第百三十九話 強者故の悩み
「……一体どうなっているんだこりゃ?」
少し離れた位置で狂魔人シモンとカルヴァンの戦いを見ていたアッシュが呆然として呟いた。狂魔人シモンの戦い方は先程と変わっていない。強力、鉄壁の障壁による全体防御、そして不可視の衝撃波を四方八方に放つ攻撃。狂神の無尽蔵の力を用いた最強最悪の固定砲台。誰であろうと壊せない障壁に無限の砲撃、人であれば誰であろうと突破する事が出来ない、それこそ死神の姿を見る事だろう。だが今戦っている男は死神の手をすり抜け狂魔人シモンの障壁を突破して一撃を加えていた。
「ギャッ!!」
狂魔人シモンは目の前を通り過ぎた大剣に驚き、次の瞬間右肩から左わき腹に走った痛み、痛みが走った個所に一本の線が入りそこから大量の血が吹き出した。狂魔人シモンは驚愕しながらも力の限り後方に飛びカルヴァンと距離を取った。
カルヴァンは狂魔人シモンの後を追わずニヤニヤと笑いながら狂魔人シモンを目で追うだけで後を追わなかった。この態度を自分に対する嘲りだと感じ狂魔人シモンは怒りを感じながらも膝をつき傷の治癒を開始する。
「カルヴァンさん、追撃しろっ!! 今がチャンスだろ!!」
カルヴァンがチッチッと舌を鳴らしながらアッシュの元に歩み寄る。
「それじゃ面白くないだろ」
「面白くないって……それどころじゃないだろ。だったら俺が……」
狂魔人シモンの元に向かおうとするアッシュの肩をカルヴァンが掴む。
「まあ慌てるな。それよりもだ……お前が強くなれるチャンスだぞ」
「俺が強くなるチャンス? どういう事だ?」
首を捻るアッシュに対し教師よろしくカルヴァンが生徒にするようにアッシュに質問する。
「今の攻防を見ておかしいと思わなかったか? お前がいくら切り込もうと突破できなかった障壁を俺の大剣がやすやすと突破しさらに傷を負わす事が出来た。何でそんな事が出来たのか分かるか?」
「分からないが……推測は出来る。あんたの得物には何らかの魔法……恐らくは障壁、結界を切り裂くような魔法がかかっているんじゃないのか?」
「普通そう考えるな……だがそれはハズレ。狂神相手に魔法は通用しない。仮に障壁、結界破りの魔法がかかっていたとしても無効化される」
「……それもそうだな」
「俺の大剣はそれなりにいい物だが魔法なんざ一つもかかってない。悪い言い方をする場がただの鉄の塊だ。だがやり方によってはただの鉄の塊でも硬い障壁を突破する事が出来る」
「そんな方法があるのか?」
「ある……これが出来るようになれば狂神がどれだけ強固な障壁を作り出そうとも関係ない。一撃を入れられる。その方法を……教えてやろうか?」
アッシュは何度も頷いた。息まいて狂魔人シモンに戦いを挑んだ結果なす術もなく後から来たカルヴァンに助けられた。こんな無様を何度も繰り返さない為にも強くなる必要があるのだ。
「そういう謙虚なところは美点だな……それで説明するとだな狂神って言うのは基本的に強力な力を持った戦いの素人なんだよ」
「素人?」
「だから障壁一つとっても力任せ。全体に均一に張っているようで強弱がある。その弱い所に剣を通せば障壁を突破する事が出来るって寸法だ」
「言うのは簡単だけど普通にそれって……出来る事なのか?」
狂神に限らず魔法使いが張る障壁は普通見る事が出来ない。物体が接触してはじめてその存在を感知できるのだ。見えない物の強弱を理解するなど不可能のはずだ。
「よく見れば分かるだろう」
「よく見ればって……」
傷を治癒している狂魔人シモンをチラリと見るが障壁は不可視、視認する事は出来ない。
「アンタ一体どうやって強弱を見極めているんだ?」
「修行と経験だな」
「俺もそれなりにやっているんだけど……」
「俺の場合は幾千幾万の戦いの末に編み出したんだがお前の場合は少し違う。先に立つ俺が答えを提示したんだ。後はそこに至る道筋を自分で見つければいい。かなりの近道が出来たはずだから後は頑張れ」
アッシュは一瞬呻くが不承不承頷く。
「ウッ……そうだな。手取り足取り教えてもらうようじゃガキにも劣るよな……分かった、ここから先は自分で進むよ」
カルヴァンが満足げに頷く。
「いい子だ……ところでだ、これから少し闘いが激しくなりそうなんだ。お前は上のサリナ達に足元の結界を強化するよう伝えてくれないか」
「戦いが激しくって狂神の治癒が終わったのか? だったら二人で戦った方が」
「足手まとい」
カルヴァンが歯に衣を着せず言う。アッシュは怒りを露わにするがすぐに思い直し深呼吸をする。
「……分かった。今の俺じゃ実力不足、従うしかないな。だが今から上に上がるとしたら時間がかかるんだが……」
「それなら大丈夫、俺にはどこでもド〇があるからな」
カルヴァンは完全の空間に縦一直線に大剣を振り下ろす。空間が紙のように裂け、その先に見える光景にアッシュは唖然とする。
「サリナッ!?」
裂けた空間の先にサリナ・ハウロスとそのほか数十名の魔法使いがいたのだ。向こうにもこちらの光景が見えているようで驚いている様が見て取れた。
「アンタ、空間を切り裂くだけじゃなくて特定の場所と繋げる事が出来るのか?」
「話は後だ、ともかく行ってこい」
カルヴァンはアッシュの胸ぐらを掴むと軽々とアッシュを持ち上げポイッと空間の穴に投げつけた。空間の穴の先にアッシュが言ったのを確認すると意志の力で空間の穴を閉じた。
「さて……」
カルヴァンは狂魔人シモンをチラリと見る。狂魔人シモンは治療中で今だ動く事は出来ない状態に安堵するがストレスから溜め息もついていた。
「……時間稼ぎはしてやってるが長くは出来んぞ。そもそも手加減が苦手なんだからな俺は……」
敵であるならば手加減など一切しない。たとえ昨日ともに酒を酌み交わしたとしても今日刃をむけるなら無慈悲に首を切り落とす、そんな男が必死に手加減をしていた。手加減をする理由、それはファインマンから言われたからという理由ではない。カルヴァン本人が狂神からシモンを助けたい、そういう理由があるからだ。故に狂魔人シモンに深手を負わせつつも追撃をする事はせず治癒する時間を与えて時間稼ぎをしていたのだ。
傷の治癒が終わると狂魔人シモンは立ち上がる。全身に張っている障壁を解除し、その力を別の物に使用する。見えない力が見えるようになるまで凝縮されそれは形を成して漆黒の長剣を作り出す。それを見てカルヴァンは呆れたと言った感じのため息をつく。
「ハァッ……どれだけ強力な武器を作り出そうとそれを使う技術がなければ意味ないというのになぜ気が付かん。なまじ強いというのも考え物だ。狂ったとはいえ神なんだから少しは学んでくれんかね」
漆黒の長剣の柄を掴み上段に構えるがカルヴァンにとっては隙だらけで欠伸が出る。この一瞬でも十回は切り殺せるがそれが出来ないのは非常に辛い。カルヴァンは今までに感じた事のないストレスで疲れていた。
「フィンマンよ、ルーナよ……早く来てくれよ。このままじゃ手元が狂ってサックリ逝ってしまいそうだ……」
カルヴァン程の強者ならではの苦悩を漏らすのだった。