第百三十話 証明、それと生じた疑問その壱
記憶にないだけで人を食らい世界を滅ぼす狂った神であったのかもしれない。神核=聖霊石だったという事実はルーナを強く打ちのめしていた。ホロホロと大粒の涙を流しながらその姿が薄れていく。
「ルーナの姿が薄れていくぞ!? 大丈夫なのか!?」
ファインマンがひどく慌ててシモンに尋ねる。
「自分がかつては狂神だったかもしれないという事実に集中を維持出来なくなっただけです。ルーナ自身に影響はないはずだけど……このままだと再起不能になるかも……最悪偽神が動かせなくなる」
「何でそんな話になる?」
「聖霊石の内側に閉じこもられたら魔術力の生成が恐らく出来なくなる。偽神の動力源の役割を果たせなくなる」
「それはマズいな……シモン何とかしろ」
「ここで僕ですか? 打ちのめされ絶望した女の子を慰めるのは大人の役目ですよ」
「俺みたいな親父よりも惚れた男に慰められてた方がいいに決まってるだろっ!! お前に任せたっ!!」
責任を丸投げされたシモンは顔をしかめ「ダメ大人め」と毒づきながら考える。
(ルーナの姿がもう少しで完全に消えてしまう。こちらの話を聞けるのはこの僅かな瞬間。この間にルーナの不安を払拭する方法を考えないと……)
そう考えている間にもルーナの姿は薄れていく。
(マズい、もう時間がない……こうなったらもう出たとこまかせ……やってやる!!)
「ルーナ、大丈夫!! ルーナの前身は狂神じゃない……僕はそれを証明出来る」
その言葉にルーナは顔を上げてシモンを見る。
「それ……ホント?」
シモンは何度も首を縦に振る。ふとファインマンと目が合った。その目が大丈夫か? 説得できるのか? と訴える。それにシモンは力強く頷くが内心は冷や汗をかくきまくりである。
(今はともかウソでもいい。ルーナが納得できるようなウソを構築しないと……)
シモンは脳細胞を総動員して今までの記憶を検索し、使えそうな情報を探す。そして一度だけ生の神核を見た事を思い出す。
(あの時の神核は攻撃的な意志を持って僕を攻撃してきたことがあるけどこの神核にはそんな意志は感じられない。本当に……空っぽだ。今の状態の物をカルヴァンさんは聖霊石として渡していたとすると……僕みたいな浄化の魔術、いや魔法を使える人がいるのか? それだったら僕がいなくても……というか偽神が無くても戦いは有利に運ばないか? 狂神との闘いにどうして導入されない? ……神殺しという組織も一枚岩じゃないな……このことをファインマンさんがいる前で言っていいのか?)
押し黙ってしまったシモンを不安そうに見るルーナの視線気に気が付き今はルーナを安心させることが第一と考え直しシモンは気が付いた事を話してみる事にした。
「ルーナの前身は狂神ではない。これは間違いなく証明出来る。その理由としてはファインマンさんが聖霊石と言われて渡されていた神核の状態にある」
「神核の状態?」
「この神核というのはこの世界で行動する際に必要となる肉体の核となる物だと思う。この神核の中に狂神の本体が入っている状態だと人に対して威圧的かつ攻撃的で手に負えない物なんだ。僕はかつてサフィーナ・ソフに接舷している調査を目的とした島、ユエイ・リアンの結界内で神核に遭遇し攻撃を受けた事がある。その時は何とか対処……というか破壊してしまたんだけど。それは置いておくとしてピクリとも動かないという事は中の狂神が存在しないという事になる。その事からルーナの前身は狂神ではないという証明になる」
「……ヨカッタァ~」
ルーナは不安からではなく安心し安堵の息を吐く。
「ルーナは神殺しのみんなからの魔法力によってその雛形が作り出され、僕が埋め込んだ疑似魔術中枢によって生まれた……みんなの子供の様なものだよ」
「みんなの子供って……」
ルーナはオウム返しに呟きそしてププッと吹き出した。
「? 何で笑う? ここは感動するところだと思うんだけど?」
「みんなの子供って……お兄ちゃんも子供なのに言ってる事がお父さんみたい……」
「ナヌッ!?」
お父さんと言われた事にシモンはショックを受ける。その様を見ていたファインマンが顔を伏せつつ口元を押さえている。全身がプルプルと震えている所を見ると笑いをこらえている様だ。二人の反応にシモンはムッとするが……。
「僕がお父さんだという事は置いといて……ルーナに対する証明が正しいとすると分からない事が一つ、いや二つ浮かんでくるんですが」
「分からない事? 何か厄介な事の様な気がするが聞かない事には判断がつかない……いいぜ、とりあえず聞かせてくれ」
シモンは頷き浮かび上がった疑問を口にする。
「まず一つ、この神核、聖霊石は誰が作ったのかという事です」
ファインマンは誰がという単語に疑問を持つ。
「誰が作ったって……人が作ったような言い方をするな? 狂神が作ったんじゃないのか?」
「狂神は命令をしたんでしょうね。その命令に従って作った人間がいると思いますよ」
「? どうしてそういう結論に至ったんだ?」
「神というのは高位次元の存在で下位次元である地上世界に現れる事は出来ません。もし現れるんだとすればこちらの物質を使って現れると思います。地水火風の四大元素は高位次元に近いからそれを用いて現れるんでしょうがそれでは本来の力を出せないでしょうね。そこで出てくるのが……」
「神核か!?」
「そうです。神核は本当に規格外の物ですよ。神という強力なエネルギーを受け入れても壊れる事がない。それでいて十全に力を扱えるんですから」
「それに狂神という存在だけではなく魔術力も受け入れてルーナの様な存在を生み出すし……この神核を生み出した奴は天才なんて言葉が生ぬるいくらいの超天才何だろうな。そんな奴が狂神側にいるとなると……」
「この上なく厄介ですね」
「そうだな……」
男二人同時に溜め息を付き腹を抑える。どうやら胃が痛くなったようだ。
重苦しくなる空気にルーナは耐えられず、違う話題を出して話の切り替えを試みる。
「まだ見た事もない敵に悩んでも意味がないよ。そいつが出てきたらその時考えようよ。この話はここで終わりっ!! それよりなんかもう一つあるんだよね、疑問に思う事? そっちの話をしようよ」
話の切り替え成功とルーナは内心ほくそ笑むがシモンの何とも言えないという表情に顔を曇らせる。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「いや、実はこっちの話の方がより厄介なんだ」
「……お兄ちゃん」
ルーナに睨まれ、シモンは少し悲しそうな顔になる。
「しょうがないでしょ。気が付いてしまったんだから。僕一人で何とかしてもいいけどそれじゃ時間もかかるし答えに気が付いた時もう手遅れなんて事になったら目も当てられないんだ」
「それもそうだな……」
そう言って頷いたのはファインマンだ。
「子供が悩んでいるんだ。それに気が付けない大人じゃ俺は本当にダメな大人になってしまう。どんな厄介な事であっても大人は首を突っ込むべきだ。シモンが疑問に思ってる事、言ってみろ。俺で出来る事があるなら何でもしてやるぜ」
「ファインマンさん……有難うございます」
「いいって事よ」
シモンは居ずまいを正しファインマンに質問する。
「それで……ファインマンさんに質問何ですが……神殺しの人の中にかつては大司教、大神官、大僧正……要は聖職、神職に着いていた人はいますか?」
「神殺しの中にはそういう奴は確かにいるが」
「ならその人たちは浄化に関する魔法を仕えたりはしますか?」
「それは……無理だろう。そういう職についていた奴らが使う魔法って奴は神々から力を借り受けて行うもんだ。神殺しにいるって事は今の神々がどうなっているか知ってるって事だ。そんな奴らが神々の力を借りる魔法、特に浄化何て絶対使えるわけがない」
「やっぱりそうなるか……となると」
シモンが次に紡ぐ言葉は神殺しという組織の根幹を揺るがしかけない衝撃的な言葉だった。