第百三話 人工筋肉の材料と生成、そしてそれは……
扉の先はあったのは巨大な鉄の骨格だった。全長二十メートルほどの骨格の周りに組まれた足場が骨格を固定し起立していた。この骨格、人体を模しているものだが一つだけ違う所があった。顔の部分だけが空洞になっているのだ。そこの部分に何かが収まるかのように。
「この巨大な骨格がもしかして……」
「そう、偽神の……私の体になる物だよ」
鉄の骨格を驚いて見上げていたたシモンの隣りに立ったルーナ・カブリエルが言う。
「でもこれだけじゃ動かない……」
疑似魔術中枢を埋め込まれた聖霊石を収めた仮面、仮面からもたらされる魔術力を循環させる人工血液、それを動力に人工筋肉が動き偽神は起動する。それに何らおかしい事はない。だがルーナ・カブリエルはここに来るのを何度も止めようとしている。
「ルーナは僕に何を……見せたくないんだ?」
シモンの独り言にルーナ・カブリエルは答えずある一点を指差した。
「ん?」
ルーナ・カブリエルが指差した先、そこは人間でいえば胸部の個所だ。そこに数名の白衣を着たを着た人物が立っていた。帽子とマスクで顔を隠している為性別は分からない。白衣を着た人物が液体で満たされた容器から赤い塊を取り出し胸部に張り付けた。そしてその塊に向かって呪文を唱え魔法を発動した。すると赤い塊は変化を起こす。赤い塊が脈動し四方八方に広がり鉄の骨格に絡みついた。
「気持ちわるっ!!」
シモンは思わずそう叫ぶ。その叫びが聞こえたのか赤い塊の動きが止まった。
「お兄ちゃん……」
ルーナ・カブリエルがジト目でシモンを見る。余計な事は言わないでとでも言うように。
「いやでも気持ち悪いでしょ、あれ」
ルーナ・カブリエルが無言でシモンを睨む。シモンはルーナ・カブリエルの無言の圧力を逸らすべく別の話題を振る。
「あの赤い塊……近くで見てみたいな」
「えっ!?」
ルーナ・カブリエルが素っ頓狂な声を上げる。
「そんなに驚かなくても……それよりあの赤い塊、何らかの魔法によって増殖してたよね。あの魔法にも興味があるし……行ってくるよ、そうしよう」
言うが早くシモンは駆けだす。
「お兄ちゃん、待って!!」
シモンは聞こえないふりそしてルーナ・カブリエルを振り切って足場を駆けあがる。すると白衣の者たちの会話が聞こえてきた。
「はあ……どうしてこんなメンドくさい事してるんだろうな、俺たち」
「しょうがないだろ。ソル・シャルムの工場棟の様な設備がないんだから全部手作業だ」
「鉄の骨格は残っててよかったな。これまで手作業だと俺たち狂神と戦う前に作業に殺されちまう」
「そうだな」
お互いの苦労を共有するかのように笑い合ったがそれに冷水を差すような事実を白衣の者たちの一人が言う。
「俺たち総出でもきつい作業をたった一人で行った人がいるぞ」
「嘘だろそれ、誰だよ?」
「ファインマンさんだよ。あの人、一人で偽神二体を作り上げたって話だぞ」
「ブーケ・ニウスとインディ・ゴウをか!? 信じられない、あの人、バケモンか?」
「バケモノというよりは……狂人だろう。俺たち全員、狂神に大事な人を食われている。そんな狂神を倒して仇をとれるならどんな事でも出来ると思っていたがあの人みたいにはなれない。あの人の狂気は俺たちより……深い」
「だよな。俺、あんなの顔色変えずになんて出来ねえもんよ……」
うんうんと頷き合う白衣の者たちにシモンが声をかける。
「すみません。それってどういう事ですか?」
「どういう事って……!?」
シモンの姿を確認した白衣の者たちは驚いたかのように目を見開いた。
「お前、どうしてここに居るんだ!?」
「あの部屋で切り刻まれて……」
「いいや、もしかしてお前、オリジナルか? シモン……なのか?」
妙な表現に疑問顔になるがシモン。
「……オリジナルがどういう意味なのか分かりませんが……僕はシモン本人で間違いないです」
それを聞いた白衣の者たちは顔を見合わせるとシモンから逃げるように脇を通り過ぎる。その際、「すまん」と謝罪されるのだが何故謝罪されたのかシモンには分からなかった。
「どういう事なんだろう?」
悩むシモンの隣りに来たルーナ・カブリエルは訳知り顔で呟く。
「今、何が行われてるのか知っている人からすればお兄ちゃんに謝りたくなるよ、間違いなく」
「それってどういう……」
「それよりもこの赤い塊、何だか分かる?」
「露骨に話題を変えてきたね……まあいいか、近づいて分かったよ。これ偽神の人工筋肉だね」
「正解」
それを聞いたシモンは感心したような呆れた様な複雑な顔をする。
「何らかの肉塊に魔法をかけて増殖させて筋肉と成す……か。一つの肉塊を筋肉に変貌させる魔法の手際は見事だけど手間がかかり過ぎる。一つの肉塊が筋肉となるのはほんの僅か、偽神の骨格全てを覆うほどの筋肉となるとどれだけの肉塊が必要になる事やら」
人手は足りるとして材料となる肉塊をどこから調達しているのか。そんな疑問にルーナ・カブリエルは沈んだ顔をする。
「肉塊を大量に調達する手段はあるよ。それをあの人はやっている……」
この言葉にシモンの背筋は凍る。
「この骨格全てを覆うとなると……どれだけの生物を切り刻んでるんだよ、ファインマンさん……」
呆然とするシモンの手をルーナ・カブリエルが引っ張る。
「……行こう、お兄ちゃん」
「行くって?」
「ファインマンのおじさんの所……あそこを一言で言えば狂気そのものだよ。特にお兄ちゃんにはキツい場所、気を強く持ってね」
「僕にとってはって……」
シモンの疑問にルーナ・カブリエルは答えずただ手を引っ張るのみだった。
ルーナ・カブリエルに案内された場所、そこは偽神の骨格があった部屋に負けず劣らず広い部屋だった。部屋の両側にはピンク色の液体が満たされたカプセルが設置されていた。その数約二十体。その全てに何かが浮いていた。
「これは……」
シモンはカプセルに近づき中を確認する。形からしてこれは人である事が分かる。ピンク色の液体のせいで容姿はよく分からないが身長からして少年である事は分かる。
「これが偽神の人工筋肉の材料だよ」
「これがって……」
「人工筋肉の材料となる肉塊、それは中の子たちを切り刻んて調達している物なんだよ」
淡々と告げられる事実にシモンは打ちのめされる。足を踏ん張り拳を強く握りしめ、座り込みそうになるのに耐える。
「そんな……望まれぬ生まれ方をしたとはいえ生まれきた以上命を弄ぶなんて事誰もやっていいはずがない。それを……」
人の命を材料として弄ぶ。その行動原理は前世で戦った黒魔術師、妖術師に通じる。そんな相手は味方であろうと許せない。
「ファインマンは……どこだ」
シモンの体から青い炎のようなオーラが漏れ始める。赤よりも青い炎の方がより高温、シモンの心中はそれだけ怒りの炎で焦がされているという顕れだった。
それを直に見たルーナ・カブリエルに怯えた表情で前方を指差した。前方にあるドアに向かってシモンは走る。ドアのノブに手をかけ勢いよく開けた。そしてそこで行われている所業を目の当たりにした。
「そういう事か、ファインマン……キサマァァァァ!!!!」
全身を怒りのオーラで身を纏い、諸悪の根源であるファインマンに向かい突進した。そしてファインマンを抹殺すべく拳を繰り出した。