第百四十二話 偽の満月
ルーナ・プレーナはゆっくりとカルヴァンの隣りに着陸した。そのルーナ・プレーナの巨体を見上げつつカルヴァンは言う。
「あれの正体が何なのか分かているのだろう、それなら話が早い。シモン君を元に戻す方法はないか? 俺は殺す事は出来ても助ける事が出来ない」
「物騒な……」
ルーナ・プレーナが少し引いていた。
「イヤァ~、照れるな」
「褒めてないから!! 顔赤らめないで気持ち悪い!! ……それはともかく何とかするって言うのならお兄ちゃんの顔に張り付いているあの手、あれを何とか引きはがす事が出来ない? そうすれば後は私が何とかするから」
「そういう事なら任せてもらおうか。何があったのか分からんがもう死に体だしな」
うつ伏せに倒れピクリとも動かない狂魔人シモンを指差しカルヴァンはケラケラ笑う。
「カルヴァンのおじさんが何かやったんじゃないの? お兄ちゃんが死ぬ……様な事になったら許さないよ」
ルーナ・プレーナからわずかに殺気が漏れる。それを感じてカルヴァンは身震いするが何ともわざとらしい。いざとなればあしらえるという余裕から来るものだ。
「勘弁してくれよ。体格に差がありすぎる。お前と事を構える何て冗談でも嫌だ。それに俺は何もやってない。ああなってしまったのは自滅、責めるならシモンに憑りついてる狂神だろう」
「狂神が倒れる程の何をやったのやら?」
「それはヒ・ミ・ツ。ともかく引き剥がすとしよう」
カルヴァンが狂魔人シモンに歩み寄りあと一歩という所で動きがあった。昏倒していたと思われた狂魔人シモンが突如再起動、予備動作もなく数十メートル上空に飛び上がりその場に停止した。上空から見下ろす狂魔人シモンの眼が憎悪で燃えていた。一瞬でも神に恐怖を抱かせた事が許せない為であった。そのひと睨みで幾千の人を殺るのだがカルヴァンはその視線をそよ風ぐらいにしか感じていない。
「こちらに何の気配を感じさせずにこの動き。なかなかやると言いたいが俺の特技……分かってるか」
カルヴァンは大剣を振り下ろす。力の入ってない一振りが空間を切り裂き、意志力で押し広げる。その先には上空にいるはずの狂魔人シモンがいた。空間を切り裂き任意の空間と繋げる魔法とも剣技とも違う特異能力。この男にとって上空に位置とっても優位に立てる事はない。
「はい、殺った」
狂魔人シモンの側面の空間から現れたカルヴァンの大剣が狂魔人シモンの顔面に対し垂直振り下ろされる。このまま何もしなければ狂魔人シモンの顔に張り付いている狂神の手のみが切り落とされるだろう。迫りくる神殺しの刃に対し狂魔人シモンがとった行動は……。
「ガァァァァァァッ!!!!!!!」
狂魔人シモンが咆哮を上げた。この咆哮が風を呼び局地的な竜巻となった。強風が大剣の軌道をずらしカルヴァンを空間の向こう側に吹き飛ばす。
「オジサンッ!!」
ルーナ・プレーナが言うや早く四大魔術武器を動かし正方形の結界を作り出しカルヴァンが壁に激突する前にキャッチする。
「助かった、感謝する」
「お礼はいいけどあれは……」
ルーナ・プレーナは狂魔人シモンに起こった変化を驚愕した眼差しで見る。
自ら作り出し竜巻が巻き上げた微細な塵や岩石が狂魔人シモンの元に集まり形を変えながら巨人化していく。
「狂神特有の巨大化か!?」
カルヴァンが言うが早く大剣を振り空間の裂け目を作り、巨人の中の狂魔人シモンに繋げようとするが別の力に拒絶され繋げる事が出来ない。カルヴァンの空間を繋げる技を何度も見てそれを防ぐ術を構築したようだ。狂神の力だけではなくシモンの知識も加わっているようだ。
「……俺の技が効かないとなるともう力技しかない、ルーナ!!」
「分かってるって!!」
カルヴァンが言うより早くルーナ・プレーナが動いていた。四大魔術武器を連結し一本の槍として巨人に向かって投擲した。四大魔術武器が自ら発する魔術力により加速、光の矢となって巨人を襲う。狙う場所は狂魔人シモンがいる胸部中央部から少し外しているが衝撃によるダメージは免れないだろう。
(ゴメン、お兄ちゃん!! 助ける為だから許してね!!)
心の中で詫びるルーナ・プレーナは次の瞬間目を見張る。四大魔術武器が巨人を貫こうとした瞬間巨人から放たれた四つの影がぶつかり連結を強制解除されたのだ。
「何っ!?」
驚愕するルーナ・プレーナに対し巨人が四つの影を直列に繋げ一本の槍としてルーナ・プレーナに投擲した。槍は黒い流星となってルーナ・プレーナを襲う。
「これはっ!?」
ルーナ・プレーナが咄嗟に四大魔術武器を呼び戻し正方形の結界を作りだす。そして黒の流星と激突した。結界と黒の流星の接触面が白熱し火花を散らす。ルーナ・プレーナは衝突面を凝視し黒い流星が何なのか視認する事が出来さらに驚愕した。
「これはまさか……四大魔術武器!? 私と同じように魔術武器を連結!? こんな事が出来るって……まさか!?」
ルーナ・プレーナが上空を見上げるとそこにはもう一体ルーナ・プレーナ―――偽ルーナ・プレーナというべきか―――が存在していた。
「狂神がお兄ちゃんの記憶を元に作り出した肉体!? そして私の技術を模倣してきた!?」
黒い光を放つ四大魔術武器から光が失われ威力が落ちる。ルーナ・プレーナの四大魔術武器による結界を破壊出来ないと分かると偽ルーナ・プレーナの四大魔術武器は連結を解除、前面の結界を乗り越えてルーナ・プレーナを攻撃してきた。
「クッ!!」
ルーナ・プレーナは結界を解き四大魔術を個別に操作し偽ルーナ・プレーナの四大魔術武器の迎撃に当たる。それぞれの四大魔術武器が縦横無尽に動き激突し鈍い音を立てる。どちらの魔術武器も本体を攻撃できず膠着状態となった。そこでルーナ・プレーナと偽ルーナ・プレーナはほぼ同時に攻撃方法を切り替える。ルーナ・プレーナは杖を偽ルーナプレーナは聖杯―――魔術において杖は火、聖杯は水を象徴する―――を手に取る。そして二機は同時に呪文を詠唱する。
「ベイ・エー・トォー・エム」
ルーナ・プレーナが空中に赤く輝く五芒星を描き五芒星の中央に♌のマークを刻む。
「ヘイ・コー・マー」
同時に偽ルーナ・プレーナが空中に銀色に輝く五芒星を描き中央に♏のマークを刻む。
(!? 狂神が魔術の呪文!? 魔術を使う!? 狂神にとって魔術は正反対のエネルギー、使えるはずないのに!? 狂神が魔術を使えるってそれは……)
ルーナ・プレーナは驚愕しながら魔術を発動する。魔術により生み出した巨大な火球を偽ルーナ・プレーナに向かって放つ。向かってくる火球を偽ルーナ・プレーナは同じ大きさの水球で迎え撃つ。
「これはマズいっ!!」
二機の戦いを見ていたカルヴァンはこれから何か起こるのかいち早く察知、空間の穴を作りその中に飛び込み避難した。次の瞬間火球と水球が激突、水が熱により膨張し水蒸気爆発を引き起こし二機を襲う。
「キャァァァァァッ!!!!!」
「……」
ルーナ・プレーナは水蒸気爆発のエネルギーをもろに受け全身に火傷を負う。自己修復能力がある為、深刻なダメージにはならないがそれだけ魔術力を消費する事になる。それに対し偽ルーナ・プレーナは水の魔術を使い水蒸気の流れを操作し無傷だった。そして怪我の功名とでも言うべきなのか水蒸気爆発の威力が足元の結界を破壊した。自己修復に魔術力を回している為飛ぶ事が出来ないルーナ・プレーナは重力に従って落下、無傷である偽ルーナ・プレーナは無傷である為、四大魔術武器を利用して高速で移動、ルーナ・プレーナを追い越してさらに地下へと下降した。