第百二十二話 太陽召喚魔術の種明かし
「アレ……何!?」
空から謎の光の粒が遠くにいるファインマンに降り注がれているのを見てルーナは足元の仮面の浮遊移動を停止、地面に着地する。そして腕の中で目を閉じて微動だにしないシモンに呼び掛ける。
「お兄ちゃん……お兄ちゃん、起きてっ!?」
「ファッ!?」
シモンは寝ぼけ眼を擦りながら目を覚ます。
「お兄ちゃん、寝てたの?」
「いいや、寝てないよ。魔術中枢の回復に全集中してたんだよ……ホントだよ」
シモンが言い訳がましく言う。
「何でそんなに慌ててるんだか……それよりお兄ちゃん、あれ見て」
ルーナはシモンを両腕でシモンは抱っこして指差す事が出来ない為、顎で前方をしゃくって注意を促す。
「あれって……あれは……」
シモンは眼を細めて光の粒を見る。そしてルーナが暗い情念めいたオーラを発しブツブツと呟き出す。
「……そうか……またくたばっていないのか……台所に出てくる害虫並みにしぶとい……今度こそ叩き潰してやる!!」
ルーナが呪文の詠唱を始め、シモンが慌てて止めた。
「ちょっと待ったっ!! 今魔術で攻撃したらファインマンさんも巻き込まれるっ!!」
「あっ……それもそうだね」
ルーナが照れ隠しにテヘッと笑い舌を出す。
「あっじゃないよ全く……状況をよく見極めないと……あれは攻撃じゃないから」
「……どうしてお兄ちゃんにそれが分かるの?」
「魔術中枢の回復に努めてたからね。攻撃や召喚なんかはまだ出来ないけどちょっとした霊視なら出来るんだ。あの光の粒は攻撃じゃない。それは断言できる」
「ならあの光の粒は一体?」
「それは見てのお楽しみってところかな」
「イジワルしないで教えてよ」
シモンは意味ありげに笑うだけで何も答えない。
「教えてよ……」
「だから見てのお楽しみだって。ほら、足を止めないで前進、前進」
「ウ~……せめてヒントを教えてよ」
「ヒントねえ……感動の再会ってところかな」
「感動の再会?」
「これ以上は答えない。それより早く進んでよ」
「そんなに急かすのなら自分で歩いてよ……」
答えを教えてもらえないもどかしさにルーナはブツブツ言いながら足元の仮面を再び浮かび上がらせ前進する。
ファインマン前の距離が十メートルほどになった時、ファインマンの周りに降り注がれていた光の粒に変化が起こった。光の粒を中心にして映像が浮かび上がる。それは人の姿だった。半透明状の老若男女がファインマンを中心に周りを囲うその光景は異様だった。
「お、お兄ちゃん!! この人―――なのかな?―――たちは一体!?」
ルーナは驚きその場で止まってしまう。
「大丈夫、この人たちは狂神に取り込まれそして狂神が力を増幅する為に作り出した偽りの空を構成する為に使われた人たちの魂だ」
「人の魂? どうしてお兄ちゃんがそうだと分かるの?」
「それもそうだね……少し説明しておこうか。ルーナにも応用できる事だし……」
そう言ってシモンが説明し始めた。
金星というこの世界になない星、そして夜明け前に輝く宵の明星を再現した時点でシモンの知識を元にして己を強化している事はすぐに理解出来た。だがそれ故に穴がある。シモンの知識を元にしているのなら強化を逆転する方法もシモンならすぐに気づく。そこでこの偽りの空をどうやって作り出しているのかを観るために霊視を行った。そして見えたのは苦しみで歪む人々の顔だった。その顔たちは己の魂を歪められた事による苦痛の声、そして己をこんな風に変容させた狂神に対する怨嗟の声を漏らしていた。
狂神に強い恨みを持つ魂ならこちらも手が打てる、そう考えたシモンは人々の魂に思念を飛ばしこう提案した。
―――自分らの魂をオモチャのようにこねくり回す狂った神に一矢向きたくはないか。
この思念に魂たちの苦痛や怨嗟の声は一瞬止まり次の瞬間、応っと応えた。それからは話が早かった。シモンとルーナが行った太陽召喚の魔術による火と風の魔術力が空の状態を固定する役割があった幾何学模様を破壊させ、太陽を動かし夜明けを夕方に切り替える事が出来たのだ。
「……フーン、夜明けを夕方に切り替えたあの魔術は私とお兄ちゃんだけじゃない、他の人達の協力があっての事だったんだねえ」
「そういう事。魔術なんて特別な事が出来るけどそれだけじゃ出来る事は少ない。何かを成すとするなら人の協力は不可欠って事。それに力任せに何でもやるんじゃなくて状況を分析して適切な手段を取る事が肝要だね」
「急に含蓄のある事を言い出した」
ルーナがちょっと驚いた顔をしてシモンを凝視した。
「その視線はどういう意味」
ルーナが誤魔化す様に乾いた笑い声を上げながらちょっとした、だが重大かもしれない疑問を漏らした。
「でも今回の狂神は少し変わっていたね」
「変わっていた?」
「狂神っていわば神だよね。そんな存在にとって人の魂なんて食料と変わらないのに今回の狂神は人の魂を己の強化のために使ってきた」
「言われてみれば……」
ルーナに言われてシモンはハッとした。狂神が人をこんな風に使う事は今までなかった。考えようによっては人間臭い戦法を使ってきたと言えるのではないだろうか。弱者が強者にかつための手段を強者が使ってきた。これが今回だけならいいが今後も続く様なら人が勝つ事は……。
「……マズい事になるな」
「……お兄ちゃん?」
思考に没頭しそうになったシモンだがルーナの不安げな視線に気が付き頭振って不安を振り払う。
「今考えてもしょうがない。それよりあの人達の元に向かおう。じゃないと感動の瞬間を見逃してしまう」
「? それってどういう……分かった。じゃあ急ぐよっ!!」
ルーナ足元に魔術力を籠め急発進した。