第八話 戦いの後、目を覚まして隣にいたのは……
―――暗闇を見つめていた。
四方八方無限に広がる無明の闇。シモンはそれをただ眺めていた。どれくらい見つめていたのだろうか。その暗闇に変化が起こった。シミの様な小さな白い点。それはゆっくりと広がってき、その中から現れた人物を見て、凍り付いていた感情が揺り起こされ、涙を流しながらかすれた声を出す。
「お父さん、お母さん……ルルちゃん」
グラシュとリーベル、ルルはシモンに笑顔を見せ手を伸ばす。
「シモン」
「シモンちゃん」
「シモン君」
シモンは震える手でルルたちに手を伸ばす。
「みんな……生きていたんだね」
シモンはルルたちの元に歩み寄り抱き締めるがとスルリとすり抜けてしまう。驚きながら後ろを振り向く。ルルたちの背後に突如狂神が出現する。
「狂神が何でここに!?」
狂神は哄笑しながら黒いオーラを放出しルルたちを包み込む。ルルたちの体がほどけひも状になり狂神に吸い込まれていく。
「ヤメロ……ヤメロ……みんなを食べるなあ!」
シモンはベットから跳ね起きた。
悪夢を見ていたせいか全身に嫌な汗を掻いている。
「クソッ! 何なんだあの狂神というのは……」
シモンは怒りに任せて毛布を叩くが勢いがない。体に力が入らず妙にだるい。だが今は体に力が入らないのが功を奏する。叩いた個所が不自然に盛り上がっており、そこから「ンンッ」という声が聞こえてきたのだから。シモンは不思議に思い毛布を持ち上げる。そしてそこにいた人物を見て思わず悲鳴を上げそうになるが両手で口を押さえ声を押し殺す。
「何、どういう事!? どうして隣りに女の子が寝てるんだ。それも……ハダカで!?」
裸の女の子が隣で寝ているというインパクトが強すぎて今がいつでここがどこなのかまず最初に考えるべき疑問が一気に吹き飛んでしまった。女の子が目を覚ます前にここから逃げようと考え立ち上がろうとしたが体に力が入らない。
「どうしよう……」
「ウウ~ン……サムい」
毛布を持ち上げた際、女の子から毛布をずらしたため外気が直じ当たり目を覚ましてしまったようだ。
女の子が上半身を起こし大きく欠伸をする。背伸びをし数回瞬きしシモンと目が合った。まだ意識がはっきりしないのか眠気まなこでシモンを凝視する。
シモンは引きつった表情で少女を凝視する。
目の前の少女は目が覚めるという表現が本当に出来るぐらいの美少女だった。年の頃は十五才位か。血が通っているのかと疑うくらいの白いきめ細やかな肌。雪の様な真っ白な長い白髪。対照的に瞳や唇は血のように赤い。目を奪われるくらいの神秘的な美少女だった。
(こっちの世界じゃどういわれているのか分からないけどこの子、先天性欠乏症―――アルピノだ)
そんな事を考えているうちに少女の頭ははっきりしてきたようだった。そして顔がみるみる赤くなる。怒り半分恥ずかしさ半分という微妙な表情をしたかと思ったら右手で毛布を掴み前を隠し、左手を大きく振りかぶった。そして空を切り裂きシモンの右頬に平手打ちを炸裂させた。目の前に星が散ったかと思ったらすぐに暗闇なった。
(僕、何も悪い事してないよね。なのに……これは……理不尽だ……)
それがシモンの最後の思考だった。
シモンの後頭部に何やら柔らかい感触があった。夢うつつでボンヤリしながらもこの感触のいい枕をもっといい位置に持っていきたいと手を伸ばし、柔らかい物に手が触れる。手に感じる柔らかさが気持ちよくさらに揉みしだく。「ヒャンッ」という声が耳に入りシモンは目を開いた。そこにあったのは真っ赤な顔でこちらを睨む赤い瞳。
「これはワザとやっているのかな……見かけによらず肉食系?」
「これはって……」
シモンは手を伸ばした先とどういう体勢になっているのかを確認する。シモンは今ベットに横たわられていた。そしてシモンの後頭部にある柔らかい物は神秘的な少女の太ももだった。
(膝枕をしてもらっているとすると今手を伸ばしてしかも揉みしだいているのは……)
シモンは肝が冷えた。今手を伸ばしているのは少女の柔らかい臀部だったのだ。
「あの、これは心地の良い枕を動かそうとした結果であって、決してあなたのオシリを揉みしだこうとした訳では……」
必死で言い訳をするシモンの頭上で再び少女が右手を振り上げる。
(ああ、また気を失うのか)
シモンが諦めて目を閉じる。次に来るであろう衝撃と激痛はいつまでも来なかった。襲る襲う目を開くと少女は右手を左手で押さえていた。
「体力のない少年を何度も殴る何てよくないね」
少女は表情を引きつらせながらも必死に怒りを抑え、右手でシモンの頭を撫でる。
「ありがとうございます」
「お礼はいいから手を引っ込めてくれるかな?」
「スミマセンッ!!」
シモンは慌てて手を引っ込め起き上がろうとするが少女に肩を押さえられ起き上がる事が出来ない。
「あの……」
「いいから寝て居なさい。これは少年に対するお詫びなnだから」
「お詫び?」
「私、あなたの隣で寝ていたでしょう」
「隣で……」
シモンは少女の美しい裸体を思い出す前に両頬を引っ張られた。
「今、思い出そうとした映像は消去しなさい」
「ヒタイレス。ファカリマシタ」
少女が頬から手を離す。ひりひりと痛む頬を擦りながらシモンは尋ねる。
「それで……どうして僕の隣りでその……あんな格好で寝てたんですか?」
少女は言葉に詰まりながらも語り始める。
「君の今いる部屋って私の昼寝スポットなのよ」
「昼寝スポット……」
そう言われてシモンは今いる部屋を見渡す。広い部屋だった。そこに人が数人寝れるであろう広いベットにソファーとテーブル。テラスへと続くガラス戸は全開となっており心地の良い穏やかな風が入ってくる。日差しもあって成程眠気を誘われる。確かに昼寝するにはもってこいの部屋だった。
「君を保護してから三日、中々目覚めないし昼寝してもいいかなと」
「それで僕の隣りで……で、その……どうしてあんな格好で眠っていたんですか?」
少女はしばらく逡巡したが意を決して話した。
「……寝る時は脱ぐ方で……」
シモンは思いっきりため息をついた。
「……理不尽」
「エッ?」
「ハダカを見られたって自業自得じゃないですか。それなのに殴られるって凄い理不尽」
「それに関しては謝るわ。だからこうやって膝枕もしてあげてるんじゃない。役得でしょ」
「それはそうだけど……もういいです。それよりもっと根本的な事を聞きたいんですけどあなたは誰でここはどこなんですか?」
「私は……」
しばらく押し黙り口元に笑みを浮かべた。ニヤリという擬音が聞こえてきそうだ。
「ちょっと気が変わった。私の名前を当ててみて」
突然の事でシモンは動揺する。
「ちょっと待って下さい。お姉さんの名前なんて知りませんよ?」
「それはヒドイな。私は君と話もしてるし、よく思い出してみて」
「会った事がある? いいや、絶対に会った事はないです。お姉さんみたいな……その、キレイな人、一度会ったら絶対忘れるはずがないですよ」
シモンの言葉に少女は満面の笑みを浮かべる。
「あら、アリガト。キレイだなんて言われるとヒントの一つもあげたくなるわね」
「ヒントと言わず答えを」
「それじゃ面白くないからダメ。それでヒント何だけど私は面と向かって会った事はないけど声は聞いた事があるはずなの。私の声をよく聞いて思い出してみて」
「お姉さんの声」
「そうそう」
シモンは目を閉じて少女の声を聞いてみる。確かに琴線に触れるものがある。面と向かって話してはいないが何か越しには話をしているのではないだろうか。
(どこだ、どこでこのお姉さんの声を聞いている? ここ最近の話だよな絶対)
数秒考えてハッとする。
(偽神!? そうだ青い方の偽神の声がこのお姉さんの声と似ている)
「青い方の偽神、確かサリナって呼ばれてた。もしかして……」
少女は意を得たりという感じでにやりと笑った。
「正解。私はサリナ・ハロウス、三才。青の偽神、機体名インディ・ゴウのメインパイロットよ」
「? 三才? 冗談ですか?」
サリナは口元を押さえ引きつった笑みを浮かべる。
「そ、そうよ冗談。私は……十五才、ピチピチの十五才よ」
シモンは追及しようとしたが聞いて欲しくなさそうな空気を感じそれ以上聞く事が出来なかった。
「まあ、冗談はここ前として……ここは一体どこなんですか?」
シモンは少女―――サリナ・ハロウスに聞きながら考える。考えるにここはサリナが属する組織が所有する施設ではないのだろうか。
「……ここは私たち神殺しの基地、対狂神迎撃基地サフィーナ・ソフ。古語で意味は空の箱舟」
シモンはふと疑問に思う。
「箱舟ってここは船の上なんですか? それにしては揺れはないし自然も豊かだし船の上とは思えないんですが」
「確かにそう思うよね。君が動けるんなら案内するんだけど今は無理そうね。一望できるところから見れば意味が分かるんだけど」
「すみません」
「謝る事はないよ少年……そう言えば君の名前は?」
ここに来て自分の名前をまだ名乗っていない事に気付いた。狂神との闘いの時は名乗る暇がなかった。シモンはコホンと一度咳き込み名乗りを上げた。
「僕はシモン・リーランド。この世界唯一の魔術師です」
「魔術師?」
サリナは首を傾げた。
(魔法使いと何が違うのかな。でも狂神に対抗する存在を呼び出したあの術は魔法とは異質だった)
自分の太ももに頭を預けている少年が見た目と違い異質な存在である事をサリナは思い出していた。