第百五十六話 剣神の呪詛、謎の提示編
「話をするのなら喉を潤してからじゃないとな」
カルヴァンが嬉々として目の前の空間をなぞり空間の穴を開けそこに両手を突っ込み大きめのテーブルに椅子、木の樽、二つつのカップ、そして酒の摘まみを数品出してきた。
「……ここで宴会でもするつもりですか?」
「めでたい時はやっぱりこれだ……それにこの酒樽は狂神を全て倒し世異を救ったあかつきに開けようと思ってたものだが君がやってくれた事は俺にとってそれぐらいの価値があるものなんだ。だから今開ける事にする」
嬉々として宴会の準備をする剣神の後ろ姿を見ながらシモンは疑問に思う。
(この人をそんなに喜ばせる事を……僕はやったんだろうか? 色々聞きたい事もあるけどその前に……ルーナ)
シモンは魔術師同士の波動を利用した思念通話を行う。
(調子はどう? もし出来るんならカブリエルを召喚して待機しておいて)
(? 何で? もう狂神は倒したんだし何も起こらないと思うけど)
(そうなんだけど……警戒しておくに越したことはない。頼むよ)
(……ウン、分かった)
ルーナはルーナ・ノワの操縦槽内で大天使カブリエルの召喚魔術を行いルーナ・カブリエルとなって待機する。ルーナ・ノワから強い水の波動を感じ取り、カブリエルの召喚に成功した事を悟ったシモンはいかなる状況になっても対応出来ると判断しカルヴァンに質問する。
「聞いてもいいですか、カルヴァンさん?」
「おお、準備も終わったしいいぞ。ほら、こっちに座って飲め」
椅子をすすめられ座るとカルヴァンが酒樽の蓋を拳で叩き割り、カップで直接酒を掬いシモンに手渡した。カップに顔を近づけ臭いを嗅ぐと甘いフルーツの様な香りがした。一口飲んでみると甘いフルーツの様な味が抵抗なく喉をすっと通る。そしてその後ガツンと強い酒精が食道をそして体を熱くした。
「クゥ~ッ、これはいいお酒だ……これほどの物をポンと出すなんて……本当にいい事があったんですね。色々と聞きたい事がありますが最初に聞くのはやっぱりこれですね……僕はあなたに対して何をしたんですか? 狂神を浄化して神に戻す事は出来ましたが……それがカルヴァンさんをそこまで喜ばせる事になったのか正直疑問です」
カルヴァンはシモンと対面する位置に腰かけ、酒の入ったカップをグイっと煽る。カップを置き真上を見上げつつカルヴァンはポツリポツリと話始める。
「だろうなあ……シモン君は偶然だが俺にかかってる呪詛も解いてくれたんだ」
「呪詛……ですか?」
「ああ、俺にかかってる呪詛の恐ろしさは俺にしか分からない。誰とも、それこそコイツとも―――」
カルヴァンは背後で眠りにつく女神を親指で指差す。
「―――共有できない孤独。狂神を全て倒せばこの呪詛が解けると信じて何千、何万同じ時間を繰り返し乗り越えられない壁にぶつかる絶望。力を得て仲間を得ても消える事もない絶望を君が……君が解いてくれたんだっ!!」
カルヴァンの声は震えていた。涙を流してはいないが心では泣いているのかもしれない。
「僕が呪詛を解いた!? 偶然とはいえそんな事をやっていた……教えてくれませんか、その呪詛とは一体……」
シモンが必死に訴えているのを見て少し考えそしていたずらっ子のようにニヤリと笑った。それを見てシモンはしまったと思った。
「教えてやってもいいんだが……簡単に教えたんじゃ俺の苦しみは分かるまい。ここは一つ解いてみてはくれないか、俺にかけられた呪詛の秘密」
「えっ!?」
シモンは思わず甲高いヘンな声を出してしまった。
「……こういうのも何ですが変に引き延ばすのはよくないんじゃないですか。いい加減話が進まないと色々と……」
「何を気にしてるのか分からんが考えるの面倒くさがると頭が退化してしまうぞ。魔術師としてはそれはまずかろう。いいから少し考えてみろ。はいスタート!!」
カルヴァンに強引に押し切られてしまったがこういう問題、シモンは嫌いではなかったので考えてみる事にした。したのだが―――
「何かヒント下さい」
すぐにギブアップした。
それを聞いてカルヴァンが突っ伏した。
「いきなりかいっ!! もう少し考えてくれよっ!!」
「意趣返しですよ……って言いたいんですが本当に何も思いつかないんです。だから何か……取っ掛かりが欲しいです。だから少しヒントを」
「ウーン、ヒントか……」
カルヴァンは考えて人差し指と中指を立てる。
「1、今までの会話を思い出してみる事。2、狂魔人化してた時、俺の心を覗いたんだろう。その時見た光景を思い出す事。そして3は……これだ」
これだと言うと同時にシモンの首筋に冷たい物が当てられていた。カルヴァンがどこからか取り出した愛用の大剣の刃をシモンの首筋に押し当てていたのだ。後はスッと引けば簡単に首など切断されてしまうだろう。
シモンの全身から冷や汗が吹き出した。カルヴァンの呪詛の内容について考えていたとしてもシモンは油断などしていなかった。だがカルヴァンがいつ大剣を取り出してこのように首筋に刃を当てたのかその工程が全く分からなかった。いきなり大剣を自分の首筋に押し当てるという結果のみが出力されたかのようだ。殺す気はないのだろう殺気が全くないというのがさらに工程を隠す役割を果たしていた。
「お兄ちゃんっ!!」
叫び声と当時にルーナ・ノワの操縦槽から銀色の光が噴出した。噴出した光は流星となりシモンとカルヴァンの間にあるテーブルを破壊しシモンを守るように包み込む。
「カルヴァンのオジサン、何のつもりっ!!」
カルヴァンの前にルーナ・カブリエルが立ちはだかる。その表情は険しく今にも噛み付きそうだ。その表情をみてカルヴァンは少し困り顔だ。
「何のつもりって……ヒントのつもりなんだがな」
「人の首に剣を突きつけて何がヒントだっていうのっ!! ふざけないでっ!!」
「まあまあ、少し落ち着けって」
「そうだよルーナ。この人が殺そうと思ったら一瞬だ。僕が生きている以上この人に殺す意志はないよ」
「でもお兄ちゃん……」
尚も言い募ろうとするルーナ・カブリエルをシモンが手で制しシモンは前に出る。
「それよりシモン君に質問だ。今の大剣を抜いて君の首筋に刃を当てるこの動き……見えなかったろう」
「ええ、全く見えませんでした。どうやったのかも分からないし……神業としか言いようがありません」
「神業だなんてよしてくれ。これはただ剣を抜いてゆっくりと首筋に押し当てる。ただそれだけの動作なんだ。これ自体特別なものではない。だがこれだけの動作でも極めればここまで出来るんだが……ここで質問だがここまでいくのにどれだけの年月が必要か分かるか?」
「どれだけの年月って……十年、二十年じゃ足りないでしょうね。数世代まで引き継いで数えきれないほど剣を振りさらに才能を持った者がようやく辿り着ける極致という所ですか」
その答えにカルヴァンは満足そうに頷く。
「それで正解だ。だが不正解でもある。」
「正解でもあり不正解ってどういう事?」
ルーナ・カブリエルが怪訝な顔をする。
「俺は誰かに剣術学んだわけじゃない。俺がやっているのは我流だし歴史も浅い。ところが俺には数世代の歴史を俺一代に凝縮できるインチキがある」
「そのインチキがもしかして……呪詛?」
「そういう事だ……さて、俺が出せるヒントはここまでだ。ルーナも降りてきた事だし二人でゆっくり考えてみてくれ」
シモンとルーナ・カブリエルは顔を見合わせる。
「ヨシ、ここは二人で謎を解いてみよう」
「ウン、カルヴァンのオジサンを丸裸にしてやろう」
「オジサンを丸裸にはしたくはないんだけど……」
「人の揚足とらないでっ!!」
ルーナ・カブリエルは手の甲でシモンの胸を叩きツッコミを入れつつ出されたヒントを元に謎解きを開始した。