第百六十話 理不尽と救助と
洞窟の中を高速移動するルーナ・プレーナの操縦槽の中でシモンは深いため息をついた。
「どしたの、お兄ちゃん?」
地上に出れば戦闘になるのかもしれないというのにテンションの低いシモンにルーナは心配げに聞いてみた。
「どしたのって……ため息の一つもつきたくなるよ……僕、ちょっと戦いすぎじゃない」
「戦いすぎって?」
「思い出してみてよ。狂神に憑りつかれ狂魔人化してあのカルヴァンさんと戦わされて、それが済めば今度は地下に眠っていた狂神と戦って浄化、そして今地上で何か事が起こっている……息をつく暇がなくて……参るよ」
シモンは更に深いため息をついた。
「何か……凄く実感がこもってるね。私には疲れたって感覚よく分からないけど……」
「羨ましい……だけど本当に悔しいよ。誰がこんな展開にしてるんだ」
シモンはそれ以上言ってはいけないと誰かに突っ込まれそうな事を言い始めギリギリと歯ぎしりする。
「こういう星の元に生まれたとしかいいようが……」
ルーナが慰めるように言うがシモンは首を横に振った。
「それで納得出来る?」
「……出来ない……かな?」
「理不尽……理不尽極まりないっ!! 悔しい……この感情は地上を攻撃している何かにぶつけてやるっ!!」
シモンは怒りながらも精神を魔術力を集中する。
「グッ……ウウ……」
ルーナ・プレーナの身体にどす黒い感情が流れてくる。それがルーナの体を蝕み痛みに似た感覚に呻き声を上げる。
「……そんな精神状態なのに凄い力の高まり方……こんなやり方もあるんだね」
魔術を行使するには精神が安定し肉体がリラックスした状態であってこそなのだがシモンは逆の状態で魔術力を集中出来ていた。
「お兄ちゃん、落ち着いて……私の中で怒るの止めて……怒りの感情流さないで」
だがシモンは聞く耳持たず、魔術力は更なる高まりを見せる。
(ダメだ、聞いてない……こうなったら上で騒ぎを起こしている誰かさんには犠牲になってもらうしかないね。誰かさんには同情するよ)
ルーナはシモンの逆鱗に触れた誰かさんには同情を禁じ得ないがそれは一瞬ですぐに痛みで飛行操作を誤らない様必死になっていた。
サフィーナ・ソフの上空に緑の装甲を身に纏った巨人が浮いていた。それはサフィーナ・ソフに住む者たち、そして神殺しの希望となる筈だったのだが今そこにいるのは絶望そのものだった。
農業区で何やら騒動があったようだがそれも落ち着きホッとしたのもつかの間、空を見上げたサフィーナ・ソフの住人が愕然とした声を漏らした。
「あれはまさか……偽神……四号機」
偽神四号機―――ブーケ・ニウスやインディ・ゴウ、ルーナ・プレーナ、ノワの様に乗る者を選ぶのに対し偽神四号機は乗る者を選ばず誰でも操縦出来る特性を持っている為、操縦者の選出にはより注意が必要となり、武術大会が開かれその優勝者が操縦者として選ばれる事となった。だがシモンと同じ世界から転生してきた妖術師、聖理央に偽神四号機は強奪されその後行方不明となっていた。だがそれが何故、このタイミングで忽然と現れたのか。その答えを示すが如く右掌を地面に向ける。そして右掌が輝いたその瞬間、空を見上げていたサフィーナ・ソフの住人は悲鳴を上げる暇もなく蒸発した。それを皮切りに偽神四号機からの総攻撃が始まった。偽神四号機から放たれる破壊光の柱が大地に突き刺さり大地を激しく揺らす。
激しい振動により建物が崩壊し、人々が押しつぶされる。そして今もまた一人の少女が建物の倒壊に巻き込まれようとしていた。
自分に迫りくる瓦礫を少女は無感情に見つめていた。数秒後に迫りくる自身の死からの逃避なのかもしれない。動けばまだ助かる可能性があるかもしれないのに体がピクリとも動かない。走馬燈さえ見る事が出来ない完全な思考停止状態陥っていた。そんな少女の前にとてつもなく熱い何かが自分の前に割って入った。それは自分の何倍もそして無数に降り落ちてくる瓦礫を前にたった一つの長剣を振るった。向かってくる質量に対し長剣一本で立ち向かうなど正気の沙汰ではない。だが熱い何かはそれでも雄叫びを上げて剣を振るった。
「ウォォォォォッ!!!!!」
落ちてくる瓦礫を細切れに或いは剣圧で弾き飛ばし瓦礫を少女のもとに一つも落とさな方かった。さながら剣の結界とも呼べる様相だった。瓦礫が全て落ちきる数秒に全精力を使い果たし肩で息をするそれは少女に振り返り心配させぬ様力強い笑みを浮かべながら熱い何か―――アッシュはこう言った。
「大……丈夫……だったか?」
「………」
何も答えない少女にアッシュは表情を曇らせなる。
「……本当に大丈夫か?」
心配げなアッシュの表情を見て少女に思考が感情が戻ってきた。自分を助けてくれた相手に対し少女は感謝ではなく強い憤りを感じていた。怒りの籠った瞳をアッシュに向けこういった。
「……どうしてもっと早く来てくれなかったの……早く来てくれれば他の人も助かったかもしれないのに……何が神殺しだっ!! 役立たずの人殺しっ!!」
どれだけ瓦礫を壊せても人を一人しか救う事しか出来ない、その事実はアッシュ本人がよく分かっている。アッシュが悔し気に唇を強く噛んだ。
災害、あるいは事故なんて物は急にやってくる。前もって予告等してくれない以上救助する側は後手に回ってしまう。故に救助する者は被害を最小限に食い止める事に努める事しか出来ない。それはどんな世界であっても変えようがない真実。少女はそれを理解していない為、行き場のない感情を爆発させアッシュを責めていたのである。少女が更に言い募ろうとするがアッシュが頭を下げそれを遮った。
「……俺に力がないのはよく分かっている。偽神に乗れなければ上空の四号機を止める事すら出来ない。誰も助ける事が出来ない。アンタが激しく絶望し激しく怒るのもよく分かる。怒りも誹りも受けるべきだと思う……だが今は逃げてくれ。今生きる事が出来なければ更に俺に怒りをぶつける事も出来なくなるのだから」
アッシュが頭を下げている為、表情を見る事が出来なかったが拳を強く握りしめ震わせているのを見て少女は自分が見当違いで恥ずかしい事を言っているのだと悟った。助ける事が出来なかった事を一番悔やみ責めているのはアッシュ本人だと。少女がしたのは傷口を広げた上で塩を塗る行為だった。謝らなければならないと少女はアッシュに手を伸ばす。
「あの……」
「怒り誹り、苦情は後で聞いてやる、今は早く避難してくれ。俺は他に人がいないか探してくるからっ!!」
少女が謝ろうとするよりも早くアッシュは頭を上げ走り去ってしまった。伸ばした手の置き所に困り空中で手をワキワキさせたが手を降ろし深く呼吸をした後、アッシュが向かった方向と正反対の方向を向き走り出した。今は自分を命がけで助けてくれたあの人に謝る、そして助けてくれてありがとうと言うために生き残ろうと心に誓い踏み込む一歩は力強い生きる力に満ちていた。