第百三十七話 召喚魔術のリスク
「……話を聞いたうえでどうする、オジサン? 体がお兄ちゃんとはいえ狂神である以上お兄ちゃんを……殺しちゃうの?」
「いいや、絶対助ける!!」
ファインマンは即答した。
「お兄ちゃんを……助けてくれるの?」
「言ったろう……返しきれない恩があると。それを踏み倒す真似だけは絶対しない……何があろうと絶対助ける!!」
ファインマンの確固たる強い意志にルーナは胸を打たれる。
「アリガトウ……ファインマンのおじさん」
「と言っても俺じゃ太刀打ち出来ないんだけどな」
ファインマンはテヘペロしついでに右拳で頭をコツンッと叩いて快活に笑う。
「……おじさんがやっても可愛くない。というかそこは最後までカッコつけようよ」
ルーナは呆れた感じで言うが少し安心したような雰囲気があった。
「カッコつけたいが出来んもんは出来ん。出来ると嘘をついてもロクな事にならんしな。うまくいくかどうか分からん事よりも最も得意な出来る事をやる。それが世の中うまくいくコツだ」
「オジサンが出来る事? 私が出来る事?」
「ああ、お互い気出来る事を束ね合わせてシモンを助ける。で俺が出来る事だが……手助けだな」
「手助け?」
「狂神からシモンを助ける事が出来るのは恐らくルーナだけだろう。俺はその手伝いが精一杯だ」
「私がお兄ちゃんを助けるか……私に出来るかな?」
「そこで出来る事の確認なんだが……もう一度ルーナ・カブリエルになる事は出来るのか?」
「ウーン……しばらくは無理だね。大天使の召喚って強力だけどその分リスクがあるし……」
「!? どういう事だ!?」
ファインマンが強く詰め寄る。かつて大天使ミカエルをその身に召喚した事があるのだ。その強力さだけに目がいっていたが敗れた場合どうなるのか、リスクについて説明されていなかった。今後自分に大天使を宿す事があるかは分からないが聞いておいて損はないとファインマンは思った。
「ええと……実は」
ルーナはシドロモドロ話始めた。
召喚と喚起―――
どちらも精霊や大天使などを呼び出す魔術だが呼び出した召喚対象を独立して使役するか召喚対象と一体化するするかで異なる。ルーナやシモンがファインマンに行った魔術は後者に当たる。どちらの魔術であっても召喚対象が滅ぼされた場合呼び出した魔術師はそれ以上のダメージを受けてしまうのである。他者に召喚対象を降ろした場合はその対象者も同様である。
今のルーナは大天使カブリエルが倒された事によるダメージを受けており魔術力が極端に枯渇してしまっているがこの程度で済んでいるのは幸運と言える。もう一度大天使カブリエルを召喚するのは現時点では不可能なのである。
「……シモンはそんな危ない魔術を俺に使ったのか?」
愕然としたファインマンにルーナは誤魔化す様に笑う。
「……まあ魔術に限らず強力な力にはリスクが伴う物だし……でもうまく使えば貰えるリターンも多いんだよ。それに魔術は異世界の神々の力を用いてるし、狂神にとっては強力な猛毒、負ける事はまずないと思うよ」
「金を無理理むしり取ろうとするサギ師みたいな事言われてもなあ……」
納得いかないとファインマンは唸り声を上げる。
「ともかく今の私じゃ召喚魔術を使う事は出来ないよ」
「そうか……じゃあここに偽神があったら動かす事は出来るか?」
「それなら多分……出来ると思うけど」
今のルーナは大天使カブリエルが破られた事により深いダメージを負い魔術力が極端に枯渇した状態で魔術が使えない、己の存在を存続させる事しか出来ない状態だ。ゲームであるならMPが1しかない状態である。この状態でも偽神を動かす事は可能だ。人工血液に僅かな魔術力を乗せて循環させれば魔術力を増幅させ動かす事が可能となる。ただ戦闘が出来る程の出力が出せるかはやってみなければ分からないのだが。
「そうか……なら偽神の完成を急いだほうがいいな」
「ちょっと待って!? お兄ちゃんの後を追わないの!? どこに飛んでいったか分からないのに!?」
「ああ、それなんだがな……向かった場所は多分……分かる?」
ファインマンは少し言い淀みながら頭を掻く。
「何でそんな困った顔を……してるの?」
「ああ……それなんだが」
ファインマンがボロボリと頭を掻きながらため息交じりに話し始める。
「……俺たちは神殺し……その名の通り神を殺して回る組織な訳だが……本来は一人の男がやっていた事なんだ」
「何で今その話を?」
「いいから最後まで聞いてくれ……そんな事が出来る人の範疇を超えた強さを持った奴が今も健在でなソイツがいる所にシモンは、いいや狂神は向かっているんだ?」
「ファインマンのおじさんにはどうしてお兄ちゃんがそんな所に向かってるって分かるの?」
「飛んで行った方角だな。あの方角のとある場所には狂神に感知されないよう結界を張ってある。その方角に向かっていくなんて偶然とは思えない。そんな所に進んで向かえばアイツと遭遇し一発でこうなる」
ファインマンは親指で首を掻っ切る動作をする。その動作を見てルーナは苦笑いする。
「ハハッ……でも分かった、お兄ちゃんがどこに向かっているのか」
「連絡は入れるがアイツが狂神に対して手加減するとは思えん。場合によっては偽神で狂神を守らないといけないかもしれない」
「皮肉な話だね……」
ルーナはハァッとため息をつく。
「俺もため息をつきたくはなるがそんな事も言ってられん、偽神の完成を急ぐぞ。ルーナにも手伝えよ」
「……出来ないなんて言ってられない……分かった……けど今は少しでも魔術力の回復を図りたいからファンマンのおじさんが私を運んでよね」
「……女性のエスコートは男の役目だ。任せてくれ」
ファインマンのキザッたらしい台詞にルーナは寒気を覚えた。
「……年を考えてよ……キモッ」
辛辣に言うルーナにファインマンが青筋を立てる。
「うっせぇうっせぇうっせぇわ!!」
「ウワッ!! 今どこかの世界でよく流れているやつ!!」
「……どこかの世界でよく流れてるって……どこだよそこは?」
「どこだよって……どこだろう?」
「質問に質問で返されても」
「……」
「……」
二人の間に微妙な空気が流れ微妙な沈黙が訪れた。
「……話はここまでにしておこう。ともかく地下に戻るぞ」
そう言うとファインマンは足元のルーナが宿っている聖霊石を拾い上げての中で転がす。
「オジサンッ!! 私を転がさないでよ!! 目が回る!! ……気持ち悪くなるから止めて……」
「気持ち悪いって……お前の体の構造はどうなっているんだ?」
「……それは私にもどういえばいいのか……ともかく気持ち悪いから」
ルーナとファインマンは言い合いながらも地下に戻り偽神の完成を急いだ。