第百二十一話 魔術のフィードバック、懐かしい人々との再会
「エル……オー……ヒー……ム……」
シモンは体の中を過剰に巡る火の魔術力に苦しみ体を震わせながらも空中に五芒星を描く。大天使ミカエルの召喚魔術を行った時とは逆の順番だ。今シモンが行っているのは退去魔術。召喚魔術が神や精霊、天使を呼び出す魔術だとすると退去魔術はその逆、呼び出した存在を元の世界に戻す魔術。召喚と退去はセットとなる魔術であり呼び出した存在を元の世界に戻してそれから別の魔術を行うのが通常だがシモンはそれを破り天使ミカエルを召喚した状態で更に太陽を動かす為、追加で火の魔術を行うという禁忌を犯した。その禁忌によるフィードバックはシモンを苦しめたがそれを驚異的な精神力で耐え退去魔術を行う事が出来た。
退去魔術の終了と共に火の魔術力は落ち着き、内側から焼き尽くさんとする灼熱感が収まった。
「フウ……」
安堵の息を吐くと同時に糸が切れたかのようにシモンは膝をついた。
「お兄ちゃん、大丈夫……」
退去魔術を終えた途端膝をついたシモンにルーナは駆け寄り心配げに声をかける。
「大丈夫じゃないかも……」
シモンは力無げに呟き眼を閉じて自分の状態をチェックする。
「ちょっとマズいな……体力が……魔術中枢がの動きが極端に落ちている。しばらくは……魔術が使えない……」
シモンは力無げに呟く。
「魔術が使えないって……」
「魔術を重複して使用した事による……フィードバックだ……」
魔術というのは高度な物になればなるほど体にかかる負担大きくなり制御が難しくなる。それなのに大天使ミカエルの召喚に合わせ太陽を動かす魔術も同時に行った。その結果、体にとてつもない負担がかかり魔術行使が出来ないという事態に陥った。
「この状態で戦う事になったら……」
もしもを想像し身を震わせる。少しでも早く回復しなければと四拍呼吸を行い魔術中枢の回転率を少しでも上げることを試みる。
「だったら……だったら私がお兄ちゃんを守るよ!!」
「ルーナ……」
ルーナの確固たる意志が籠った声に驚いて見上げる。思わず見つめたルーナの目には決意の光が宿っていた。これなら頼れるとシモンは考える。
「……よろしく頼むよ」
シモンは仰向けに寝ると目を閉じ意識を内側の魔術中枢に向け回復に集中する。
「頼まれたよっ!!」
ルーナは力強く頷きルーナはシモンの両ひざの裏側と背中に手を回しヒョイッと持ち上げた。シモンは思わず目を見開き自分が今どうなっているのか確認して驚く。
「お姫様抱っこはちょっと情けないとして……どうして僕を持ち上げる事が出来たんだ?」
今のルーナの姿は聖霊石から映し出された映像である筈だ。生身の肉体を持ち上げる何て芸当出来るはずがない。これは一体どういう事なのか。シモンの疑問を察したルーナは何でもないというように説明する。
「魔術力の出力を調整して肉体と同じ強度を持たせてみたんだよ」
「そんな事が……」
シモンは驚かずにはいられなかった。仙道という東洋系の魔術には氣と呼ばれる生命エネルギーを強固に練り上げる事で見る事はもちろん触る事も出来る分身を作る陽神という術があるのだがルーナが行っているのはまさにそれである。
いつの間にこんな事がとシモンが驚いている事に気を良くしたルーナはさら調子に乗った。
「さらに行くよぉ~」
ルーナの仮想体の下は本体である聖霊石とそれが収まった仮面があるのだが仮面が地面から数センチ浮かび上がりスーッと滑るように移動し始めたのだ。歩くより少し早いくらいの速度だがこの状態を維持出来るという事は驚異的だ。空中浮遊の魔術はとてつもなく魔術力を消費するのだが見た感じルーナには負担を感じられない。
「こんなことまで出来るとは……ルーナの上達には驚くばかりだ」
「お兄ちゃんにそう言われると嬉しいなあ……しかしお兄ちゃん、少し軽いんじゃない? ちゃんと食べてる? 食が細そうだから心配だなあ」
「そこは余計なお世話」
シモンはルーナにチョップを食らわせた。
「イタイッ、ひどいよお兄ちゃん」
「何も聞こえません」
シモンはそっぽを向いて耳を塞ぐ。
「冗談はさておきファインマンさんと合流しよう。狂神は倒したし危険はないだろうけど……何が起こるか分からない。いざという時は……」
「ウンッ」
ルーナは頷き足元の仮面をホバー運転で走らせファインマンの元へと向かった。
ファインマンはその場に座り込んだ。予想以上に体力を消耗している。先程まで身の内に猛けっていた力が潮が引くかのように失われているのが感じられた。
「……狂神を倒したと見て大天使ミカエルとやらを元の世界に戻したのか……」
ファインマンはそれとなく鳩尾のダンジョン・コアに触れ弱いモンスターを召喚してみようとしたがうんともすんとも言わない。やはり大天使ミカエルを身に宿していた時だけの特殊能力だったようだ。
「惜しいな……」
ファインマンが残念そうに呟く。
「しかし……仇が取れたな……狂神との因縁にも方を付けることが出来た」
ファインマンは空を見上げその向こうにいるであろう人々に話しかける。
「皆も……サリナも……安らかに……!?」
ファインマンは最後まで言う事が出来なかった。そして驚愕に大きく目を見開いた。空からキラキラと輝く光の粒の様な物がファインマンに降り注がれていたからだ。熱くもなければ冷たくもない、攻撃的な意志は感じられないがここは先程まで狂神と人との戦場だったのだ。狂神の最後の攻撃ではと警戒したファインマンはこの場から離れようと立ち上がるが足にうまく力が入らず膝をつく。
「少し……マズいな……」
光の粒が降り注ぐ範囲の外に出ようと這いつくばりながら移動するファインマンの目の前で光の粒に変化が起こった。光の粒が強く輝き出し目を開く事が出来ない程の光となる。
「クッ……やはり……狂神の攻撃……」
体はうまく動かない、ダンジョン・コアは地上では役に立たない、戦う術がない、万事休すとファインマンは身を固め強く目を閉じる。だが、いつまでたっても攻撃は来なかった。
「どういう事だ? 攻撃じゃないのか?」
ファインマンはゆっくりと目を開く。そして目に入って来た光景に目を大きく見開き震えた声でそれに声をかける。
「みんな……何で……狂神に食われたみんながどうして……」
ファインマンを囲うように立っている光に包まれた人々はかつてファインマンと寝食を共にし親交を深め合った廃村の人々だった。
「みんな……」
懐かしい人々の姿に感涙の涙を流すファインマンは辺りを見渡し最も想う人の姿がない事に気付く。
「サリナは……サリナはどこに!?」
その言葉に意を得たというように村人たちは頷きファインマンの正面の人々が左右に別れ道を作る。その先にいる一人の女性の姿にファインマンは更に大粒の涙をこぼし叫んだ。
「サリナッ!!」
サリナ・ハロウス―――ルーナ達の姿の元となり、旧偽神の人工筋肉の素体となった女性だった。
ファインマンは力の入らない足を叩いて活を入れ無理矢理立ち上がる。サリナとの距離は約十メートル、今のファインマンにはとてつもなく遠い距離だがそれでも行かなければならないと気力を振り絞り一歩、また一歩と踏みしめる。そして後数歩という所まで来た。サリナは両手を広げ自分の元に来るのを待っていてくれた。
「サリナ……」
ファインマンは倒れ込むようにサリナの胸元に……。