第百四十三話 止まった時間の中で眠る……。
巨大な水柱が立った。真上から質量がある物が落ちてきたためだ。落ちてきた物体は水の冷たさにより意識を覚醒、今の状況に慌てて手足をバタつかせながら水面へと這い上がった。
「アー、焦った……ここ一体どこ?」
水面から顔を出したルーナ・プレーナがキョロキョロと見渡すが薄暗くてよく分からない。
「ここはお兄ちゃんに憑りついた狂神が穿った穴の底か。カルヴァンのおじさんはあの訳の分からない空間に穴を開ける技? 術? を使って移動したのをギリギリ確認する事が出来たから恐らく大丈夫。私は私で行動するとして……暗くてよく見えないし光が欲しいかな……」
ルーナ・プレーナが少し意識を集中するとともに水没した四大魔術武器が息を吹き返し浮かび上がってくる。ルーナ・プレーナの周りに配置する事で出来た力場を利用して水面の上に立つ。そして四大魔術武器の一つである杖を掴掴もうとするが考え直して剣を手に取った。火を光源にするのなら火を象徴する杖を手に取るべきだが火を出してしまうと偽ルーナ・プレーナにこちらの位置を知らせる事になる。故に風を象徴する剣を手に取ったのだ。
「フウッ……」
ルーナ・プレーナは息を吐いて刀身に意識を集中する。すると刀身か小刻みに振動し始める。振動音が周囲に放たれ周りの物質に反響しルーナ・プレーナの元に戻る。反響の戻り具合を元に立体的なマップを脳内で作成、それに従て移動を開始する。ルーナ・プレーナは偶然ではあるが反響定位を用いて音で周囲を見ていた。
「音の反響から見てここは人工的に出来た物ではない。自然に出来た洞窟のようだけど……かなり広い。ルーナ・プレーナの巨体であっても余裕に動ける」
四大魔術武器の力場を船のようにして水面を移動する。
「お兄ちゃんに憑りついた狂神はここを目指して穴を開けた……ここに狂神が必要とする何かがある? いやな予感がする。早く追い付いて阻止……いいやお兄ちゃんを助けないとっ!!」
ルーナ・プレーナは跳躍する。その後ろに従うように四大魔術武器は動く。そして魔術力を放出し推進力変えて洞窟を高速で移動する。洞窟内は舗装されているわけではなくデコボコしているが基本一本道、中央を飛んでいれば移動に支障はなかった。だからなのだろうか少し考えこむ余裕が出来た。
(しかしここは一体何なんだろう? 誰も入ってこれないであろうこの場所を狂神が狙ってきたって事はここに何かがあるって事だ……狂神が目的とする者とは一体何? ファインマンのおじさんはここが何なのかは知らない様だったし知ってるとすればカルヴァンのおじさんか? あの人は何も答えてくれないかも……もしかしてここは神殺しの人達にも隠さなければならない秘密の場所なのかも……)
そんな事を考えていると向かう先に光が灯っていた。そこから聞き覚えのある魔術の呪文、そして何らかの物体の破壊音が聞こえてきた。
(狂神が何かと戦っている? 基本人間じゃ狂神に対抗出来ない。だから偽神が必要な訳だし。だとすると誰が偽神と戦っているの?)
悩むよりも行動だと艦型ルーナ・プレーナはスピードを上げた。そして光を通り過ぎた。その先は縦穴に変わっていた。急に構造が変わった事に驚き背後に展開していた四大魔術武器を足元に展開しその場で停止、そして下にある物体を見て驚愕した。
「巨大な水晶……の様な物の中に人が……いいや人よりも私よりもはるかに巨大……これって巨人!? 違う巨神!? まさか狂神なの!?」
偽神をはるかに超える巨大な水晶の中に横臥しているのは銀と黒が混ざり合ったまだら模様の巨人、体のフォルムからして女性である事が分かる。
「こんなものがどうしてサフィーナ・ソフの地下に? それにこの感じは倒したというよりは封印した感じだ。どうしてそんな処置をしたんだろう?」
神殺しの人達が狂神であろうこの巨人を封印何て処置をするだろうか、そんな疑問を漏らしている時突然背後から攻撃を受け眼下の水晶に落下した。水晶に激突する寸前で四大魔術武器を操作し水晶の上に着地する。
「クッ!!」
ルーナ・プレーナが見上げるとそこには偽ルーナ・プレーナが浮遊していた。本物のルーナ・プレーナと変更点があり腕が従来の二本の他、背中からさらに二本生えていた。計四本の腕にはそれぞれ四大魔術武器が握られており手の甲に出現した口が魔術の呪文を唱えていた。
「エン・アー・エン・ター……」
「ヘイ・コー・マー……」
「ベイ・エー・トォー・エム……」
「イクス・アル・ペイ……」
地水火風の呪文を唱えると同時に四大魔術武器がそれぞれを象徴する光を放たれルーナ・プレーナに照射される。ルーナ・プレーナは高速起動で光を避けるが足元の水晶が破壊される。
「しまったっ!!」
水晶の様な物が狂神を封印しているのだとすればこの破壊を阻止しなければならない。その為にも偽ルーナ・プレーナをこの場から離さなければ。ルーナ・プレーナは杯を手に取り呪文を唱える。
「ヘイ・コー……」
「ヘイ・コーマー……」
こちらが呪文を唱え終わるより偽ルーナ・プレーナの呪文が完成していた。偽ルーナ・プレーナの杯から生まれた無数の水のムチがルーナ・プレーナを襲う。ルーナ・プレーナは水のムチを高速移動で躱すが全てを躱しきれない。水のムチの一つの攻撃を受け動きが鈍ると攻撃を畳み掛けられる。攻撃の損傷で身動きが取れなくなった所へ四大元素の複合攻撃が来た。地水火風が混ざり合い白光となってルーナ・プレーナを包み込む。そして引き起こされた爆発がさらに水晶を削り落とす。
これで邪魔者はいなくなったと内心ほくそ笑んだ偽ルーナ・プレーナの中の狂神が次の瞬間驚愕、そして怒りに染まる。爆煙の中からルーナ・プレーナが現れたからだ。四大魔術武器をを用いて正方形の結界を形成し攻撃を防いだのだ。この結界も四大元素で編まれた物である為同系統の攻撃を阻止する事が出来たのだ。魔術戦では勝負がつかないと判断した偽ルーナ・プレーナは四大魔術武器を弾丸としてルーナ・プレーナに打ち放った。ルーナ・プレーナも対抗して四大魔術武器を飛ばす。お互いの四大魔術武器が高速でぶつかり合い火花を散らす。魔術武器同士がお互いの防御を抜け仇敵を倒さんと鎬を削る。
お互いの攻撃を通す事が出来ず膠着状態になる事数分、偽ルーナ・プレーナが動いた。ルーナ・プレーナは肉弾戦を得意としない魔術戦使用、そういう事が頭にあった為偽ルーナ・プレーナが突進してくるとは思わなかったのだ。しまったと思った時はもう遅く間合いに入られ二本の腕で両腕を抑えられ背後のもう二本の腕で仮面を殴打される。ルーナ・プレーナは障壁を展開するがその障壁は偽ルーナ・プレーナが展開する障壁で打ち消され攻撃を止める事が出来ない。
「グゥッ……」
偽神の中心部である仮面の破壊はルーナそのものの死を意味する。ルーナ・プレーナは必死に偽ルーナ・プレーナを引きはがそうとするが膂力で負けてしまっているのか引き剥がせない。
一方ルーナ・プレーナの仮面が思ったより硬い事に焦れた偽ルーナ・プレーナは両手で仮面を挟み込み潰しにかかってきた。ミシリッという嫌な音がルーナ・プレーナの聴覚に届く。仮面の中の精霊石が潰され己の存在が消滅するかもしれないという想像に恐怖にルーナ・プレーナは悲鳴を上げた。