第百五十三話 光と影の決着
その狂神の厚さはごく僅か、数ミリ程しかない。だがその内側は無限と呼べるほどの広さがありその無限の全てに狂神の力の源が内包されている。そんな力が満たされた世界では何者も存在出来る訳がない。取り込まれ消化、吸収され狂神の力と一体化し狂神そのものとなってしまうだろう。だが何事にも例外がある。それがシモンとルーナが作り上げた生命の樹―――疑似魔術中枢である。
偽神を構成する物質―――装甲や人工筋肉、血液、鉄の骨格などはこの世界由来のものであるため魔術力が満たされた状態でも侵食するのは容易だったが疑似魔術中枢は魔術力と異世界の知識、法則で創造されあものである為、解析、分析、消化、吸収は容易なことではなかった。いうなれば狂神にとってのウィルス、いやワクチンと呼んでも差支えなかった。
疑似魔術中枢は全てを溶かし己の一部にせんとする狂気の力を掻き分け魚のように遊泳し最深部を目指す。シモンは疑似魔術中枢を創造する際ある命令をインプットしていた。その命令に互い狂神の力の最深部、最も力が最も強く濃い場所に到達した。
そこはシモンが霊視で見た―――神の本質を生命の樹として見た場所であった。シモンが霊視で見た時はまだケテルの球には陰りがあったもののまだ光り輝いていたが今は侵食が進み僅かに点滅するのみ、まさに風前の灯だった。疑似魔術中枢は生命の樹に近づき消えかかってるケテルの球に己の最も真下の球、マルクトを接舷する。そしてマルクトの(セフィラ)から僅かに点滅する光の一部を吸収、それを他の球を通して増幅、ケテルの球から放出する。増幅された光は弧を描きマルクトの球に戻る。戻った光を再び増幅しまた放出する。
一の光を二に、二の光を四に、四の光を十六に、十六の光を……このように乗倍に増幅された光は神の生命の樹にも取り込まれ球に光が灯りつつあった。
いよいよ看過出来ない存在となった疑似魔術中枢に対し狂神の力は総攻撃仕掛けていた。無限の中に満ち溢れた己すべての力を凝縮し人型となったのだ。表に現れた影のような姿となり脱力した状態から両腕を伸ばす。鞭のようにしなりながらもその先端な無双の槍、己の全て御凝縮したこの形状で攻撃すれば異世界の知識の知識と法則で創造された物であろうとも破壊は可能だろう。現に疑似魔術中枢の球や径にヒビが入りつつある。これでは光の増幅もままならなくなる。だが疑似魔術中枢は逃げることはしなかった。
疑似魔術中枢はあくまで増幅回路、攻撃も防御も出来ない。最後の最後まで役目果たそうと狂神の力からの攻撃を無視しつつ増幅に努めようとしたその時だった。
「―――もういいよ、ありがとう」
そんな優し気な少女の声と共に生命の樹が強い光を放つ。己と疑似魔術中枢を光で包み込み、そして狂神の力とは対照的な光の人型が形成された。疑似魔術中枢により神の力を取り戻した。いやそれどころか……。
「……カルヴァンに渡った力が全て私に戻ってる。これでカルヴァンを……」
光の人型が最後まで言うう前に影の人型が動いた。己の右腕をゴムのように伸ばしながらもその先端を極限まで硬質化させ槍として刺突する。疑似魔術中枢を攻撃していた時よりも硬質化させてその一撃は神槍、いや神葬の槍となるだろう。神葬の槍を光の人型も避ける事が出来ない。いや、避ける必要はなかった。神葬の槍は光の人型の表面で止まっており貫く事が出来なかったのだから。光の人型は疑似魔術中枢を内包した事によりその力は計測出来ない程に上昇している。体の強度も当然上がっている為神葬の槍を避ける必要がないと判断したのだ。影の人型が慌てて右腕を引こうとする前に光の人型がその自分の胸元にある影の人型の腕を掴み軽く引っ張った。影の人型は逆らう事すら出来ず光の人型の元に引き寄せられる。
「アァァァァァァァァッ!!!!!!!!」
光の人型が雄叫びを上げながら引き寄せ荒れた影の人型に向けって拳を繰り出す。その拳は己の身体より更に強い光を帯びており弧を描いて影の人型に直撃した。その瞬間爆発を引き起こし、影の人型の一部が霧散した。
「…………!!!!」
声にならない悲鳴を上げ吹っ飛ぶ影の人型に光の人型が追いかける。影の人型は今の状態を利用し逃げる力に変え加速する。それでもなお追い付いてくる光の人型に向けて影の槍を放つ。神葬の槍に劣る攻撃では光の人型を足止めする事は出来ない。全て弾かれあっという間に追いつかれてしまう。光の人型に対して有効な手段がないのを悟り、攻撃する力を全て逃走に回すが判断が遅すぎた。光の人型が影の人型に追いつきその頭をガッチリ掴む。その万力の様な力で掴まれるとどのような力を籠めて抜け出す事が出来なかった。唯一無事である下半身を鞭の様にしなられ光の人型に叩きつけても何のダメージも与えられない。無駄なあがきだった。
「ハァァァァァァッ!!!!!!」
再び雄叫びを上げながら放たれた上段蹴りはこれまた強い光を帯びており剣の如く一刀両断、影の人型の上半身と下半身を切断した。下半身は強い光に蝕まれ消滅、光の人型の手の中に残っている影の人型に向かって拳を繰り出し霧散させ狂神の力を完全に消滅させた。
自分の中から自分を狂わず狂気の力が完全に抜けた事を悟り、光の人型は心の底から歓喜した。
「疑似魔術中枢といっても別に魔術力だけを生み出す訳じゃないんだ」
シモンは狂神に疑似魔術中枢を打り込んだ理由を先生よろしく説明し始めた。
「疑似魔術中枢は増幅回路。一の力を吸収、増幅、放出、放出した力をまた吸収、増幅、放出、この工程を繰り返し無限に力を生み出す。この一の力は別に魔術力じゃなくてもいい、それこそ神の力でもいいんだ」
「……つまり狂神の力に取り込まれた神様の力を増幅させて狂神に対抗させようとしている?」
「そういう事。これがつまり……」
「自分で勝手に助かってもらうって事なんだね!!」
ルーナがシモンが言おうとしたことを制して答えた。
「……言わんとする事を分かってくれて嬉しいよ」
先に言われてシモンは少し悔しそうに顔をしかめる。
「でもこれってかなり危険な賭けじゃなかったの?」
ルーナに意外な事を問われシモンは首を傾げる。
「危険な賭けって……どうしてそう思う?」
「だって何かの手違いがあって……狂神の力を増幅させる様な事になったら……どうするつもりだったの?」
「えっ!?」
シモンは思わず変な声が出てしまう。ルーナに言われてその可能性に気が付いた。何らかの手違い、いや取り込まれ、狂神の力を増幅するようになったとしたら取り込まれた神を助ける所か最強の狂神が生まれてしまったのではないだろうか。そうなったらそれこそ世界の破滅だ。恐ろしい想像にシモンは冷や汗をかく。
「……結果が全てっ!! 狂神は神に戻りつつあるっ!! 排出されつつある狂神の力はすでに死に体!! 僕らでも浄化出来るっ!! ルーナ、やるよっ!!」
シモンは勢いで誤魔化すが「……お兄ちゃん、勢いでごまかそうとしてるよ」というルーナに呆れた声で言われ顔から火が出るくらい恥ずかしかった。