第百二十九話 =聖霊石
「……知ってる天井だ……」
シモンは眼を覚まして開口一番、新世紀の聖書に出てくる少年とは真逆な台詞を呟いた。
「まあ……あの主人公より年下なんだけどね」
誰に向かってなのか分からないに言い訳をして身を起こす。相変わらず殺風景な部屋で自分が寝て言った寝台と出入り口以外は窓もない。前回、複製体を作り出す為大量の血を摂取された後、放り込まれた部屋だ。
「今回は吐き気も眩暈もないけど……ハァ……」
シモンは盛大に溜め息をつく。
「……闘いの後こうやって倒れる展開いい加減どうにかしたいなあ……前世の記憶を引き継ぎ精神年齢は大人でも体は未だ子供、戦い方も考えないと後が続かないな」
精神に体が追い付かない状況は非常に危険、他の人に頼るのも手だが今の所魔術が扱えるのはシモンとルーナのみ、狂神を相手にするには心もとない。誰かに会得させれば戦力が増え、狂神との闘いも有利に運ぶがあえてそれをしないには訳がある。
「魔術を会得するって事は異世界の知識を受け入れるって事だしな。それを受け入れるって事は本人の価値観を一度打ち壊す事になるし……下手をすると発狂するかもしなれい」
異世界の魔術という外道の知識はそれ程危険なのだ。大人ではなく子供に教えれば価値観を打ち壊す事もなく受け入れる事が出来るだろうがシモン程のレベルになるには時間が足りない。やはりシモンが頑張る他ない。
「やっぱり僕が頑張るしか……あのカバラ十字の祓い浄化式もう一度出来るようになれば。でもあれって感覚的にやれた事だからもう一度やれって言われても出来るかどうか……ウーン」
自分の強化案を考えている時ドアがガチャリと開いた。
「ダメだよお兄ちゃん!! 一人で何とかしようとしちゃ!!」
偽神の聖霊石に宿った人格ルーナがサリナ・ハロウスの幼い頃にうり二つの姿―――違う所は瞳と髪の色がともに黒い―――でズカズカと歩み寄り、シモンの額にくっつくぐらい顔を近づけジロリと睨みつける。その眼力にシモンは気圧される。
「あのう……ルーナさん? 近いんで離れて欲しいんですが……」
シモンはルーナに離れて欲しいと訴えるが無視された。
「ルーナさん……」
「……」
「ルーナ……」
「……」
「……ゴメンナサイ……今後は一人で無茶をしないようにします。ルーナや他のみんなに協力を頼むようにします」
シモンが少し離れて頭を下げた事にルーナは満足しエヘンと胸を張る。
「そうだよ、お兄ちゃん。他の人はもちろん私の事も頼ってよ」
「そうします……ところでルーナは今、カブリエルは召喚していないんだよね。今の状態で僕が今いる部屋まで来る事が出来るんだ?」
「長い距離なら無理だけど短い距離なら聖霊石から魔術力の供給が途切れないからこういう移動が出来るんだよ。スゴいでしょ」
「ウン」
シモンは素直に頷いてしまう。物を触る事が出来るくらい強力な力を持った映像、ルーナの魔術力は徐々にであるが強くなっているようだ。魔術力の容量だけならばシモンを超えているかもしれない。
「まるっきり幽波紋だな。そのうち特殊な能力発揮したりパンチのラッシュが出来るかもしれないな」
「? なに、それ?」
「いや、こっちの話。それよりも……」
「あっ、お兄ちゃんが起きたら呼んで欲しいってファインマンのおじさんに言われてたんだ。少し待っててお兄ちゃん」
いうや早くルーナは寝台から飛び降り足早に部屋を出て行った。そんなルーナの後ろ姿を目で追いながらシモンはこう独り言ちた。
「……今、どういう状況になってるのか聞きたかったのに……そんなに急がなくてもいいんじゃないの?」
ハァッとため息をついてシモンは寝台から降りる。
「……体がなまってるな。少し体操でもして待ってるか……」
エッチラオッチラと体を動かしてると外からどたどたと足音が聞こえてきた。ドンッと勢いよくドアが開く。ドアを開けた人物ファインマンと後ろにいたルーナと目が合うが訝し気な二人の視線にシモンは首を傾げる。
「どうしました?」
「どうしましたって……お前がどうした?」
「お兄ちゃん……ヘンタイ?」
「変態っ何気にヒドイッ!! それにどうしましたって……」
シモンは両足をある程度開きその状態で前屈をしていたのだ。股の間から顔を覗かせファインマンとルーナを見ているのだからどうしたと聞かれるのも変態と言われるのも当然だろう。
「待ってるのも暇なんで体操をしてたんですよ……腰痛や背中の痛み、腸や脳の活性化等々効果バツグンですよ。ファインマンさんもやりますか?」
「俺はいい。どこも具合は悪くないし……」
「私も……というか具合が悪くなるような体がないし……それに足を広げて股から顔出すなんて……そんな事をさせる何て、お兄ちゃんのヘンタイッ!!」
「変態って……」
二人に評判が悪い事に少しがっかりしながらシモンは上半身を起こし寝台に腰かける。
「少し残念ですがまあいいです……さっきルーナに聞こうと思ったんですがファインマンさんでもいいです。僕がその……気を失ってから状況を教えてもらえませんか? 何も分からない浦島太郎の気分なんで」
「ウラシマ……タロウ? 人の名前かそれ?」
ファインマンは疑問顔で首を傾げる。
「こっちの話です。気にしないでください。それよりも……」
「ああ、分かった……」
そう言ってファインマンは話始める。
シモンがカバラ十字の祓い浄化式によりサリナ達の魂を昇天、狂神を浄化し神核を回収。
気を失ったシモンと地上に打ち上げた未完成の偽神の腕を地下の施設に収容し偽神の建設を再開、現時点で六割ほど出来上がっているらしい。あと十数日ほどで同調し戦う事が出来るよう急ピッチで作業が行われているとの事だ。
「……あまり無茶はしないでくださいね」
「それ……お前に言われたくないぞ。割としょっちゅう倒れるしな」
「そうそう」
ファインマンとルーナに睨まれシモンはそっぽを向き小声で「……スイマセン」と謝る。
「まあいい……それよりもシモンにも確認してもらいたい事があるんだが……」
「僕に……ですか?」
「ああ、ルーナのちょっとしたイタズラで分かった事なんだが……正直信じたくない事なんだ」
そう言ったファインマンの表情はどこか険しい。ルーナの顔色も目に見えて悪くなる。シモンは二人の表情に嫌なものを感じながらも聞いてみる。
「どういう事ですか?」
「ともかく確認してくれ」
そう言うとファインマンは服の上から鳩尾のダンジョン・コアに触れ命令を入れる。するとシモンの足元に縦、横十センチほどの正方形の穴が開きそこから石柱がせり上がりシモンの胸元で止まった。石柱の頂点に収まっていた物を見てシモンは驚愕して呟いた。
「これは……神核ですか?」
「ああ……それに魔術力を流してみてくれ」
「魔術力を? そんな事をしたら壊れてしまうんじゃ」
「今回に限っては壊れてくれた方がいい。その方が安心出来る。ルーナもそうだろう」
「ルーナもってどういう事ですか?」
「ともかく頼む」
ファインマンとルーナの深刻な表情に何かを感じたのかシモンはもう何も聞かず四拍呼吸を開始する。規則正しい呼吸が魔術中枢の回転率を上げる。魔術力の高まりを感じるがカバラ十字の祓い浄化式の時の様な清廉さは感じられない。
(少し研究する必要があるな……)
そんな事を思いながら神核を囲うように両手を持っていき両手から魔術力を放射、神核に流し込む。神核は魔術力に抗い崩壊する。シモンはそう思ていたのだが結果は違う物になり驚愕した。
「これは……そんな馬鹿な!? 魔術力を吸収した!? それだけじゃない。魔術力を蓄積している!? この反応はまさか……聖霊石!? 神核と聖霊石は同じ物!?」
「シモンもやっぱりそう思うか」
神核=聖霊石、この事実にシモンは驚愕するがこの中で一番衝撃を受けているのはルーナだろう。
「私って元は神核だったの? みんなの……お兄ちゃんたちの敵だったの?」