第百四十一話 やり直さなくて済む
ソル・シャルムはサフィーナ・ソフに接舷せず更に上空に上昇し、狂魔人シモンがその力によって開けた大穴に向かっていた。ソル・シャルム操縦室のモニターに映し出した大穴を観つつファインマンは顎に手を当て唸る。
「……ウウム、これをシモンが……いいやシモンに憑っついた狂神がやったっていうのか? これはサフィーナ・ソフ……神殺しの殲滅を目的とした攻撃なのか? 何か別の目的とした攻撃じゃない様な気がするな?」
神殺しを殲滅するのが目的ならばもっと効果的な場所があるというのにそこを攻めず農業地区を攻めるというのは戦略的に合わない。目的があると考えるべきだ。
「ここで四の五の言っててもしょうがない……ルーナ、出撃出来るか?」
モニターの画像がソル・シャルムの簡易格納庫に切り替わる。そして黒の装甲を身に纏った巨人の姿が映し出される。偽神三号機、格闘に特化した鎧武者形態、ルーナ・ノワの起立した姿が映し出されていた。
「いつでも出撃出来るよっ!!」
ルーナ・ノワの頭部に収まっている仮面、正確には仮面に納められている聖霊石の中のルーナが元気に答えた。
「下じゃすでカルヴァンとシモンが戦闘に入っている。急がないとシモンが本当に死んでしまう。だから慣らしはなし、いきなり実践投入だ。どんな不具合が出るか分からん、気を付けろよ」
「ウン、でも多分大丈夫だと思う。この体、お兄ちゃんの複製体が使われたせいか……魔術力の伝達率がスゴくいい……出力も上がってる……今なら出来なかった事も……出来るかもしれない」
ルーナ・ノワは無意識に魔術力を放出した。その影響でモニター画面がぶれ、それと同時にソル・シャルムが大きく揺れた。
「魔術力の放出でここまで影響を及ぼすか……頼もしくもあるが無茶はするなよ」
「ウン、分かってるって……じゃあ行ってきますっ!!」
ルーナ・ノワが身を屈めたかと思ったら大きく跳躍。簡易格納庫の天井を壊して外へ飛び出す。空中でルーナ・ノワからルーナ・プレーナ、格闘特化形態から魔術特化形態―――黒い鎧武者を模した姿からツインテ―ルのゴシックドレスを模した姿に切り替わる。ルーナ・プレーナの周りには己の体の一部から作り出した四大魔術武器―――剣、杖、聖杯、円盤が付き従うように浮遊する。四大魔術武器による魔術力の増幅が推進力となり空を飛翔する。ルーナ・プレーナは漆黒の光となって大穴の中に飛び込んだ。
「……出撃するなら何も壊さずに行ってくれよ」
画面越しに見る格納庫の惨状にファインマンが苦言を漏らした。
矢のような突進からカルヴァンの間合いに入り崩拳を繰り出す。カルヴァンはそれを大剣の腹で受け止める。ガァンッ!! という鉄同士が激突したかのような激しい音とともにくる衝撃が殺しきれずカルヴァン大きく体勢を崩した。更に連続攻撃を繰り出すがカルヴァンは大剣の刃の部分をあえて握り剣というよりは棒のように扱い攻撃を捌いていた
一方、狂魔人シモンたら占めているシモンの顔に張り付いている狂神の手はシモンに対し称賛の念を抱かすにはいられなかった。
―――人の技術という物は見事なものだ。
体の動きを連動させることによる攻撃力、機動力の強化。神という人より高位次元の存在では考えもしない力の使い方、これこそまさに神の領域。シモンという体の持ち主から吸い上げた記憶を基に再現した形意拳の技、たった五つではあるが目の前の恐るべき男と戦う事が出来ていた。
狂魔人シモンが繰り出す劈・崩・鑚・炮・横の五行拳の連続攻撃にカルヴァンは防戦一方だったがついには防御が間に合わずその攻撃を食らってしまう。強靭な肉体を叩く感触が拳に届く。
(ついに拳が届いたかっ!!)
狂魔人シモンは更に攻撃を繰り出す。カルヴァンの命を刈り取り、地下にいるモノを奪いさる。そしてあの計画を発動させる。
狂魔人シモンは己の勝利を確信し、次の行動を考えていた。だから今のこの状況がおかしい事に気がついていなかった。シモンの形意拳、そして狂神の膂力を合わせて攻撃を食らって何故今だに立っていられるのかを。
「……ッ……ッ……クックックッ……よかっ!!よかっ!! よかっ!! 狂神、お前は今までのどの狂神よか面白かっ!!」
カルヴァンがどこの国なのか分からない方言で叫ぶ。口の端から血を流し、所々内出血があるものの重傷となっている箇所はなかった。カルヴァンの体からは狂魔人シモンでさえ震え上がる圧倒的な狂気が放たれた。
カルヴァンの狂気に絡み取られ棒立ちとなった狂魔人シモンの腹部を大剣一閃、横に薙いだ。
「グァッ!!」
腹部の衝撃に悲鳴をあげ狂魔人シモンは吹っ飛んだ。狂魔人シモン本人の防御力、カルヴァンが近距離にいた為、大剣の横薙ぎで真っ二つにされる事なく命を拾う事になるがそれが決して幸運だとは言えなかった。吹っ飛んだ狂魔人シモンをカルヴァンは驚異的な脚力で追い越し更に一撃を入れようとする。狂魔人シモンは空中で翻り着地、カルヴァンの空間を切り裂く様な上段の一撃を紙一重で躱した。だが攻撃はそこで終わらない。空間を切り裂く様な連続攻撃に狂魔人シモンは防戦一方。何とか躱しているが逃げ道は徐々になくなっていく。剣閃の檻が徐々に狭まり狂魔人シモンを追い詰めていく。
(……何か手はないか!? この目の前の恐るべき男の攻撃から逃れる術は!?)
物理攻撃ではこの男には大きく及ばない。それならと狂魔人シモンは精神攻撃を開始した。狂神の力と魔術師としてのシモンの知識を用いてカルヴァンの精神に侵入し精神の破壊を試みる。だがそれはするべきではなかった。この行為はカルヴァンの狂気をより深く覗き見る結果となった。
狂魔人シモンが見た物は屍で築かれた大陸だった。幾千幾万という屍が地平線の果てにまで広がり大地となっている。その屍を凝視し狂魔人シモンは驚愕する。屍の一体一体がカルヴァンだったのだ。
(何故この男は自分自身をこれだけ殺しているのだ!? この男の精神はどうなっているのだ!? この男は何者なんだ!?)
混乱する狂魔人シモンに無数の視線が貫いた。幾万というカルバンの屍が狂魔人シモンを睨んでいたのだ。そしてカルヴァンの屍が渦巻き螺旋を描き狂魔人シモンに迫ってきたのだ。この渦に巻き込まれれば自分の精神が崩壊する。狂魔人シモンはカルヴァンに対する精神攻撃を止めた。
逆に精神的苦痛に呻き倒れる狂魔人シモンに幾千の剣閃が迫る。狂魔人シモンが身に纏う血の鱗はかなりの強度があるが今のカルヴァンの剣を防ぐ事は出来ない。次の瞬間にはこま切れになっているだろう。それは狂神もろともシモンが死んでしまう事を意味している。
(アチャ~……やってしまったか)
カルヴァンの中に僅かに残っていた理性的な部分がこの状況を冷静に分析していた。
(ここまでするつもりはなかったんだが……彼は俺を時間の檻から解放してくれる鍵となる存在だったのに……まあいい、今回はしょうがない。諦めよう……次回はシモンを早めに探し出し神殺しに引き入れるとしよう……今回はここら辺で死んどくとするか……)
カルヴァンの理性は自分の攻撃を止める事が出来ない事をよく理解していた。早々に諦め次の事を考え狂気に埋没した。
己の迫る死神の大剣を狂魔人シモンは避ける事が出来ない。迫る大剣の剣閃は唐突に現れた結界により全て弾き飛ばされた。
狂魔人シモンの四方に配置された剣、杖、聖杯、円盤が魔術力による結界を作り出し、カルヴァンの攻撃を全て防いだのだ。
「この武器は……来たのかルーナ・プレーナが」
カルヴァンが見上げるとそこにとある魔法少女を模した漆黒の偽神、ルーナ・プレーナが浮遊していた。ルーナ・プレーナが指先をカルヴァンに向けると怒った風に言った。
「カルヴァンのおじさん、やり過ぎ!!」
「あー……悪かった。ゴメンチャイ」
カルヴァンは茶目っ気をこめて言うが内心では心底感謝していた。
(ルーナ、よくやってくれた。本当に助かった。これでもう一度やり直さなくて済む。一回戻るとウン十年前からのやり直しだからな……)