第七話 狂神対天使団、偽神、そして魔術師の最後の攻撃
―――狂神は考える。
日は落ち夜が世界を包む込む。それが自然の摂理だというのにそれに逆らって自らから光を放ち空より現れたあれは一体何者なのだと。
左右六対の翼を背に生やし武装した女戦士から放たれている波動はまさしく神のそれだ。だが神の名を名乗るもの、それこそ創造神から破壊神、邪神、魔神全てがこちらの陣営に属している。あれほどの存在なら自分が分からない筈がない。それなのに正体が分からない。
狂神は分からない事に動揺したがそれも一瞬の事。神であるならばこちらの陣営に引き込めばいいだけの事だ。
狂神は闇を凝縮したかのような黒い槍を作り出しそれを掴む。これに穿たれれば槍よりあの力が流れ込み、瞬く間に洗脳される事だろう。
狂神は大きく振りかぶり闇の槍を投擲した。投擲された闇の槍は空を切り裂き音を置き去りし、一瞬にして音速を超える。音を置き去りにして接近する闇の槍をセラフィムは光速で対処した。
目に移らない速さで左腕を動かし腕鎧の剣の切っ先を闇の槍の先端に合わせたのだ。まさに神業だった。光の力と闇の力がぶつかり合い辺りに衝撃波と火花が散る。そして闇の槍が左右に切り裂かれセラフィムの脇を通り過ぎ夜の闇に消えた。その結果に驚く狂神。その一瞬をセラフィムは見逃さなかった。セラフィムは速度を上げ一瞬で狂神に肉薄し、腕鎧の剣で切り付ける。だが、狂っていても神、驚愕しながらも腕に闇の力を凝縮し剣状にし、セラフィムの攻撃を止めたのだ、今度は闇の槍の様に切り裂かれることはなく、鍔迫り合いとなっている。闇の槍より力を凝縮している様だった。狂神は膂力でもってセラフィムを弾き飛ばし距離を取る。そして双方強く踏み込み距離を縮めぶつかり合う。
セラフィムの腕鎧の剣と狂神の闇の剣のぶつかり合いによる衝撃波とそれにより巻きあがった数トンもの瓦礫がシモンを襲う。セラフィムの召喚を維持する事で精一杯で身を守る事が出来ない。瓦礫の動きが遅くなる。脳内では高速で記憶を検索し、この状況を逃れる方法を模索するが方法は見つからなかった。瓦礫はゆっくりとだが確実に自分に向かって動いている。数秒後にはこの瓦礫に押しつぶされてしまう。
(ここまでか……)
諦めかけたシモンの前に二つの巨大な影が躍り出る。
二つの巨大な影の一つが目に躍り出て津波の様に向かってくる瓦礫に向かって大剣を振り下ろす。剣を振る事によって生じた衝撃波が瓦礫の勢いを弱める。
「地水火風の精霊よ 現れいでて我を守れ」
もう一体の影が唱えた呪文により空間を隔てる結界が生じる。結界により完全に瓦礫をシャットアウトする事が出来た。それを見て安堵したシモンは二体の巨大な影を見上げる。
「あなた達は……」
シモンの前に躍り出て救ってくれたのは、アッシュ、サリナと呼び合っていた二体の偽神だった。
「すまなかったな少年」
アッシュと呼ばれた赤い装甲の偽神は志門を見下ろし頭を下げた。
「何を謝っているんですか?」
「後は俺たちに任せろと言っておきながらこの体たらく……本当に申し訳ない」
「私も謝っておくわ」
結界を維持する為後ろ向きのまま、サリナと呼ばれていた蒼い装甲の偽神も謝った。
「ご両親と友達の仇を取るって言っていたのに……」
「謝らないでください。二人が必死に戦っていたのは分かってますから。それよりも協力して下さいこのままじゃ負けてしまいます」
「負けるって……圧倒的だぞ。お前の召喚した……あれは何だ?」
狂神と互角に戦っている天使団セラフィムを指差しながらアッシュが言う。
「天使団セラフィムと言います。天使が分からないんですか」
「テンシ? そんなのがいるのか?」
アッシュが首を傾げる。シモンはハッとする。この世界の神話には天使という存在がいないのだろう。だが今はそれを説明する時間がおしい。
「それはまた後で。それよりもあの狂神と互角だとヤバいんです」
「どういう事だ?」
「召喚魔術、ちょっと失敗しまして……後、数分したらセラフィムは消失します。そして僕も意識を失います」
今こうやって喋っている間にもシモンから大量の魔術力がセラフィムに流出している。魔術中枢を最大励起して魔術力を生成しているが間に合っていない。レベルの高い魔術を行った事による不具合だった。
「そうなのか?」
「狂神に対抗できる存在何て召喚したら当然そうなるわ。ここは彼に従おう。私たちは何をしたらいいの?」
「それなんですけど……お二人は今どういう状態なんですか?」
「神滅武装の影響と狂神からのダメージで機体は本調子じゃない。私の方は戦闘は無理、こうやって君を守りつつ狂神と戦っているあの……セラフィムを援護するほうがいいわ。アッシュは?」
「俺も似たようなもんだ。狂神との戦闘、神滅武装からのダメージで戦闘は無理。神滅武装は無理をすればもう一回使えそうだがそれやったら今度こそ動けなくなる」
アッシュが背中に背負っている大剣を抜きながら言う。それを見てシモンの背筋に寒気が走る。
「何なんですか、その神滅武装って?」
「あらゆる神々を滅する呪いが込められた武装でな、俺の大剣やサリナの錫杖がそれにあたる」
「その武装で狂神の動きを封じる事は?」
「倒すんでなければ出来そうだがお前が召喚した神を離脱させないと巻き込む事になるぞ」
「……それはたぶん大丈夫だと思います」
「どうしてそんなことが分かる?」
「まあそれはいいとしてアッシュさんにサリナさん僕の言うとおりに動いてくれますか?」
シモンは自分の限界、二体の偽神の状態と武装を考え今出来るであろう作戦を考え提案する。
「それは聞いてみないと何とも……」
「そんな難しい事は求めませんから。それでですね……」
シモンは二人に作戦を伝える。二人もそれに納得し頷く。
「じゃあお願いします」
狂神とセラフィムの戦闘はまさに神同士の戦いだった。二人が攻撃、および防御をするたびに空は切り裂かれ大地は鳴動する。二神の戦いの余波でドーセントの街は更地になっている。わずかに残っている城壁の跡がそこに街があった事を教えてくれるが更に戦いが続けばその跡も無くなってしまうだろう。
つい数時間までドーセントのマーケットを楽しんでいたのにどうしてこうなってしまたのだろうか。シモンは狂神を苦々しく思いながらセラフィムに思念で伝える。
―――狂神の動きを止めろと
セラフィムが腕鎧の剣を振り下ろす。それを狂神は両手から延ばした闇の力の剣をクロスして受け止める。セラフィムはその場から逃さない様、押しつぶすつもりで力を籠める。狂神はその力に耐えきれず膝をつく。狂神とセラフィムの動きが止まった。チャンス到来だった。
「今です、アッシュさん! サリナさん!」
二体の偽神が頷く。サリナは結界の魔法力の供給を止め結界を解く。そしてアッシュが走る。それを見届けたサリナは結界を張り直す。
狂神の動きが止まった隙に神滅武装で攻撃をするのかと思ったがアッシュは狂神の脇を通り過ぎ背後に回る。そして神滅武装の大剣を大地に突き刺し叫んだ。
「神滅武装起動!!」
アッシュの神滅武装から神々を封じる呪詛が黒いオーラとなって狂神とセラフィムを包み込む。狂神は悲鳴を上げる。セラフィムの腹部を蹴りあげ距離を取ると呪詛の力から逃げようとするが、侵食する呪詛に体の自由が奪われ満足に動けない。セラフィムにも呪詛はまとわりつくがセラフィムは影響を受けておらず悠然と立っていた。神滅武装はあらゆる神を封じる呪詛が込められている。だがそれはこの世界のあらゆる神であり、セラフィムはこの世界の神に含まれない、故に呪詛の影響は受けないのだ。
千載一遇のチャンスと距離を縮めるセラフィムであったが唐突に膝をついた。姿も薄れ始めていた。
サリナの後ろでシモンが糸が切れたように倒れた。魔術力の枯渇による昏睡状態だった。
「ちょっと、君!?」
サリナは前を向いた状態でシモンに声をかけるが返答がない。
「マズイわ。アッシュ逃げて!!」
サリナはアッシュに向かって声を上げるがアッシュは答える事は出来なかった。偽神の顔面部が音を立てて割れたのである。戦闘および神滅武装の連続使用により蓄積されたダメージが偽神の動力となっている仮面に深刻なダメージを与えたのである。これでアッシュの偽神は指一つ動かす事が出来ない。
シモンが召喚したセラフィムによる攻撃のダメージ、アッシュの神滅武装によるダメージを鑑みて狂神はかなり弱っている、これなら自分一人でも戦える、サリナはそう考え錫結界を解き錫杖の神滅武装を抜き攻撃の為の呪文を唱えるが途中でで呪文を止めた。消えかけていながらもセラフィムがまだ動いていたからだ。
セラフィムは腕鎧の剣を外し真上に向けて放り投げたのだ。その際、残った力を腕鎧の剣に力を籠めたため、消失に拍車がかかり数秒後に空気に溶けるようにして消えてしまった。
放り投げられた腕鎧の剣は遥か上空に上がりやがて力を失いにピタリと止まる。重力に従って落下を開始する。切っ先を地面に向け落下するその先にいるのは狂神。腕鎧の剣の重量に落下速度、そしてセラフィムの力を込めた最後の攻撃だった。その狙いを悟った狂神は必死に足掻くがアッシュの神滅武装の呪詛がまだ効いている為動く身動きが取れない。サリナもセラフィムの目的を悟り思わず叫んでいた。
「行けぇ! 貫けぇ!!」
腕鎧の剣は狂神の脳天から股間に向けてバターを貫くが如く何の抵抗もなく貫いたのだ。
「ギャァァァァ!!!!」
狂神は絶叫した。セラフィムの力が狂神に浸透し内部から炎が燃え上がった。その炎は狂神を骨の髄まで燃やし尽くし真っ白な灰となり風に吹かれて消えてしまた。力を全て出し尽くした腕鎧の剣の像が薄れていき焼失した。ただ一人意識のあるサリナは後ろを振り向き倒れているシモンに回復魔法をかける。
「……偽神に乗る事もなく狂神に対抗した何て信じられない。この子の協力があれば世界は……」
サリナはそう独白していた時まだ名前を聞いてない事を思い出した。