたい事ですか?」
「ああ、それが成功すれば大きな戦力を手に入れる事が出来る」
「僕に出来る事なら何でもやらせていた出来ます!」
その答えにカルヴァンは満足げに頷く。
「君の魔術で新たな偽……」
カルヴァは最後まで言う事が出来なかった。アッシュがいるという格納庫の前に着いたからだ。
「みんな注意して進め。本来いないアッシュがここにいること自体おかしい話だ。考えすぎかもしれないが狂神の罠かもしれない」
全員が頷きなれた動きで格納庫の中に入った。それから一分後、鉄が激しくぶつかる音と悲鳴が響き渡る。シモンとカルヴァンは何事かと格納庫の中に入る。その光景にカルヴァンは顔をしかめるくらいだがシモンは口元を押さえこみ上げてくるものを必死に押さえていた。
格納庫の中は死屍累々、屍の山だった。その中でただ一人血にまみれたアッシュ・ローランスが一人立っていた。
「アッシュ……お前何をやっている!?」
カルヴァンは静か諭すように尋ねるがシモンにはカルヴァンの態度が嵐の前の静けさのように感じられた。
だが、アッシュはカルヴァンの問いには答えずシモンを睨んでいた。
「テキ……テキ……オソルベキ……テキィィィ!!!」
アッシュが叫んだかと思ったら恐るべき脚力で大地を蹴りシモンとの間合いを詰める。右手に持っている血まみれの長剣で唐竹割に切りつける。そのあまりの早さにシモンは反応できなかった。数秒後に訪れるであろう死は横合いから伸びた白銀の光によって受け流された。
シモンには反応出来なかったアッシュの動きにカルヴァンは反応、カタナを抜きシモンの前に立つ。カタナの切っ先を下に向けた状態で上段に構える。長剣と曲刀が接触するが長剣は曲刀の表面を滑り長剣の軌道が標的であるシモンからそれてしまう。長剣を振り切り死に体となったアッシュの背後にカルヴァンはカタナを振り下ろす。アッシュは全力で前方に飛び攻撃を躱す。
カルヴァンはカタナを中段に構え、切っ先をアッシュに向ける。
「アッシュ……お前何をやっている。そんな力任せの素人みたいな剣の使い方、俺は教え取らんぞ」
溜め息を付くカルヴァン。
「そんな無様な剣を振るう愚かな弟子には少し痛い目にあってもらわなければなあ」
殺気を放つカルヴァンにシモンは注意する。
「カルヴァンさん、待って! どう見てもアッシュさんおかしいでしょ。どうしてああなっているのか見てみますから、痛い目はそれからにして下さい!」
「見てみるとはどうやって」
シモンは答える前に行動に出る。シモンは視覚を物理的次元から霊的次元に切り替えアッシュの魔術中枢を確認した。そしてなぜアッシュがこんな行動に出たのかを察した。
「何てこった……アッシュさん、狂神に憑りつかれている」
「ナニッ!?」
カルヴァンが驚きの声を上げる。
アッシュの五つの魔術的中枢、本来であれば眩く輝いているのだが今のアッシュはその光が全く放たれていなかった。魔術中枢の表面は無数のヒルでびっしり覆われており全く輝いていないのだ。無数のヒルは魔術中枢の輝きを吸収し己の力にしているようである。今は狂神がアッシュを動かしており肉体の限界以上の力を出しているようだが狂神が抜け出た時には生命力を全て奪われ絶命する事だろう。
「そんな状態で生かされているとは忍びない……そうなる前にカタナの錆にしてやるのがせめてもの情けか……」
カルヴァンはアッシュにとどめを刺す覚悟を決めたようだがそれにシモンは待ったをかけた。
「待って下さい! そうやってすぐに諦めないでください。僕が何とかして見せますから!」
「何とかってどうやって?」
「説明は後で……とりあえずアッシュさんを身動きが出来ない様に痛めつけて下さい。そうしたら僕が何とかしますから」
「様は手加減しろという事が。そう言うのが一番難しいんだが……」
カルヴァンが溜め息を付きながら刀の柄を握る手に力を込めた。