第百五十一話 狂神の最奥に?
狂神になりかけの神、それは厚みがない紙を人の形に切り抜いたかのようで頼りない。風が吹けば簡単に飛びそうだ。実際ゆらゆらと漂うように飛んでいる。目で追える速度で飛んでいるというのに高速で移動するルーナ・プレーナに追いつき真上を取る。そしてを濁った濁水のような腕を鞭のようにしならせながら攻撃を仕掛けてきた。
「ヒッ!!」
ルーナが小さな悲鳴を上げながらも背後の四大魔術武器に魔術力を叩き込み魔術力を噴出させ高速機動で攻撃を躱す。
「ルーナ、変な悲鳴は止めてくれっ!! でもこのまま回避。僕は浄化を担当するっ!!」
シモンは操縦槽の中でカバラ十字の祓いの呪文を唱える。
「アテー・マルクト・ヴェ・ケーブラー・ヴェ・ケードラー・レ・オーラム……アーメーンッ!!」
呪文の完成と共にシモンから放たれた魔術力をルーナ・プレーナが吸収、増幅し魔術が解き放たれた。
狂神を上回る巨大な光の十字架が狂神を飲み込み浄化する。
「浄化……出来たの!?」
ルーナ・プレーナが空中で停止し光の中に消えていく狂神を見る。それをシモンが咎める。
「止まっちゃダメだっ!! 早く移動してっ!!」
「え……?」
光の中に消えた狂神の濁った腕が何事もなかった様に伸びてきてルーナ・プレーナを襲った。
「……間に合えっ!!」
シモンが操縦権を奪い取りルーナ・プレーナを動かし紙一重で狂神の攻撃を躱す。そして背後の四大魔術武器に魔術力を叩き込み高速機動で大きく距離を取った。
「ルーナ、攻撃が決まったとしても残心を怠ったらダメだっ!!」
「ゴメン……お兄ちゃん」
ルーナは沈んだ声で謝る。ここで士気が落ちても困るとシモンは慌てて慰める。
「反省はしても後悔はしないっ!! 無事だったんだからそれでよし、次は気を付けれそれでいい。それよりも回避を担当して」
「ウン、分かった!!」
ルーナは力強く頷き、今度は同じ失敗をしないと気合が入る。ルーナの気合を見て大丈夫だと判断してシモンは四拍呼吸を開始、全身をリラックスし精神を集中し魔術を行う最高の状態に持っていく。その間シモンから動く事は出来ない。
攻撃を再開した狂神の攻撃は先程より更に鋭い。両腕からだけではない全身から無数の濁った触手を生み出し前後左右あらゆる方向から攻撃を繰り出してきた。
(これは……避けられないっ!!)
そう思った途端ルーナの視界に変がが起こった。狂神の全方位攻撃の軌道が突然緩慢になったのだ。
(これは一体……?)
ルーナには人のように脳があるわけではない。だが脳と似たような機能が働き始め、思考を加速させこの状況を打開する方法を模索し始めていた。いわゆる走馬燈を見ているという奴だ。だがこの状況を打開する方法は見つからなかった。
(しょうがないよ、私まだ生まれて間もないんだからっ!!)
思わず自分で突っ込みを入れてしまう。そんな事をして言える間にも狂神の触手は迫りつつある。少しで触手に触れればそこから汚染が始まり狂神と同じ存在になってしまう。
(な、な、何とかしないとっ!!!???)
何を行うにしても最悪な精神状態のルーナに変わり別の物が的確に動いた。背後の四大魔術武器がお互いを象徴する光を放ち四層の結界となりルーナ・プレーナを包み込み更に回転を加えて触手に向かい特攻した。触手は四層の内三層を汚染するが最後の層を突破する事が出来ず打ち破られる。更には狂神本体を強襲し胸元に風穴を開けるという奇跡を引き起こした。
(まさかこんな事が出来る何て……)
四大魔術武器はルーナを元に作り出したものある。故に意志の様なものがあり独自に動きルーナを守る行動を取る事はあったがこのように新たな攻撃方法を作り出す、これは進化と呼ぶにふさわしいものだった。いずれはルーナのように喋り出す事もあるかもしれない。これはルーナ本人思いもよらない展開だったが―――
「目、目が回る~」
四大魔術武器が独立して動いている為ルーナはその動きに翻弄され目を回していた。
「四大魔術武器があんな風に動いてくれるなんて……これは嬉しい誤算だ。これで僕も次の行動に移れる」
シモンは操縦槽の中で呟き目を見開く。同調しているルーナの目を通してくたくたと紙のように崩れ落ちる狂神を見るのだが見える光景は通常の物とは違っていた。周囲は光源が少なく物が見えにくいと筈なのにシモンの眼には色鮮やかで霊妙な光の光景が広がっていた。シモンは視覚を物理次元から霊的次元に切り替え霊視する事により周囲の生命エネルギーを見ていた。
「色鮮やかで生命が満ち溢れるこの世界で狂神という存在は……異常だ。元は神、高位存在、その力は強大、近くで霊視するなんて太陽を近くで見るに等しい。物理的、霊的視覚ともに失明に陥る可能性すらある。だがこの狂神は……」
崩れ落ちる狂神には生命力の光が見て取れなかった。それどころか空間を穿ったかの様な暗闇が広がっていた。
この暗闇の中この神の本質を捕えないと浄化など出来ない。だがこの暗闇は見ているだけで危うい。こちらの精神を汚染し狂わせる危険性があった。
「それでもやるしかないっ!!」
シモンは狂神の暗闇を凝視する。その途端、体に悪寒が走る。それとは逆に訳の分からない怒り、悲しみ全てを破壊したい衝動で頭が支配されていく。
(あーいけない、いけない。この衝動に飲み込まれてはいけない……)
シモンは咄嗟に心の中に壺を作る。その壺は怒りや悲しみなどの負の感情を無限に呑み込むとイメージして湧き上がる衝動を流し込む。そうする事で水が引く様に衝動が収まり冷静になる事が出来た。
(油断すると飲まれるな。そうならないように注意しないと……)
シモンは気を引き締めて霊視を続けていく。暗闇の中に視線の杭を突き刺し奥へ奥へと沈んでいく。汚泥の中をかき分けて進むかの様で怖気が走りながらも続ける事数分ついに最奥に至る。そこであり得ない物を見た。
(これは……生命の樹?)
十の球と二十二の径で繋がれた魔術の図形。西洋のマンダラと呼べる図形で宇宙の真理を表していると言われている。
(何故、生命の樹が狂神の中に? ……いいや違う。僕の本能が神の本質を分かりやすいように……いや危険がないように変換して見せてくれたんだ)
神という超絶的な存在は人では理解出来ない。無理に本質を見き分けようとすれば情報過多となり脳が焼き切れてしまう。そういう危機的状況を回避すべく生存本能が情報を制限尚且つ分かりやすいよう生命の樹というフィルターをかけてくれたのだ。
(自分の本能に感謝しつつも状況はマズいな……)
シモンが見ている生命の樹、普通なら十の球が力強く輝いているのだがそのうちの九つは闇で汚染され光を失っている。唯一輝きを放っているのは頂点の球ケテルのみ。これが闇に飲み込まれた時狂神は完全体となり世界は終焉を迎える。
(ケテルの球が本丸か。これを守らないと……でもどうやって守る? カバラ十字の祓い浄化式は今だ出来ない魔術、それ以外の手持ちのカードでやりくりするしかない……この状況で出来る有効な魔術は何がある……)
そうやって思考を巡らせ思いついた。
(目の前に答えはあった……)
シモンはすぐさま霊視を解いた。全身冷や汗をかいており不快であるがそれを気にしている暇はない。
「ルーナッ!!」
「わっ、お兄ちゃん!?」
急に呼びかけられルーナ・プレーナがびくりと身を竦ませる。
「ああ、悪い。でも狂神を浄化させる方法が見つかった」
「本当、お兄ちゃん!?」
「ほんの少し手助けすれば後は勝手に助かってくれるさ」
「勝手に助かるってどういう事?」
ルーナの問いにシモンはニヤリと笑うのみだった。