第百三十一話 アクティブ・メディテーション 導き出した答え
「―――誰が……神核を浄化しているんでしょうね? 思うに偽神に使われている聖霊石、あれは全て浄化された神核だと思います」
シモンの言葉にファインマンが驚愕したという表情になる。
「ちょっと待て……それが本当だとするとユエイ・リアンの結界内になる神核は!?」
「……偽物という事になりますね。全て偽神に使われてるんですから」
「そんな馬鹿なっ!? 俺はそんな話聞いてないぞっ!!」
「そこでもう一度聞くんですが……ファインマンさんは本当に知らなかったんですか? 本当は知ってるんじゃないですか……神核を浄化出来る人を?」
シモンが向ける疑惑の目にファインマンは目を背けすにこう言った。
「……本当に知らない」
その瞬間シモンは視覚を物理次元から霊的次元に切り替える。そしてファインマンのオーラを精査する。生命エネルギーの発露であるオーラ、普段は見えないのだがそれは確かにあり人の精神状態によく反応する。喜怒哀楽によってオーラは増大、減少、揺らぎ色を変える。そして人に何かを隠す、嘘をついている場合もオーラには現れる。シモンはファインマンに質問する事で心の内で隠している事を表面に引き出し嘘を見破ろうとしたのだが……。
(……ファインマンさんのオーラ……少し弱っているしくすんだ色をしている……疲労がたまっているんだろうな……そうじゃなくて……)
シモンはファインマンのオーラを更に注意深く精査する。何か秘密がある、嘘をついている人のオーラの奥底にはそれが巧妙に隠されている。シモンはそれを見つけようとするが見つける事が出来なかった。
(ファインマンさんは嘘を言っていない……真実を語ろうとしている……)
シモンはファインマンを疑った事を恥じながら視覚を物理次元に戻す。
「? どうしたんだシモン、ボンヤリして? 大丈夫か?」
己のオーラを見られていた何て露とも思っていなかったファインマンはシモンが話の途中で突然ボンヤリしたように見えたのだ。
「……すみません。少しボーッとしてました」
シモンは頭を掻きつつ誤魔化しつつ思った。
(ファインマンさんが嘘をついていないのだとすると……神殺しも一枚岩という訳じゃないって事だ。神殺し内部では狂神を倒すという事とは別の……計画が同時に進行している? 神殺しではかなり上の地位にいるファインマンさんにもそれを隠している。それに気が付いてしまった僕は……)
「シモン……頼む。俺を信じてくれ……俺は本当に何も知らないんだ」
改めてそう訴えるファインマンに罪悪感を感じつつシモンは頷く。
「分かりました。ファインマンさんを信用します」
「そうか……よかった」
ファインマンは心底ホッとした表情をする。
「それよりも……すみません。少し疲れてしまって……話はここで一旦終わりにしてもいいですか?」
「ん? ああ、それもそうだな。疲れているだろうに無理をさせてしまったな。聖霊石についてはサフィーナ・ソフに戻ったらカルヴァンに追及してみればいい事だしな。ゆっくり休んでくれ」
「そうします」
シモンは疲れた表情で少しふらつきながら備え付けの寝台に歩み寄り横になる。それを確認してファインマンが廊下に出る。ついでルーナが部屋を出ようとして振り返る。
「後でまた遊びに来るから……ゆっくり休んでね」
「ウン……楽しみにしてるよ」
ルーナがニッコリ笑って手を振りながら部屋を出た。そしてしんと静まり返った部屋の中でシモンは溜め息をつくと頭を抱えて身悶えた。
「どうして僕は気が付いてしまったんだ!?」
神殺しの一部の人間、恐らくは上の人間は狂神と戦うのとは別の計画で動いている。神核を浄化出来る技術あるいは能力者の存在を隠蔽している所を見ても明らかた。
「下手に手を出したら僕でも……消されるか? いや僕の魔術は結構貴重だし暗殺なんて事はないと思うけど……だけどファインマンさんやルーナはどうだろう?」
ルーナは聖霊石と偽られた神核そのものだから消されるという事はないというか出来ないだろう。だがファインマンはどうだろう。神核の浄化についての考察を聞いてしまっている。それを誰かに漏らしたらどうなるか分からない。
「ファインマンさんに口止めをする必要があるか……いや、そんな事をしたら逆にカルヴァンさんに詰め寄り様だ。そうなったら間違いなく首チョンパだ」
シモンはファインマンの首が飛ぶ光景を思い浮かべその光景を打ち消すように首を振る。
「僕もどうなるか分からないし……何かされない為にも武器が必要だな……この場合の武器は……真実だな」
シモンは上半身を起こすと胡坐をかき目を閉じる。心を意識の奥底に沈め外界の情報を遮断し思考に没頭する。シモンが行うのは魔術の基本的瞑想法、アクティブ・メディテーションと呼ばれるものである。これは一つの課題をあらゆる角度から見つめイメージを引き出すという技法である意味クリエイター、小説家などに適した瞑想法とも言える。
(神核を浄化できる人物……それは一体誰か? 正直言ってそれが誰かは分からない。僕が出会った事のある人なのかそうではないのか? ウーン……容疑者として考えるならカルヴァンさんかな? あの人が浄化された神核を聖霊石としてファインマンさんに与えていたんだから……いや、あの人は神核を浄化するなんて出来るのか? あの人は超一流なんて生ぬるいくらいの凄腕の剣士だけど魔法みたいな超自然的な力は使えないけど……もしかしたら見せてないだけで神核を浄化出来るアイテム、もしくは剣技があるのかもしれない……前世の世界では八百万の神という考え方があったな。海、山の様な自然はもちろん商売、勉学その他諸々あらゆる物に神々が、当然剣にも神々が宿る。カルヴァンさんが愛用しているあの大剣に神が宿っている? それが浄化をしてくれている……それはないか。あらゆる神が狂っているんだからそんなものを使っていたら持ち主に牙を抜く可能性があるか? ……あり得ない……となると剣技の方か? 確か神道に祓い太刀というのがあったな。邪気、邪霊を剣技で祓うという技術が……でもそれは狂神に通じる物だろうか? 邪気、邪霊と狂神じゃ格が違う。祓い太刀の様な技術が通用するのだろうか? ……ウーン、行き詰った)
そこから先は何をどう考えても不定的な答えしか出なかった。これ以上は無理かとアクティブ・メディテーションを終了し意識を外界に浮かび上がらせようとした時、突拍子のない考えも同時に浮かび上がってきた。考えるのに疲れた頭があり得ない答えを導きだしたのだろう。面倒だからってその答えはないだろうと呆れながらもシモンはそれを口に出してしまった。
「―――もしかしたらまだ狂神ではない神がいるのかもしれない」
これは妄想、妄言、なんの根拠もない戯言の類だった。だがこの一言は波動となって世界に広がりそれを受信したものがあった。それは即座に行動しシモンの眼前に現象を引き起こしたのだった。