第百三十八話 狂魔人強襲!! 剣神登場!!
サフィーナ・ソフ―――人類すべてを滅ぼす狂神と戦う事を目的とした組織、神殺しの拠点となる空に浮かぶ巨大な島。この島全体にはすべてを見渡す神の目を欺く、そして人の眼には決して映らない認識阻害の結界が張ってある。故に狂神にも人にも攻め込まれる事がなかった―――今のルーナが目覚めるきっかけとなったヒルの狂神が攻め込んできたのは例外中の例外なのだが。
だから誰もが油断していた。この日この理が覆るという事を。
サフィーナ・ソフには狂神と戦う事を者たちだけではなく狂神により心が折られ戦う事を諦めた非戦闘員もいる。そういった者たちは戦闘員らのサポートを担当する。剣や鎧などを製造する鍛冶職もあれば食を支える農業等々。
サフィーナ・ソフの南東にある農業地区。
畑仕事に精を出していて青年が首に巻いた汗ふきで汗を拭きつつ空を見上げる。まっさらな青い空に黒い点が一つあるのに気が付く。
「何だあれ?」
青年が指差すと周りの者もその指先を見て何だ何だとざわつき始めた。
「オイ、どうした?」
青年の近くで畑を耕していた別の青年が様子がおかしい事に気が付き声をかけた。
「いやな……あれなんだと思う?」
「あれってあの黒い奴だよな……鳥じゃないのか?」
「違うだろ。あの黒い奴空中に固定されてるように動いてない。それに畑仕事をしてるから忘れがちだけどここってかなり高い所に浮いてるんだ。鳥でもここまで上がってくる事なんて出来ない筈だ」
「そうだよな、忘れてたよ……だったらあれは本当に何なんだ?」
ああだこうだ言っても答えは出ない。だが空に浮かぶ謎の黒い点がいきなり答えを叩きつけた。
黒い点―――狂魔人シモンが地上に向かって手を向けた。次の瞬間、不可視の力場が出現しそれが大地に叩きつけられた。いきなり体にかかる重圧に耐える事が出来ず青年たちは大地に押し付けらた。
「何だ……これ!? ギァッ!!」
更なる重圧に肉体が耐え切れず大地と重圧に圧し潰され絶命した。大地に血の花が咲き乱れても重圧は消えず大地を更に押し潰し底が見えないほどの巨大な手形の穴が出現した。狂魔人シモンは己の超視力を用いて穴の底を見渡しそこに眠る巨大な存在を感知するとそれを奪取すべく穴に向かってゆっくりと下降を開始した。
ゆっくりと下降し陽光さえ届かないほど深く潜航した時だった。狂魔人シモンの足元に巨大な光の魔法陣が出現した。狂魔人シモンが魔法陣に降り立つが壊れる事無くかなりの強度を持つ結界のようだ。魔法陣に触れる事によるダメージがない所を見るとこの結界は攻撃的な物ではなくあくまで行く手を阻む壁としての結界の様だ。
人相手ならここで進行を食い止められるのだが相手は狂神の力を持った魔人、足元の結界は薄氷にも等しい。右足で強く踏み込み足元の結界を壊そうとしたその時だった。
「待ちやがれーーーーーッ」
怒号と共にその人物は狂魔人シモンの頭上に剣を振り下ろした。落下速度を掛け合わせたその一刀は狂魔人シモンを真っ二つにするはずだったが不可視の障壁が剣を防ぎさらにはその人物を吹き飛ばした。
「ガァッ!! クソッ!!」
その人物は吹き飛ばされながらも空中で体制を整え足から結界の上に着地した。
「ちくしょう……硬い……」
狂魔人シモンの頭上から強襲した人物―――アッシュ・ローランスは悔し気に睨んだ。三体の偽神の一体、ブーケ・ニウスの操縦者、肉体での戦闘能力については神殺しのリーダーであるベネティクト・カルヴァンに迫りつつある男だ。
「……突然狂神が出現したって報告が来たかと思ったらこの無法……神だから何をしてもいいと思ってるのか……何様のつもりだっ!!」
アッシュは怒りを全身に漲らせ足元の結界を強く踏み込んだ。足元が爆発したかのような音と同時に強い推進力を得て狂魔人シモンに肉薄した。一瞬にして間合いに入られ狂魔人シモンは搬送出来ない。
(もらった!!)
アッシュは己の勝利を確信し剣を振り下ろすが障壁に弾かれる。
「常時展開しているのか!? だから避ける必要がないと……嘗め腐りやがって……だったら!!」
アッシュは狂魔人シモンの周りを高速で移動しながら連続で剣を振り下ろす。数を打って狂魔人シモンの障壁を削り尚且つこちらに攻撃の焦点をむかないようにする作戦だった。
虫がたかっているようでうっとうしいと思った狂魔人シモンは不可視の衝撃波を四方八方に放つが高速で移動するアッシュにその攻撃は当たらないし当たったとしてもアッシュを倒すには攻撃力が弱い。
アッシュはアッシュで狂魔人シモンの障壁を突破しようと攻撃を繰り出すがビクともしない。途方もない巨石に剣を突き立てているそんな錯覚を覚えた。
互いに攻め手に欠けるそんな時だった。
「……そんな攻撃じゃコイツの障壁は突破できないぞ」
虚空からそんな声が聞こえてきた。
「この声は……」
アッシュは足を止め何もない虚空を見上げる。その瞬間を狂魔人シモンは見逃さなかった。狂魔人シモンは右手をアッシュに向けている。その手には先程の攻撃とは比べ物にならない力が収束されている。
「マズいっ!!」
咄嗟に逃げようとするがもう間に合わない。迫りくる死を回避する方法を求め頭が高速回転しているその時、「ハイ、イタダキ」という能天気な声と共にアッシュの目の前の空間が割れた。そしてそこから大剣が伸びる。その先にあるのは狂魔人シモンの右手があった。空間の割れ目から伸びた大剣は狂魔人シモンの右手に収束されていた力をまるでバターのように貫き右手を更にその先の腕をも貫通した。
「グ……ギャァァァァァ!!!!!」
狂魔人シモンはこの時初めて悲鳴を上げた。初めて感じる痛みに慄きながらも後ろに飛び大剣を引き抜き距離を取る。そして高速治癒を開始した。治癒に集中しているこの瞬間が攻撃する最大のチャンスであるというのにアッシュは空間の穴から伸びる大剣に目を奪われていた。
「この大剣、そしてあの声……もしかして」
「もしかしなくても俺だよ」
この場にそぐわない能天気な声と同時に空間の穴が広がり暖簾をくぐるような動作をしながらその男が現れた。
「カルヴァン……さん」
空間の穴を抜けて現れた大剣を携えた巨漢、剣神の二つ名を持つ神殺しのリーダーベネティクト・カルヴァンの名をアッシュは掠れた声で呟いた。
「アンタ……空間を超えてくるなんて……そんな魔法を使えたのか?」
「魔法でも何でもないただのかくし芸だ……大した事はない」
「大した事ないって……」
アッシュ言いかけて首を振る。目の前の男に常識は通用しない。魔法力がないとしても魔法を超える超絶的な技を幾つも持っていてもおかしくない。
「それより……相変わらず未熟だな、アッシュ。あれの障壁を力任せに叩いても決して壊せないぞ」
「いきなりダメ出しかよ……てかアンタならどうするんだ?」
「やり方は色々ある。例えばさっきやった方法だ。どれほど強固な障壁だろうと攻撃の瞬間は解くからその瞬間を狙うんだ」
「それって一歩間違えれば攻撃モロに食らうんじゃないか?」
「下手をすればそうなるがそこをうまくやるんだよ」
「アンタ意外に出来るかっ、そんな事!! 他の方法は?」
「教えてもらう態度じゃないんだが……いいか、一つ実演してみせよう」
そう言うとカルヴァンは無造作に野を歩むが如く狂魔人シモンに歩を進めるのだった。