第百二十五話 魂の中にいるのは……。
「何で……あんなに強いんですか?」
ルーナの治癒魔術で回復したファインマンにシモンは聞いてみた。隣でルーナもウンウンと頷き話を聞いている。
「ああ……それはな……」
ファインマンは顔面蒼白となり顔を引きつらせながら語ってくれた。
「前に話した事があったよな。サリナは何にでも興味を持つ娘だったと……」
「ええ、好奇心旺盛だと」
「そんな一言ですまない奴なんだよ……それでな俺がサリナの住むあの村に来るまでの遍歴を語ったら興味を持たれた訳だ」
「ファインマンの歴史に?」
「そうじゃなくて……戦闘技術に」
「ああ……」
シモンは納得した。ファインマンは自分の魔法の師匠と袂を分かち国を出た際、人の複製体を製造する魔法について記述された魔法書を盗んでいる。それがもとで国から刺客を放たれ何十年と逃げる事になるのだが、その刺客を退けるだけの戦闘技術がファインマンにはあったのだ。
「つまり……教えちゃったんですね。戦闘のイロハを」
ファインマンは頷く。
「身を守る術として教えたんだが……砂に水がしみ込むかの様なスピードで俺の技術を吸収、独自に工夫して……俺の手の届かないレベルにまで到達してしまった。サリナは才能があってそれでいて努力を怠らない……ああいうのを天才というんだろうな。だが……狂神には勝なわなかった。どれだけ凄い力を持っていたとしても勝てる存在じゃない。あれに遭遇するのは天災に遭遇したに等しい……」
「そんな相手と戦うには狂神と同等の存在……やはり偽神が必要」
「そういう訳だ。それでなんだが……新たな偽神を完成させるためにお前の複製体を使わせてくれないか?」
ファインマンが一瞬言い淀むが覚悟を決めると年下であるシモンを同等の者として言った。そしてシモンは「いいですよ」と即答で答えた。
「……駄目だというのは分かってる。だがそこを曲げてたの……え?」
即答されるとは思わなかったファインマンは間抜けな声を出してしまい思わず口元を押さえ目を見開く。
「なに間の抜けた顔をしてるんですか? だからいいって言ってるんですよ」
「でもお前……複製体を使う事に反対していただろ? 神殺しから抜ける事も考えてたんだろ?」
「それはそうですが……結局のところ狂神と戦うには偽神は不可欠です。狂神はすぐに巨大化―――今回の狂神は人間サイズにこだわっていましたが―――されると人では対抗出来ません。それを覆すには偽神が必要……偽神を作り上げるために僕の複製体が必要だと言うなら……」
幾万の複製体が切り刻まれる光景が脳裏をよぎり口ごもる。これから生み出され切り刻まれるであろう複製体の冥福を祈りながら苦し気に言った。
「……構いません、やって下さい」
「分かった……今度の偽神はどんな相手にも負けない、壊されない最強の物にして見せる。シモンの複製体たちを無駄にしない為にもな……」
「よろしくお願いします」
「……私からもよろしくお願いします。私の体でもあるんだからね」
ルーナにとって偽神はまさに己の肉体なのである。多少の傷なら膨大な魔術力で自己修復できるがそれを超える力を食らえば大破してしまう。これでは同調する事になるシモンを守る事が出来ない。自分の体の中でシモンが死ぬ事になったら自分で自分が許せなず自害すら辞さないだろう。そんな事をさせてはファインマンの沽券に関わる。故にファインマンはルーナに力強く微笑む。
「ああ、任せてくれ。ルーナがシモンを守り抜ける機体に仕上げて見せるからな」
「ウンッ」
しばらく間をおいてファインマンがサリナと村人たちの魂を指差す。
「……さて偽神についての話はここで終わらせるとして……次はこっちの話だな。サリナ達をどうするかだが……」
「そうですね……」
シモンは思い悩む。魔術師的観点から言えばサリナと村人たちの魂は除霊するべきだ。肉体から離れた魂というのはいわば城壁のない城の様なものだ、自分を保つ事など出来はしない。死霊を操るような魔法を使う者がいれば簡単に使役できてしまうだろう。そんな事になればファインマンは手が出せないどころか自ら命を差し出してしまうだろう。
そこまで考えてシモンはハッとした。どうしてファインマンを殴る事が出来たのだろうと。肉体のない魂だけの存在、例えるなら気体の様なものだ。気体が人を殴る何て出来るはずがない。それを可能とする何かがサリナ達の中にはある。そう考えたシモンはサリナ達が危険だと判断し右手で剣印を作る。魔術中枢の起動率は悪く魔術力の回復が悪いがそれでもこの魂たちを除霊しなければと目を閉じ呼吸を整え少ない魔術力を練る。
そんなシモンの行動に気が付かないファインマンは明るい声でサリナ達に話しかける。
「みんな……村に戻らないか?」
この一言にサリナと村人たちの魂が騒めく。といってもファインマンにはその声が聞こえない。あくまで雰囲気でそう感じるだけであるのだが。
「今も普通に生活出来るよう管理しているんだ……みんなは生きているというのとは少し違うがそれでも家に火が……営みが戻るのかと思うと俺は……」
道には人々が行きかい何気ない日常の事を話し笑い合う。ちょっとした諍いがあっても次の日には共に酒を飲みかわす。夜になれば夕餉を作る為に家々に火が灯る、本来あったであろう日常が戻ってくる。そんな日常を夢見ていたファインマンには嬉しくてたまらなかった。だがサリナと村人たちの魂が少し悲しげに笑うと首を横に振った。
「何でだよっ!?」
思わず語気を荒くするファインマンにサリナは答える。だがサリナの声はファインマンには効く事が出来なかった。
「シモンッ!!」
魔術力の集中に没頭していたシモンはファインマンの語気荒げた声に驚き集中を乱しながら目を見開く。
「……通訳を頼む」
一転してファインマンの悲しげな表情を痛々しく思いながらもシモンは読唇術でサリナが何を言っているのか読み取る。
「……? どういう事?」
「サリナは何て言ってるんだ?」
「それが……自分たちを細かく精査してみろと。僕だったら分かるだろうと」
意味は分からないが言う通りシモンは視覚を物理次元から霊的次元に切り替えサリナ達の魂を詳しく精査する。そしてサリナ達の体の中心にある物に驚愕する。
「これはまさか……信じられない……」
「シモン、何か分かったのか?」
「……サリナさんを含めた全員の魂の中心に……神核があります」
「神核だとっ!?」
狂神を倒した際、稀に現れる正体不明の物質。回収できた物を調査しているが未だに解明出来てはいない。それがサリナ達の魂の中心にあり、この世界に存在するための力を与えていた。今は力を与えているがやがては魂を侵食し復活する為の糧とするつもりだろう。
「そんな……またか……また俺はサリナを助ける事が出来ないのか……」
魂とはいえ狂神から救い出す事が出来たというのみまた見殺しにするのかとファインマンの悲痛な声をで膝をつく。
そんなファインマンを気の毒そうに見つめるシモンに向けてサリナは唇を動かす。シモンはそれに気が付いて読唇術でそれを読み、そして苦し気に呻いた。
「……お兄ちゃん、サリナさんは何て言ってるの?」
ルーナが心配げに尋ね、それにシモンは唇をかみしめて答えた。
「……自分たちごと狂神を倒してくれって言ってる」
「そんな……」
それを聞いてファインマンはシモンの膝に縋りついた。
「止めてくれシモン……そんな事したらサリナがまたいなくなってしまう。二度も俺の目の前から居なくなる何て耐えられない……」
シモンはファインマンの必死さに狼狽えそして狂神に対しては……。
サリナ達の魂の中に避難すれば手を出す事が出来ない。人の情を利用した狂神らしからぬ狡猾さは人としては怒りを覚えるが魔術師としては見事というより他なかった。