第百六十一話 木龍召喚
空を飛ぶ敵に対する対抗手段はあまりにも少ない。戦闘職の人間はまず手が出せない。地上での戦闘が主であるからだ。魔法職の人間ならば遠距離の攻撃が可能、空にいる敵にも攻撃が届くが空を自由に飛べる相手となると手を焼く。地上では行動が制限されてしまうのに対し空には制限する物がないからだ。どれほど強力な攻撃が来ようとも当たらなければどうという事もないのだ。空にいる敵を倒すにはこちらの土俵に入ってもらう他ない。つまり空にいる敵を地に墜とすという事だ。
地上にいる神殺しの魔法使いたちが呪文を唱え一斉に魔法を発動させる。
「炎の球っ!!」
「氷の矢っ!!」
「風の刃っ!!」
「岩の槍っ!!」
空を飛ぶ偽神四号機に対し地上から魔法による攻撃が一斉に放たれる。迫りくる魔法の攻撃に対し偽神四号機は防御も回避も行わなかった。魔法の一斉攻撃は偽神四号機に直撃し爆炎に包まれる。
「やった!!」
魔法使いの一人が勝利を確信し声を上げる。爆炎が晴れるとそこから無傷の偽神四号機が現れた。偽神の核となる聖霊石に疑似魔術中枢を埋め込む事により様々な能力が発現するようになった。そのうちの一つが偽神の周囲の空間に常時発動される不可視の障壁、これによって魔法の攻撃を完璧に防ぎ切ったのだ。
「何っ!?」
魔法は発動した瞬間無防備となる。一斉攻撃を無効化された事も相まって棒立ちとなった魔法使いたちに偽神四号機が無慈悲に右掌を向ける。そして破壊の閃光が放たれた。狂神と戦ってではなく自分らと共に戦ってくれたかもしれない機体に殺される事を無念に思いながら空を見上げたその時だった。黒い影が魔法使いたちの前に躍り出る。魔法使いたちは目を見張る。
(誰だか分からないが入ってくるんじゃない、死ぬぞっ!!)
誰もが声が出ずそう思う中、奇跡が起こった。一瞬熱いと思っただけでそれ以上の変化が見られなかったのだ。閃光を浴びても消滅せずに済んでいたのだ。
「……!? まだ生きてる……何故?」
呆然としながら上を見上げると破壊の閃光は未だ照射されていた目に見えない不可視の壁に防がれていたのだ。
「偽神四号機からの攻撃を防ぐほどの防御……こんな事が出来るのはまさか……」
偽神の攻撃を防ぎきるほどの防御壁を展開できる者、それもまた偽神だった。
「障壁を展開するのが間に合ったからよかったけど……下手したら死んでたよお姉ちゃん」
その幼い少女の声は魔法使いたちの前に躍り出た者の首元から聞こえてきた。
「メルの事信用してるからきっと何とかしてくれると思ってたよ。事実何とかしてくれたし万事オッケー」
首元の淡く輝く宝珠を掌の中でて弄びながら陽気に言う。
「調子がいいなあ……」
常識人の妹と天然の姉の様な言い合いに緊迫した状況でありながら魔法使いたちはホッコリしてしまうがすぐにハッとして二人の言い合いに割って入った。
「サリナさん、何を考えているんですかっ!? 攻撃の前に飛び出すなんてっ!!」
「まあまあ……メルもみんなも責めないで。助かったんだから万事オッケー。オッケー?」
「いや、オッケーって……」
同意を求められるが言い淀む。結局のところ助けてもらっているので二の句が継げられず魔法使いたちは押し黙ってしまう。だがそれを同意と見て満足げに頷くのはサリナ・ハロウス―――偽神インディ・ゴウ・メルクリウスの操縦者であり神殺し随一の魔法使い。ファインマン・ハロウスの手で造られたサリナ・ハロウスの複製体でありより強力に魔法が扱えるように改造された強化人間でもある。
ハァとため息をついたのはサリナの首元の宝珠、インディ・ゴウ・メルクリウスの聖霊石である。動くための肉体が自己修復が間に合わなくなるほどの攻撃を受け大破してしまい自由に動く事は出来なくなってしまったがそれはサリナの手で運んでもらえば事足りる。後は聖霊石を中心に障壁を張ればどんな攻撃も通さない要塞となり得る。
サリナの魔法とインディ・ゴウ・メルクリウスの障壁、二つが合わさればあるいは偽神の障壁を突破できるかもしれない。だが出来るのはそこまで、偽神四号機を墜とす事は敵わないだろう。
「まあいいです。それでこれからどうするんですか? サリナさんの魔法、偽神の障壁、俺たちが協力してもし偽神四号機を墜とせるかどうか……」
「だねえ。だから……だからもう一手加える」
サリナはそう言って懐から黒い包みを取り出した。
「お姉ちゃん……本当にそれを使うの?」
「これを使わないと……届かないっ!!」
力を籠めて包みを引きはがす。そこから出てきたのは拳大の鉄の塊だった。その鉄の塊から圧力さえ感じられるほどの圧倒的な瘴気が吹き出した。神殺しの者であれば誰だろうとそれがな何なのかはすぐに理解出来た。誰ともなくそれの名を呟いた。
「……神滅武装」
神滅武装―――それは対狂神用の必滅武器であり神々を呪うあらゆる呪詛が籠められている。あまりに強力な呪詛である為、人の身で扱う事は敵わず偽神のに機体が必要となる。偽神に呪詛の一部を肩代わりしてもらうのだ。それでも扱えるのは数分という呪われた武器。サリナはここに来る前に神滅武装の納められた武器庫により一部を壊しその欠片をシモンの防御魔術が施された布にくるみここまで運んできたのだ。
「……しかし何で神滅武装の欠片をここに持ってきたんだ? 相手は狂神じゃなくて偽神だし……意味がないんじゃ」
魔法使いの一人がそんな疑問を漏らす。
「……今回は狂神を封じるのに使うんじゃなくて魔法の増幅器として使う為だから」
そう言うとサリナはポケットから植物の種を一つ取り出し地面に落とす。そして魔法使いたちに号令する。
「みんなの魔法力、私に譲渡してっ!!」
魔法使いたちが頷くとサリナに手を向ける。魔法力がサリナに照射されそれをサリナが吸収しそれを束ね一つとする。魔法力の総量は一人一人で違い限界が来ると気を失い一人また一人と倒れていく。それに罪悪感を感じながらもサリナは魔法力の吸収を止めようとはしない。
「お姉ちゃん、もういいんじゃないの。これ以上やったらみんな……」
仲間が倒れていく気配を感じメルが魔法力の吸収を止めるようサリナに言うがサリナは苦し気に首を横に振る。
「ダメ、上の四号機を墜とすにはこれくらいやらないと……」
最後の一人が倒れ全員の魔法力が譲渡されたのを確認すると魔法力を一つに束ね呪文を唱える。そして魔法力を神滅武装の欠片を通して発動させる。
地面に落とした植物の種から芽が出たかと思ったら体積以上の幹が伸びあっと巨木となる。障壁にぶつかり上に行けないとなると障壁に沿って真下に来るのを見てメルは慌てて障壁を解く。障壁が解けたのが分かるとまた真上に伸びていくのだが当然偽神四号機から照射され続けている破壊の閃光に身を晒す事となる。当たった部分は消滅する事になるが消滅されながらもその身を天に向かって伸ばしていく。破滅の閃光が木の成長速度に押されていた。消滅される速度より木の成長速度が凌駕していた。破壊の閃光を浴びながらも成長を続け天に伸びるその様は破壊の閃光を食らって成長する邪龍のように見えた。
偽神四号機が初めてその場から回避する行動をとるが遅かった。偽神四号機に届いた巨木が右腕を巻き込み捩じり引きちぎったのだ。
「ギャァァァァァッ!!!!!!」
この時偽神四号機から悲鳴らしき声が響き渡った。偽神四号機に同調した操縦者がその痛みに同調して悲鳴を上げたのだった。
サリナが行った魔法、それは植物の成長促進だった。本来、成長促進は農耕用の魔法であり攻撃に使えるものではない。だが神滅武装の欠片を通した事で呪詛が付加されその性質は大きく変質、植物の成長速度が異常促進され攻撃に転化する事が出来たのだ。
サリナは自身が持つ神滅武装の呪詛による浸食に耐え続けながらこう呟いた。
「……木龍召喚」