第百八話 罪人の笑み
「……あいつは巨大な狂神を一刀のもと切り伏せた。仇を討ってくれたんだが……当時の俺はそんな風には思えなかくてな……狂神を倒してくれたカルヴァンを殴っていた」
「カルヴァンさんを殴った!? あの人が殴られるって……信じられない」
誰かが攻撃したであろうなら反射的に首を刎ねるだろう。その反射を抑えて殴らせる何てその時のカルヴァンの心情は一体如何様なものだったのだろうか。
「そうだよな……今考えるとよく命があったと思うよ……」
当時の事を思い出してファインマンは首を撫でる。この瞬間ゴトンッと首が落ちるのではと想像してしまったのだ。そして今も首が繋がっている事に安堵し話を続ける。
「……二発、三発ぶん殴りながら怒鳴ったよ。『なんでもっと早く現れなかった!! 俺じゃなくてみんなを……嫁を救ってくれよ!!』って叫ぶとアイツは『すまない……』と謝りやがった……謝る必要なんてなかったのにな。それからカルヴァンは立ち去り俺は一人になった。しばらくは何もする気が起きず生きる屍となっていたがそんな俺の前にまたカルヴァンが現れた。そしてダンジョンの事を教えてくれた」
ダンジョン―――それは自然発生したダンジョン・コアが周囲の魔法力を吸収し自動生成される地下迷宮。モンスターが発生し、特殊なアイテムが配置される。モンスターやアイテムはどれだけ滅ぼしどれだけ取ろうともダンジョン・コアがある限り無限に生み出される。このアイテムの中に人を蘇生させるアイテムが生み出される可能性がある。カルヴァンにそう言われファインマンも心に炎が灯った。ファインマンは一人ダンジョンに挑んだ。最愛の人を蘇らせる、そういう目標があったファインマンの快進撃は凄まじく四五階層あるダンジョンをたった一ヵ月で制覇した。だが……
「人を蘇生させるアイテムはなかったんだ……」
ダンジョンを隅から隅まで歩き回りダンジョン内にあるアイテムは全て取ったのだが蘇生アイテムはついに見つからなかった。最奥にあるダンジョン・コアをゲットしダンジョンの主となれたのは運がよかったというべきなのだが。
「どこかにあるであろう他のダンジョンならあったのかもしれないがそれを探そうなんて気力が俺にはなかった。そこで別の方法を考えた。それが……」
「人体錬成ですね」
シモンがファインマンが言うであろう台詞を予測して答える。
「ああ、その通りだ。蘇らせる事が出来ないのなら新たに創造すればいい……当時の俺はサリナを蘇らせる、そんな狂気を軸に行動していた。俺は人を作り出すなんて反対して師匠の下を離れたのにその師匠と同じ事をしてるなんて皮肉な話だ……」
ファインマンは暗く沈んだ表情で押し黙る。自分の罪を吐露するというのは非常に疲れる。話を聞くのはここまでにするかシモンは悩むが、ファインマンは自分を奮い立たすように頭を振り口を開く。
「……人体錬成を行う場所に関してはダンジョン・コアを手に入れられたのは運がよかった。ダンジョンの内部を作り替えて工房とした。アイテムを生み出して資材として運用、後はサリナの細胞の一部を使用出来ればそれで人体錬成はなる」
「細胞の一部ってどこで手に入れたんですか?」
「サリナの寝室から髪の毛や皮膚、後は……排せつ物などを採取して細胞を手に入れた」
「排泄物って……」
「キタナイ……」
シモンとルーナ・カブリエルは顔を見合わせウェッと言う顔をした。
「ともかく俺はそれらを用いて人体錬成を行った。結果は限りなく成功に近い……失敗だった」
「成功に近い失敗? それはどういう意味ですか?」
「サリナの肉体を作り出す事には成功した。だが中身は生まれたての赤ん坊のような状態だった。サリナの十五年の記憶と経験がないのだからそれも当然だ。そこで俺の中にあるサリナに関する記憶を抽出しサリナの複製体に転写した」
「記憶を抽出して転写!? そんな事が!?」
記憶を抽出、そして転写なんて魔術でも出来はしない。魔法もこれでなかなか奥が深い。機会があるなら魔法も学ぶべきだと考えつつシモンは続きを聞く。
「ああ、そうやってサリナの複製体にサリナに関する記憶を流し込んだ。そうして目を開けたサリナが俺を見て名前を呼んでくれて時……俺はサリナを抱き締めたよ」
その光景を思い描いたのかルーナ・カブリエルが感涙にむせぶ。
「よかったねえ……ファインマンのおじさん……」
だがファインマンとシモンの表情は暗い。ファインマンが話しているのは懺悔、報われなかった話なのである。これで一件落着と行くはずがなかった。
「……これでサリナは蘇った。そう思っていたんだが生活を続けていくうちに違和感を感じるようになった」
「違和感ってなに?」
ルーナ・アブリエルが首を傾げる。
「ああ……俺が知っているオリジナルのサリナとは微妙に違う所があったんだ」
「違う所? それは?」
「ちょっとしたしぐさは話し方、好きな物、嫌いな物、性格等々色々食い違いが出てきた。それらを感じるようになると目の前のサリナが別人のように思えてきてしばらく観察を続けているうちにある事に気が付いた」
「ある事?」
「俺一人の記憶じゃ足りないんじゃないのかと。オリジナルのサリナを作り出した一部が間違いなく俺だが全体を作り出したのは一緒に生活し共に泣き共に笑い合った人々だ。その人たちの記憶もなければオリジナルのサリナを作り出すのは不可能じゃないかとそう気づいて俺は失敗した……更なる絶望を味わったよ。この絶望から逃れようと俺は更に非人道的な事をやってのけた……何かをやっていないと壊れてしまいそうだった……」
ファインマンは両手で顔を覆い俯いた。今でも溢れそうになる絶望を必死に押さえつけてる感じだ。シモンもルーナ・カブリエルも声をかけるのを躊躇ったがシモンは意を決して声をかける。
「……非人道的な事って何ですか?」
「サリナの記憶を別なものに上書きしてさらに調整を施し魔法の威力が上がるよう強化した。そして……偽神製造に着手した」
「偽神製造って……まさか!?」
シモンは地下の工房で偽神の製造方法を見ている。偽神の人工筋肉と人工血液は複製体を元に作られている。偽神一体に必要とする複製体の数は一体や二体ではない。この話の意味するところは。
「まさか……サリナさんの複製体から筋肉と血液を採ったんですか!? それも何百体から!?」
「……ああ、自分の仇を自分に取らせたいと思ってな。狂神は一体ではないと聞いていたかからな」
サリナの複製体から作り出した偽神に狂神を倒させたのなら一応仇を取った事になるのだろうが何とも皮肉な話だ。
「それは確かに非人道的な話ですね。死んだ人を更に突き動かして仇を取らせるなんて……酷すぎる」
「さっきはよかったと思ったのに……酷い」
シモンもルーナ・カブリエルも思わず感情的になり非難してしまう。ファインマンはそれを当然のように受け入れた。
「……そう言われた方がむしろ安心する。簡単に許されるなんてありえない……」
ファインマンが笑みを浮かべるがその笑みは未だに罪を背負う罪人の物だ。とてつもない疲労を感じさせる笑みだった。