第百十七話 大天使ミカエルの力、不死性の謎
遥か天空から地上を見下ろす大天使ミカエル。かつての怨敵と似た者を見下ろしていたが不意に目をそらし別の者を探し始めた。その視線はシモンたちに向き目的の者を見つけた。
「? おい、シモン。お前が呼び出した大天使ミカエリとやらはどうして俺を凝視しているんだ? 何か圧がスゴいんだが……」
大天使ミカエルはファインマンを直視しており視線が強く突き刺さる。その圧に冷や汗がにじみ出る。
「……ミカエルですっ!! 何故凝視しているのかというと……」
シモンは気配を殺してファインマンの背後に回りこみドンッと突き飛ばした。
「!? 何をっ!?」
驚いて目を向きながらシモンを問い詰める。それに対しシモンは両手を合わせた頭を下げる。
「ゴメンナサイッ!!」
「ゴメンってお前……」
何のつもりかと問おうとした時大天使ミカエルに変化が起こった。大天使ミカエルは天使の姿から元の火球に戻り地上に落下し始めたのだ。目標は狂神ではなく……ファインマンだ。
「!? オイ、あれ何で俺に向かって……ゴメンってこの事か!? お前敵じゃなくて味方を攻撃してどうするんだっ!?」
背を向けて逃げようとするが火球は巨大で全速力で走っても効果範囲外に出れない。
「恨むぞぉぉぉぉ!!!!」
個の叫びの後ファインマンは火球に飲み込まれチュドーンッという効果音が聞こえそうな大爆発が引き起こされた。
(……一体何をやっているのだろう?)
シモンの複製体―――狂神は不思議そうな顔で首を傾げた。自分とは異質なそれでいて自分に匹敵する炎を纏った敵。自分を攻撃してきたかと思ったら今度は仲間を攻撃。訳が分からないが仲間割れをしてくれるのなら都合がいいと狂神はしばらく様子を見る事にした。だがこれが失敗だった。シモンの知識を持っているのなら自分を地に落とした相手についても分かる筈なのだから。ここで追撃をすれば勝敗は変わっていたがはずだ。
「グァァァァァァッ!!!!!!」
紅蓮の炎に包まれ身を焼かれるファインマンはのたうち回り悲鳴を上げる。
「ファインマンさん、落ち着いてくださいっ!!」
シモンが背後から声をかける。ファインマンがのたうち回るを止めシモンをギッと睨む。
「落ち着けってってお前、炎に焼かれてるんだから落ち着けるかっ!! コノヤロー……ってあれ? 熱くない。それどころか……」
ファインマンはゆっくりと立ち上がり目を閉じる。自分の内から活火山のマグマが如く湧き上がる謎の力に息を飲む。この力に鳩尾のダンジョン・コアが反応し赤銅色に輝く。
「何なんだこの力は……シモン、俺に何をしたんだっ!?」
「召喚魔術を行ったんですよ」
「召喚魔術? 召喚魔法とは何か違うのか?」
落ち着きを取り戻したファインマンが疑問を口にする。自分の知っている召喚魔法とは質が違うような気がしたからだ。
「魔法の召喚は魔術でいうなら喚起魔術になります。天使や精霊、神々などを呼び出して使役する、それが喚起魔術。それに対して魔術の召喚は呼び出した天使や精霊、神々と一体化しその力を得る魔術。今、ファインマンさんは大天使ミカエルと一体化しその力を使える状態にあります」
「大天使ミカエルとやらと俺が一体化? それでこの力か……」
一見すると身体強化の魔法と似ているがこの召喚魔術はそれ以上の力があった。身体能力の向上はもちろん様々な力を付与されている。これなら狂神に負ける事はないだろう。
「だがどうして俺にその召喚魔術を使ったんだ? お前が戦った方がいいだろうに」
ファインマンは魔法力を必要以上に消耗し戦力とならない。シモン本人がミカエルの力を使った方が理に適っているというなのにそれを何故ファインマンに使ったのか。
「それはですね……ファインマンさんが倒すべきだと思ったからです」
シモンが神妙は面持ちでそう言った。
「俺が……倒すべき敵?」
「最愛の人を目の前で食べたあの狂神を倒す資格があるのは僕じゃない。ファインマンさんだと思ったから……だからあなたが殺るべきだ」
「そうか……俺に殺らせてくれるのか……」
ファインマンがそう呟い笑った。口角がつり上げた凄みのある笑みにシモンはゴクリッとツバを飲む。そんなシモンに背を向けシモンの複製体―――狂神の方を向く。
「しかしシモン……いいのか? お前の見せ場が無くなるぞ」
ファインマンが冗談めかして言う。シモンはそれに吹き出す。
「ええ、チリ一つ残さず殺っちゃってください」
「……ああ、分かった」
ファインマンは強く踏み込み走り出す。尋常ではないスピードで走り狂神の間合いに入る。一瞬で間合いに入られた事で狂神の反応が遅れた。ファインマンは右拳を強く握りしめ狂神の顔面に拳を入れた。拳には炎が宿り打撃と同時に皮膚を焼くという攻撃が付与され攻撃力が強化されていた。その攻撃により狂神は数十メートル先までは吹っ飛ばされる。
「……何だ、この攻撃力は?」
自分の拳から噴き出した炎をファインマンは不思議そうに見つめる。拳から出る炎は自分の拳を焼いていないのに狂神にはしっかりと効果が出ている。
「これが大天使ミカエルの力か? もしかしてこいつも影響が……」
ファインマンは鳩尾のダンジョン・コアに触れる。地下限定で力が発揮されるこの宝玉も大天使ミカエルの力を受けている。もしかしてと触れてみると反応があった。
「やっぱり……それに今のこの力なら地上でも呼び出せるかもしれないっ!!」
ファインマンがダンジョン・コアに魔法力を流し込み、登録されている最強種を召喚する。ダンジョンの最奥でボスとして登録されているモンスター。それはファインマンの背後の空間を切り裂いて姿を現した。全長二十メートルはあると思われる紅色の鱗を持つレッドドラゴン。
「出来たっ!! なら……攻撃だっ!!」
ファインマンの命令に応えレッドドラゴンが巨大な顎を開く。巨大な顎の中は全てを飲み込みそうな暗闇だった。その暗闇の中に小さな赤い炎が灯る。赤い炎は秒で広がり暗闇を飲み込む。普通ならこの状態で炎を放つのだがこのレッドドラゴン、大天使ミカエルの影響を受けているのかこの赤い炎に更に力を送り込み凝縮する。そうする事で赤い炎が青い炎に変化する。赤い炎より青い炎の方がより高温とされている。その高温がレッドドラゴンの口腔を焼く。己の顎でさえ焼き尽くさんとする強力な炎を狂神に向かって放つ。ドラゴンの代表格的な攻撃、ドラゴンブレスが狂神を襲う。
狂神は自分に迫る死の炎に恐怖し咄嗟に十二の翼で己を包み込み防御する。ある存在の知識を用いて強化した力ならどんな攻撃であろうと防御出来る筈だった。だがファインマンの身に宿る大天使ミカエルはその存在を地の底に叩きこんだ相手なのだ。その力を受け強化されたドラゴンブレスを防御出来るものではなかった。十二の翼は一瞬にして焼き尽くされ本体である狂神は細胞一つ残さず消滅した。
この結果にファインマンは感極まった声を出す。
「仇は討ったぞ……サリナ」
最愛の妻や村の人々を思いファインマンは空を見上げる。そしてふと疑問に思った。空を覆う幾何学模様が消えていない。まさかと思ったファインマンに答えるように空に光が走る。そしてレッドドラゴンの頭部に光が直撃し、抵抗する間もなくレッドドラゴンの頭部が消滅した。レッドドラゴンは糸が切れたかのように大地に倒れ霞に溶けるように消滅した。
光が放たれたその根元にファインマンが視線を移す。そこはドラゴンブレスの爆心地、狂神が消滅した場所。そこに狂神が何事もなかった様に立っていた。
「何故だっ!?」
そう叫ぶファインマンに対して狂神は菩薩が如きおだやかな微笑を浮かべ無慈悲に間合いを詰める。
「クゥッ!!」
ファインマンは咄嗟に鳩尾のダンジョン・コアに触れ小楯と小剣を創造しそれを装備する。そして狂神が放つ崩拳を小盾で捌き、小剣で牽制する。ファインマンは攻撃より防御に念頭を置いた動きを見せた。
レッドドラゴンのドラゴンブレスに消滅したはずなのに何事もなかったかのように復活した。その謎が分からなければドラゴンブレス以上の攻撃をしても意味がない。
(頼むシモン……謎を解いてくれ)
それまでの時間稼ぎをするためにファインマンは攻撃力を上げるより防御力の高い武器と防具を作り出し時間稼ぎに専念する事にした。