第百五十八話 剣神の呪詛、解決編と皮肉な話
「死ぬと意識が過去に戻る? ループ? どういう事?」
ルーナ・カブリエルが頭に幾つも?を浮かべながらシモンに尋ねる。
「カルヴァンさんの呪詛―――不死というのは相当な変化球なんだよ」
「変化球?」
「タイムリープという用語があるんだけどルーナは知ってるかい?」
「タイム……リープ?」
初めて聞く用語にルーナは首を傾げる。それもそのはずタイムリープとはシモンの前世の世界のSF用語なのだ。SFが存在しない世界で知る方法などあるはずがない。
「説明すると『自分自身の意識だけが時間を移動し、過去や未来の自分にその意識が乗り移る』という現象なんだ。これを踏まえてカルヴァンさんの呪詛を考えると色々な事に説明がつくんだ」
「ほう……」
シモンの後ろから感心したように言ったのは当事者であるカルヴァンだった。
「俺にかけられた呪詛にはそんな洒落た名前があったのか。それは魔術でも再現が出来るものなのか?」
「……魔術でも無理です。意識だけとはいえ時空移動するなんて僕には不可能です」
「そうか……シモン君も俺と同じ事が出来たから入り込んだのかと思ったのだが」
「入り込んだ?」
「それについては後で言う。今は答え合わせと行こうか。俺の呪詛について……」
「いいでしょう」
シモンは口元に握りこぶしを当てエヘンと咳込むとカルヴァンの呪詛について語り始めた
「まずおかしいと思ったのはカルヴァンさんの精神世界の光景です。呪詛により望まない不死を与えられた、それ故に自分の死を願望しあんな世界を作り出した、最初はそう思ったんですがそうするとおかしいんです。損壊の少ない死体を見比べるとバリエーションが豊富で十代の若者がいれば九十代の老人もいた。眼帯をつけている者もいれば義手をつけている者もいた。自分の死を想像したとしてもこんなにキャラ付けする必要があるのだろうか? あまりにも意味がない。そう考えた時、ふと思いついたんです。実際にその年代の姿であったんじゃないかと」
「その年代の姿であったってどういう事?」
「そこで出てくるのがタイムリープ」
「……ああ、そういう事か!!」
ルーナ・カブリエルが意を得たりというようにポンッと手を叩いた。
「そう、カルヴァンさんは最大でも老人になるまで生き、死んだと同時にその意識は過去に戻っていたんだ。どれくらい過去に戻れるのかは分からないけど今まで学んだ技術や知識、経験を過去に持ち込み、それらをさらに磨き未来より先に進んでいたんだ」
「それで一代で剣を極めるに至った。でもオジサンの精神世界って確か……」
「そう……地平線の先まで己の死体で埋まっていた。これが何を表現しているか? それはすなわちそれだけの時間を生きたという事だ。時間に換算すれば数世紀にもなるんじゃないだろうか。それだけの時を過ごせばどんな人間であっても精神が持たない」
「そんな……」
ルーナ・カブリエルが悲し気な痛ましげな顔でカルヴァンを見る。だが当の本人はその視線を無感動に受け止めている。その瞳には他人のそして本人の死を幾千、幾万見続けた者が宿す狂気の虚無があった。
「ヒッ」
それに気が付いてしまったルーナ・カブリエルが短い悲鳴を上げる。シモンが励ます様にルーナ・カブリエルの肩を軽く叩き、庇うようにルーナ・カブリエルの前に立つ。そしてカルヴァンの瞳に宿る狂気を見返した。
「ほう……俺の呪詛の秘密に気が付き、抑え込んでいた狂気の一端を見せたというにそれを見返す胆力、ただの少年ではないと思ったが……俺に近い異常性があるという事か。俺がどうしても抜け出す事が出来なかった『時間の檻』から解放してくれた事には感謝するがそれでもこれは問わないといけない―――君は何者だ?」
「何者とは……これはまた哲学的な」
「そう問わらなければならない理由は他にもある。俺の呪詛である不死がその……タイムリープとやらだというのは分かったが繰り返した時間の中で君という存在が現れたのは今回が初めてだったんだ」
「……僕が現れたのは今回が初めて?」
シモンはカルヴァンが言っている事について考察してみた。時間がループがされる周期は最大で七、八十年ほど、それを幾千と繰り返す。それだけの時間があればどこかで自分の存在と魔術という異端に気が付くはずである。狂神と戦う上ではかなりの戦力となる者を見逃す事はあり得ない。そんな存在が突然現れれば怪しいと思うし何者だと問うのは当たり前だろう。
「……これは一体どういう事なんでしょうね」
シモンがどうしてカルヴァンの繰り返す時間の中に入り込めたのか、大体の予想はつくがここは誤魔化す事にした。
「いや、それは俺が聞いているんだが……」
シモンのいう事が出来ない苦悩を感じ取り、カルヴァンは狂気を収め真摯な表情で言う。
「君が何かを隠している事は分かるが正直に答えてはくれないか。君は俺の命、いや……擦り切れて異質な物となった俺の精神と魂の恩人なんだ。それに君は魔術という異端の魔法は狂神との闘いにおいて大きく進展させてくれた。そんな大恩人をどうこうする訳がない。どんな事実があったとしても君は俺たち全ての味方だ、信用する。だから……教えてくれないか……君は何者なんだ」
「ウウッ……」
シモンは迷っていた。事実を全て明かせばどれだけ味方だと言われても禍根が残る。そこからどんな災いが起きるか分からない。どう言われても言うべきではない。口を固く閉じ迷っているとポンと肩を叩かれた。後ろを見るとルーナ・カブリエルが強く微笑みガッツポーズを作っていた。それを見てシモンは少しだけホッとした。カルヴァンが神殺しが敵となったとしてもこの子だけは味方であり続けてくれるだろう。
「分かりました……全てを教えます」
シモンは自分という存在が如何にして生まれたのか語り始めた。
「僕はその当時まだ狂神ではなかった神、コルディアの手によって異世界からこの世界に転生しました……」
「何っ!? コルディアだとっ!!」
物理的な質量を伴った殺気がシモンとルーナ・カブリエルの体を嬲る。気を弛めれば意識を持っていかれそうだ。
自分が無意識に殺気を放った事に気が付きカルヴァンは殺気を抑える。
「その名を聞いたくらいでこうなるとは……どれだけ時間が経過してもまだまだ未熟だな、すまなかった。シモン君は大丈夫そうだがルーナは……無事じゃないな?」
シモンは顔を青ざめさせながらも足を踏ん張らせ何とか立っているがルーナ・カブリエルは腰を抜かしその場に座り込んでいる。
「お、お兄ちゃん……」
「無理に喋らなくていい、ルーナはそのままで」
ルーナは息も絶え絶え、今にも気を失いそうなのに気丈に頷いて見せる。
「コルディアの名前にどうしてそれほどの過剰な反応を?」
「それも後として………転生とは一体何なんだ?」
「それはですね……」
転生―――それは肉体が死を迎えた後、非物質的な中核、いわゆる魂が違った形態や肉体を得て生活を送るという哲学的、宗教的概念、それが転生である。
「聞いた限りじゃタイムリープとやらと似通った現象のようだがそれだけじゃないな。神の……コルディアの介入が俺の閉じた時間の中に君を割り込ませたとという所か……あの野郎がそんな事をするとは皮肉な話だ」
「皮肉な話ってどういう事ですか?」
「俺は何十回、何百回、何千回とタイムリープを繰り返している。それだけ繰り返しているが一度として寿命で死んだ事がない」
「寿命で死んだ事がないっ!? それはつまり……」
「想像の通りだ……俺は狂神に負けて死ぬんだ。俺を殺す狂神というのはどの世界であっても同じ狂神でその狂神の名前は―――コルディアと言うんだ」
シモンは驚愕に息を飲んだ。
自分を何度も殺す神が超強力な援軍を送り込む、これほど皮肉な事はないとカルヴァンがそう言うのも無理からぬ話だった。