百二十七話 最後の攻防
(想い一つでここまで変わるんだ……)
穏やかに眠るかのような表情を浮かべながら己の放つ光の中に消えていく村人たちとの魂を見てシモンは我が事ながら感動していた。今、自分が行ったのはカバラ十字の祓いを応用した浄化魔術だった。浄霊に関する魔術は前世でも習得出来なかった。前世で霊に関わると言えば大抵が黒魔術、妖術などで操られた悪霊でありそれに同情していてはこちらの命が危うい。だから問答無用で除霊をしてきたが今の様に浄霊が出来たのならもっと別の対処が出来たのではと思うと時間が戻せないことが分かっていてもやり直したいと考えずにはいられなかった。
シモンから放たれる光に飲まれサリナの姿が少しずつ薄れていく。それを見てファインマンはシモンの光を遮る様にサリナの魂を抱き締める。
「サリナ……サリナッ!!」
肉体のない魂の身の存在であってもサリナには傍にいて欲しい。魂が浄化され消える事になったとしてもそれで狂神を滅ぼす事が出来るのならとサリナや村人たちは覚悟している。それを覆す事はファインマンには出来ない。
「また俺は……お前を助ける事が出来なかった……俺は無力だ……すまない……許してくれ」
滂沱の涙を流して謝るファインマンの頬をサリナの魂が優しく撫でた。
「サリナ……」
ファインマンは少し驚いて腕の中のサリナの魂を見る。サリナはファインマンを優し気な眼差しで見つめながら何かを語っているのだがファインマンにはその声を聞き事が出来ない。読唇術が出来ないことが悔やまれる。
「サリナ……俺にはサリナがないを言っているのか分からないんだ……」
サリナはしょうがないなと呆れた様な顔になると口元に手を当て唇をゆっくりと動かす。ファインマンは唇の動きを読んでたどたどしくそれを呟いた。
「私は……死ぬんじゃない……生きる場所を変えるだけ……? 生きる場所って?」
サリナの魂はファインマンの胸元を指でつつきこう唇を動かした。
―――あなたの中で生きさせて。
何を言っているのかファインマンには分からなかった。どういう事か尋ねようとしたがそれは敵わなかった。ファインマンの腕の中からサリナが完全に消滅したからだ。
「ああ……サリナ……」
消滅したサリナの痕跡を求めるように自分を抱き締めるファインマンの腕の中に何か異物感があった。腕を開き異物の正体を見た。
「!? これは!?」
そこにあったのは真っ黒いな石の破片。小石くらいの小さな石の破片が宙に浮かびブルブルと振動していた。
「これはまさか神核か!?」
狂神を倒した際、稀に現れる謎の鉱石。狂神の核と思われる物質が己の腕の中にある。ファインマンは神核を掴み握り潰そうとする。小石程度なら何とか出来る、そう考えての行動だがその考えは甘かった。手の破壊する勢いで神核の破片は動き回り引っ張られる。
「クッ、コイツッ!?」
ファインマンの手を破壊せんとする勢いに耐えられずファインマンは神核の破片を手放した。神核の破片は意志が宿っているかのように上空に浮かびある高さで止まりさらに振動する。耳が痛くなるほどの振動音に答えるかのように周囲からも振動音が響き渡たる。
「他にも神核が多数!? ……そうかみんなも……逝ったのか」
一瞬サリナと他の村人たちの魂の冥福を祈ると上空の神核に目を向ける。
他の神核の破片は上空にある破片に集結し拳大の鉱石となった。村人たちの浄霊が済み、その中心にあった神核の破片が露わとなった。自分の身を守る鎧とも呼べる魂が無くなり浄霊の光を直に浴びる事となる。神核にとって浄霊の光は苦手な様でこれに対抗する為集結し球体となった。
「まだこんな抵抗しやがるのか!? いい加減しつこいぞ!!」
ファインマンは神格に上空の神核に向かって悪態を叫ぶが神核はそれを無視された。
神核の内部の神格は人の言う悪態など羽虫ほどの雑音でしかない。無視して眼下で不快な光を放つ魔術師と呼ばれる厄介な少年を憎々し気に見下ろしていた。
(あの少年から引き出した知識は自分たちにとっても有用で強力な物だが知識と引き換えにこちらが消滅するのでは割に合わない。もう少し知識を引き出したかったが……何をおいてもあの少年はここで殺しておかなければならない)
神核内部の神格はそう決意すると己の最後の力を使い神核の構造を変化させた。短槍の形態となった神核が眼下の光に向かって特攻を仕掛けた。短槍の切っ先には己の力全てを籠めた。切っ先に凝縮した己の力は浄化の光を物ともせず突き進む。この力ならば不快な光を突破し魔術師の少年の心臓を貫く事が出来るだろう。だが……。
シモンは己が放つ眩い光の中接近する黒い影を確認した。それはサリナや村人たちの魂とは違う明らかな異物。自分に対して明らかな殺意が突き刺さるのを肌で感じられた。
(まさか狂神が!? まだこんな力を持っていたのか!?)
迫りくる黒い影―――狂神の槍の先端に込められた力が浄化の光を切り裂きながら浄化の光の中心、最も光が強いシモンに向かって突進してくる。
(影の勢いが止まらない、このままじゃ!?)
そんな事を考える僅か数秒のうちに黒い影はシモンの胸元―――心臓めがけて突っ込んできた。
(あっ……これ避けられない)
数秒後に間違いなく訪れる死にシモンの思考は止まる。走馬燈すら見えてこない。そして集中力が乱れ魔術力も弱まり浄化の光の出力が落ちてしまった。狂神の槍の侵攻を食い止める事が出来ない。
「シモンッ!?」
「お兄ちゃん!?」
遅れて気が付いたルーナとファインマンが駆けだしたが間に合う訳がない。仮に間に合ったとしてもシモンの浄化の光に怯まない物を止める手立て等などある筈がない。己の身を盾としても食い止められず共倒れだろう。
魔術も武術も間に合わない、それでも打開策はないかとシモンは必死に考える。だが答えは出ず迫りくる槍を目で追う事しか出来なった。それ故にシモンは奇跡を目の当たりにする。あと数ミリで胸に狂神の槍が触れるという所で狂神の槍が止まっていたのだ。空間に固定されたかの様にピクリとも動かない狂神の槍。何がそれをしているのか目を凝らしシモンは驚愕した。
「まさかこれは……サリナさんや村人さんの手か?」
一見すると狂神の槍は空間に固定されているように見えるが視覚を霊的な物に切り替えてみると何十という手が狂神の槍を掴んで動きを止めているのが分かった。
「安らかに眠ってもらいたいのにそれを押して僕を助けてくれた……すみません……そしてありがとうございます。この一瞬を与えてくれてっ!!」
サリナ達の魂に対する感謝の念がシモンに力を与えてくれた。シモンの中の魔術中枢が唸りを上げて高速回転し呼吸も精神集中も無しに魔術力を練る事が出来た。シモンは右手に剣印を作り頭上に右手指先を掲げカバラ十字の祓い浄化式を行った。
「アテー・マルクト・ヴェケーブラー・ヴェケードゥラー・レ・オーラーム・アーメーンッ!!!!!!」
裂帛の呪文と共にシモンの体から放たれた浄化の光、この光を狂神の槍は至近距離で受ける。先程よりなお強い浄化の光を至近距離で受けてはどのような形状であったとしても関係ない。浄化の光を一身に受けた狂神の槍は悲鳴すら上げる暇もなく絶命、いや絶神した。その後どのような効果があったのか槍状だった物が球状に変形した後力を失いゴトリッと地面に落ちた。シモンはつま先でツンツンと突いてみるがピクリともせず気配を探ってみてようやく狂神が滅んだのだと悟りその場に膝をついた。
「やっと……終わった……」
シモンは長い長い安堵の息を吐き意識を手放した。しばらく何も考えず眠りにつきたかった。