第百四十七話 シモン・リーランド復活
同調開始―――それは偽神と操縦者が五感を共有接続する時の始動キーである。五感を共有接続する事により操縦者は偽神を己の体のように動かす事が出来る。それと同時に偽神の自己修復能力も共有する事も出来る。仮に操縦者が重傷もしくは猛毒に侵される等の状態異常があったとしても同調する事で完治出来るのである。ルーナはシモンと同調する事でシモンの中に残留する狂神の力を除去しようと考えたのだが……。
「アァァァァァーッ!!!!!」
「キャアァァァァァーッ!!!!!」
聞こえてきたのは狂魔人シモンとルーナ・ノワの悲鳴だった。狂魔人シモンとルーナ・ノワは相反する力に苦しめられていた。狂魔人シモンは己を浄化する魔術力に断末魔の悲鳴を上げていたしルーナ・ノワは血管を通して侵食し自分の制御を奪おうとしてい来る狂神にの力に恐怖を感じて悲鳴を上げていてた。
(お兄ちゃんに憑りついた狂神はすでに取り除いた。後はお兄ちゃんに残留する狂神の力を除去するだけなのにまだこんな力があるなんて……このまま浸食が進めば今度は私は狂神の手先になる。お兄ちゃんの……人の敵になる何てそんなの絶対に……嫌だっ!!)
ルーナは魔術力を強く練り上げシモンに送るのだが……。
「ハァァァァァァ……アハ……アハハ……ァハハハハハ―――」
突然ルーナ・ノア狂った様に笑いだしたのだ。その笑いは狂気をはらみ人の心を乱すものだった。
「オイオイ……これはマズいんじゃないのか?」
ルーナ・ノワの頭上に作った空間の穴から様子を見ていたカルヴァンが痛そうに眉間を抑えながら呟いた。
「シモンの中に残留していた狂神の力を除去しきれていない。それどころか増幅してルーナ・ノワの魔術力を抑え込み逆に支配し始めてる。マズい展開になってきたな。偽神が狂神化し最後の神を……イサーラを目覚めさせるとその時世界が終わる……今回もこうなるのか……そうなる前に……」
偽神もろともシモンを殺す、これが一番手っ取り早いとカルヴァンは別に作り出した空間の穴から大剣を取り出そうとするがすぐに考えを改めて手を引っ込め空間の穴を閉じた。
「……もう少し様子を見るか。イサーラが目覚めて世界が滅びてもまたそうなったってだけだ。俺はやり直す事が出来るし何の損もない。それどころかシモンがいたという記憶を持ち込んで……に戻れる。今度はシモンを早めに見つけて仲間にすれば今度こそ勝てる……俺は時間の檻から抜け出せる……」
カルヴァンが独り言のように呟きカルヴァンが笑みを浮かべる。その表情は疲れ果てていたものの絶望から抜け出せる可能性を見出し歓喜を含んでいた。
自分の意志に反して笑い声を上げている事にルーナ・ノワは驚いていた。
「同調しているお兄ちゃんに、いや狂神に取り込まれている!? まさかお兄ちゃんに残留している狂神の力の総量が私の魔術力より多い!? 本体を取り除いたって言うのにそんなバカな話無いでしょ!?」
ルーナ・ノワがそう考えている間にも狂神の力は浸食し続けている。
「魔術力を幾ら強めてもその力を全て飲み込まれてしまう。どうすればいいの!?」
ルーナ・ノワは自分の見通しの甘さを呪いながら解決方法を模索するがどうにも出来なかった。時間が経つ程に体の制御権が奪われていく。今どうすると考えている意識は意識の奥底に追いやられ体が勝手に動き出す。ドシンッという強い踏み込みで足元の水晶を踏みつける。中国拳法でいう震脚で足元の水晶の破壊を試みているようだ。それでも足元の水晶はビクともしなかった。足元の水晶は実際は水晶ではない。誰の周りにそれこそ神の傍らですら流れているものを神の力で固定しているものである為物理的な方法では破壊する事は出来ないのだ。それを悟った狂神ルーナ・ノワを右手に狂神の力を集め振り上げ叩きつける。
「こんな力が叩きつけられたら……水晶の中の存在が何なのか分からないけどこれはダメだ。目覚めさせたらダメだっ!! 目を覚ましてお兄ちゃん……シモンお兄ちゃんっ!!」
ルーナはシモンの名を意識の片隅で叫んだ。その叫びは波となり世界に響き轟いた。その叫びに反応し目を開くものがあった。
「ルー……ナ……」
両手足を黒い泥の中に埋め込まれ張り付けられていたシモンが力無げに声を出す。
「お兄ちゃんっ!!」
ルーナとシモンがお互いの名前を呼び合った瞬間、二人は目の前にいた。魔術師にとって名前は絶対的な集中力を導くための道具、そして自己を認識する力だった。意識下においてはその力は更に強く働き、お互いの名を呼び認識した瞬間、時間も距離も空間を関係なく二人を引き寄せたのだった。
「大丈夫!? 今、助けるからっ!!」
ルーナがシモンの胸元に触るとそこから魔術力が流入しシモンの体に満たされていく。両手足の黒い泥の拘束を自分で引きはがし自由になるとルーナを強く抱きしめていた。
「エッ!? エッ!? お兄ちゃん??」
ルーナは驚きドギマギしたのだが……。
「ルーナ……ゴメン。僕が不甲斐ないばっかりに」
「そういう事か……」
ルーナはここぞと残念そうにため息をつきシモンの背中に手を回した。
「捕らわれの王子様を助けに来たお姫様に感激して愛の一つもささやきながら抱き締めてくれたら嬉しかったんだけど」
ルーナがおどけた様に言うとシモンが少し微妙な顔になる。
「捕らわれの王子って……何か僕情けなくない?」
「情けないねえ。情けないけどこれからの行動で十分挽回出来るよ……お兄ちゃんは今、どういう状況か理解してる?」
「ウン、狂神と僕の意識は共有してたから。狂神はあの水晶の下にいるあの存在を解き放とうとしている。それを阻止しないと。ルーナ、協力してくれる?」
「モチのロンッ!!」
「どこで覚えてくるの、そういう返し……?」
シモンは呆れつつルーナの背中から手を離し両手を取った。
「じゃあルーナ、目を閉じて意識を集中、四拍呼吸を開始して」
「分かった……」
ルーナは言われた通り目を閉じ四拍呼吸を開始した。シモンはルーナの呼吸に合わせて四拍呼吸を開始する。意識を集中し呼吸を合わせ魔術力を練り始める。お互いの魔術力が手をとして循環しより強力に練られていく。単純な足し算、掛け算ではない何乗倍に魔術力が膨れ上がっていき意識の中の黒い泥を彼方へと押しやった。その瞬間シモンとルーナの意識はそれぞれの肉体へ戻っていった。
狂神ルーナ・ノワがその右手に集めた狂神の力を水晶に叩きつけようとしたその瞬間、動きがビタリッと止まった。右手に集まった力が消滅、そして体から黒いモヤの様な物が吹き出した。ルーナ・ノワを侵食していた狂神の力が突然沸き上がった強い魔術力によって浄化されているのだ。魔術力に対抗しようとするが魔術力の浸食速度が驚くほど速い。先程と立場が逆転していた。
「グググッ」
苦しげに呻きながら膝をつく。地面に転がりのたうち回るがそんな事をしても力の流出は止まらない。
「……ギャアァァァァァ!!!!!」
狂神の力はルーナ・ノワの口を通して断末魔の悲鳴を上げ完全に消滅した。
大の字に寝ているルーナ・ノワは自分の状態を確認するように手を握る。そして操縦槽のシモンに声をかける。
「お兄ちゃん、私の声が聞こえる?」
「ああ……聞こえてる」
「やっと戻ってこれたね、お兄ちゃん」
「完調とは言えないけどね」
「どこか怪我した!? 気持ち悪い!? お腹でも痛い!?」
矢継ぎ早にルーナシモンの体調を訪ねる。
「落ち着いてルーナ……何か体に力が入らないんだ。狂神に憑りつかれていた後遺症かもしれない」
「すぐに回復させるよっ!!」
ルーナ・ノワが操縦槽に魔術力を送るのだが慌てている為かその力は強すぎて攻撃的だった。
「熱っ!! ていうか痛いっ!! 慌てなくていいからもう少し弱めてっ!!」
「ゴ、ゴメンナサ~イ!!」
シモンはルーナの魔術力を吸収し効率的に循環、数分後には復調した。
「フウッ……もういいよルーナ」
「ウン、お兄ちゃんが無事で何よりだよ。本当に心配したよ」
「まあ、その……悪かった。色々とご迷惑をおかけしました」
「そう畏まるよりも別の言葉が聞きたいかな」
「別の言葉って……そうか」
シモンがその言葉を思いあたり照れながらも穏やかな笑顔で言った。
「アリガトウ」