第百十二話 狂神が使う……?
シモンの複製体を包囲しているモンスターは十二対の光の翼の攻撃により塩の柱と化している。広範囲の攻撃ではない為、全滅とはならないがそれも時間の問題だ。
(あの翼の攻撃は厄介だな。あれに耐えつつ攻撃する事が可能なモンスターか……)
ファインマンは仇の狂神を目の前にして感情を抑える事が出来ず暴走、無駄に大量のモンスターを召喚してしまった。ダンジョン・コアを起動する為の魔法力が尽きかけている。
(ドラゴンでも呼び出すか……ダメだ、呼び出す為の魔法力が足りない。呼び出せるのは数ランクレベル落ちしたのが数体のみ。それを呼び出したら俺はもう戦力外、戦う事が出来ない。故に失敗は許されない!!)
ファインマンはダンジョン・コアに登録されているモンスターを検索し希望に叶うモンスターを選択、鳩尾のダンジョン・コアに魔法力を流し込みモンスターを召喚する。
「来い、黒騎士!! 白騎士!!」
ファインマンの呼びかけに呼応するように前方の地面から二つの光柱が立ち上りその中から約三メートル強の巨人が二体躍り出る。白騎士と呼ばれた方は白銀の全身鎧を身に纏い、白銀の大剣を携えている。それに対して黒騎士は身に纏う鎧は漆黒、携える大剣も漆黒という白、黒共にわかりやすい。
「……行けっ!!」
全身に広がる脱力感を押しのけながら召喚者であるファインマンは命令する。それに呼応して二体の騎士は動く。白騎士、黒騎士共に大剣を振り上げシモンの複製体に迫る。それを黙ってみているシモンの複製体ではなく十二対の翼から生物を塩の柱に変える白光を放ち、白騎士、黒騎士の迎撃にかかる。無差別に放たれる十二の光を黒騎士は素早さで躱しシモンの複製体の間合いに入る。一方白騎士は突進を中止、ファインマンの前に移動し、シモンの複製体の攻撃に対する壁となる。シモンの複製体が放った白光の一つが白騎士に直撃する。白騎士の鎧の一部が赤く白熱、一部が熔解するが消滅には至らなかった。白騎士は攻撃より防御に優れているモンスターだった。
シモンの複製体の間合いに入った黒騎士は大剣を振るう。まるで重みがないかのように大剣を軽々と振り回す。それでいて重い斬撃、シモンの複製体は十二対の翼を防御に回さなければならなかった。白騎士の防御力に対して黒騎士は攻撃力に優れていた。
この二体のモンスターがいればもしや狂神打倒が成るかと思えたがファインマンはそれ程楽観的ではなかった。
「シモンッ!! ルーナは無事か!!」
「私は大丈夫っ!!」
聖霊石状態のルーナがシモンの懐から叫ぶ。そしてシモンがルーナの状況について補足する。
「ですがダメージがあるようで大天使カブリエルになれる程の魔術力を練るには時間がかかります。戦う事は……出来ません!!」
「そうか、分かった。だったらルーナを連れてとっとと逃げるぞ!!」
「ええっ!? どうしてですか!? あの……二体のモンスターがいればいい勝負に」
「いい勝負じゃ意味がない。恐らくこの二体は狂神に負ける。だからこいつらを囮にしてその間に体制を立て直す」
「分かりました」
シモンは頷く。そういう事なら反対する理由はなかった。シモンはファインマンの元に駆け寄る。
「よし、来たな。なら……行くぞ」
「行くって……?」
どこにと聞く前に足元にポッカリと穴が開く。ファインマンは重力に従って落下した。シモンは手足をジタバタしてしばらく空中に留まったがすぐに重力に捕らわれ落下を開始した。
「これしか移動方法がないんですかぁぁぁぁぁ」
シモンは悲鳴に近い声でファインマンに問う。
「イヤァァァァァッ」
ルーナは本当に悲鳴を上げていた。
「これが一番早い移動方法なんだよぉぉぉぉぉ」
ファインマンは明朗に答えた。
下に落ちていくような感覚だったが実際は色々複雑な移動をしていたようで穴から滑り出たその部屋は偽神を作り上げるための工房だった。巨大な鉄の骨格に赤い筋肉が張り付いているその様は人体模型の様だ。しかも自分の複製体の筋肉を用いて作り出しでいるのだ。極論を言えば自分の体を切り貼りして作り出されているようで正直気分が悪い。
「何でこの部屋に……来たんですか?」
嫌悪感を露わにするシモンにファインマンは平然として答える。
「ここは一つ原点に帰ろうと思ってな」
「原点?」
「狂神は偽神で倒すという事だ」
「確かに偽神はその為の物ですが……今の状態で動かせるんですか?」
今の偽神は正直完成しているとは言い難い。人工筋肉は剥き出しで装甲を身に纏っていない。丸裸の状態では身を守る事も出来ないのではなかろうか。シモンが感じている不安が正しいとでもいうようにファインマンは難しそうな顔をする。
「正直難しい。今の状態、完成度は七割……いいや六割強と言った所だ。シモンが搭乗するための操縦槽をまだ取り付けていないからシモンが中から動かすという事は出来ない。唯一動かせるのはルーナなんだが今動かせって言ったら出来るか?」
ルーナが自分の状況を考えつつ口を開く。
「動かす事は出来ると思うけど出来て多分一、二分。戦闘に関しては無理だと思う」
ルーナの回復状態はあまりよくない。そんな状況で戦わせるのは無理だろう。だが、ファインマンは……。
「動かせるならそれでいい」
「そんな状況で戦わせる何てそんな無茶を……ルーナにやらせるつもりですか!?」
シモンは思わず声を荒げる。
「無茶はルーナだけじゃない。シモンにもやってもらう」
「僕が……ですか?」
虚を突かれポカンとしつつ自分を指差すシモンにファインマンは頷き無責任かつ無茶な事を要求する。
「シモンには……生身で狂神と戦ってもらう」
「はっ!?」
幾度となく狂神と戦った事のあるシモンからすれば生身で戦うというのがどれだけ無謀なのかよく理解できる。初めて狂神と遭遇した時でさえ偽神二体の協力があってようやく倒せたというのに今度はほとんど身動きの出来ない偽神とそれを成せと言うのは考えなしにもほどがある。
「何か……勝算はあるんですか?」
「勝算があるかどうかは正直わからん。だが確率を少しでも上げるために俺は白騎士と黒騎士を囮にして戦力分析をしている」
「あの二体なら戦いを長引かせる事も出来るでしょうが……それはそれでマズいかも」
「? どういう事だ?」
「戦いを長引かせるという事はそれだけ戦い方を学ばれるという事でしょう。あの狂神は僕の戦い方の一部をコピーしている。それを学ばれたら……」
「それは一理あるな……」
ファインマンが鳩尾のダンジョン・コアに触れ何らかの操作をする。
「ファインマンさん、何をやっているんですか? ダンジョン・コアを動かす事はもう」
「モンスターの召喚はもう出来ないがこまごました事はまだ出来るんだ。今、白騎士と黒騎士の視覚と聴覚に接続して情報を共有している。これなら向こうの状況が……? 何をしているんだ、この狂神は……ってマズい!?」
ファインマンの緊迫した声と同時にそれを言い表すかの様に地下を揺るがす振動が来た。
「白騎士と黒騎士がやられた!! 狂神がすぐにこちらに来るぞ!! もう四の五の言ってる暇はない。やらないとこっちがやられるぞ。シモンもルーナも覚悟を決めてくれ!!」
「しょうがない、ルーナ!!」
シモンが懐からルーナの意識が収まった聖霊石を取り出す。
「こうなったらもうやるしかない!! 行くよ、お兄ちゃん!!」
シモンの手の中から浮かび上がると狂神に向かって飛び頭部に収まった。その途端偽神の体がビクリと痙攣した。聖霊石と肉体が接続されたようだった。
「ルーナはうまく偽神の肉体と接続できたようだな。後はシモンだが」
「ここまで来たら僕も我が儘言いませんよ。こうなったらやるだけやってやりますよ」
シモンは直立不動のまま四拍呼吸を開始し魔術力を練りつつ全身をリラックスさせる。戦いにおいて力が入り過ぎているというのは逆に不利になり得るのだ。
「そのままでいいから聞いてくれ」
ファインマンがシモンの後ろに近づき耳元で小声で呟く。
「白騎士と黒騎士は狂神に倒されたんだがその時狂神が呪文を唱えたんだ……『ベイ・エー・トー・エム』と。これって確か……」
ファインマンはこの後の言葉を発する事が出来なかった。もし狂神がこれを使う事が出来たのだとしたらこちらのアトバンテージが無くなる事を意味しているのだから。
シモンは驚愕を押し殺しながら四拍呼吸を続けこれから起こるであろう激戦に備えた。