第百話 深まる謎と……手術?
ルーナの助言を受けてから三日後。
シモンは屋敷の食堂で朝食を食べつつ正面にある肖像画をボンヤリと見つめていた。若かりし頃のファインマンとその隣に座るサリナとよく似た女性。血族なら似ているという事もあり得るだろうがこれは似すぎている。鏡映しと言ってもいいくらいだ。
「ウーン……やっぱりサリナさん本人とは思えない。隣のファインマンさんを見るにサリナさんの祖母だと思うんだけど……こうも似るもんなんだろうか?」
シモンがそんな事を呟きながら朝食を食べていると突然けたたましい音が屋敷に響き渡った。
「この音は……」
シモンは食堂の隣りの書庫に駆け込んだ。書庫の一角に浮いている水晶に触れるとファインマンの姿が前方の空間に映し出された。
「随分と待たせてしまったな。こっちも事後処理が終わってそっちに向かっている。あと二、三時間もすればそっちに着くぞ」
「そうですか……しかし事後処理って一体何をやっていたんですか?」
「ああ、それな……」
ファインマンがうんざりとした表情になる。
「内通者を捕えようとした際、激しく抵抗されてな施設や居住区が半壊してな、そっちの修理に手間がかった」
「それ大丈夫なんですか!? 怪我人は!?」
「死人、重傷者は出てないがそれなりに怪我人はでた。そっちは治癒魔法で一発だったが施設の修繕には少し苦労した、資材が無いからな。地上に降りて補給して突貫工事で修繕した訳だ」
「それはご苦労様です。でもそんな事が出来るなら工場棟も修繕できたんじゃ?」
全焼した工場棟を思い出しながらシモンは言う。
「あそこは少し特殊でな、建物は直せても中はそうはいかない。特殊な機材もあったし」
「そうなんですか? 嘘ついてません?」
「嘘ついてどうする。そうイジメてくれるなよ。そこで足止めさせてすまないとおもうが暇つぶしは出来ただろ? 興味深い本がそれなりにあったとおもうが……」
そうですねとシモンは頷きここぞとばかりに言った。
「はい、六百六十六冊全て読ませてもらいました」
「はいぃ?」
ファインマンはシモンが言ったことが理解出来ずこめかみを押さえつつもう一度聞き返した。
「……すまない……もう一度言ってくれ……」
「だから……六百六十六冊全て読ませてもらいました」
「は? 全部読んだ? 嘘だろ?」
「本当です。僕は速読術をマスターしてますから」
「速読術!? 魔術にはそんなものまであるのか!? 本当に魔法とは本当に違うな!!」
ファインマンが興奮してまくし立てる。
「良ければ教えましょうか。これは魔術ではなくて技術ですから。ファインマンさんでもマスター出来ますよ」
「本当か!? それは有難い!! 読む時間が短くなればそれだけ作業、研究に時間が費やせる!! 読んだ内容は覚えていられるのか!?」
「そういった記憶術もコミですよ」
「よし、そっちに着いたら教えてくれ……ちょっと待てよ。全冊読んだという事はもしかしてあれも読んだのか?」
ファインマンは人体錬成について聞いているようだ。シモンもそれを察し頷いた。
「そうか……かなり奥の方に入れておいた本だから二日、三日でそこまで読めるはずはないと思っていたんだが……シモンの事を見くびっていたようだな」
「普通は速読術を身に着けているなんて考えてませんからね……それでですね……あれ読むだけならまだ許せるんですが……あの本の内容を実際にやってますよね? どうしてそんな事を」
シモンの問いにファインマンは心あらず、苦しそうに呻く。
「……俺も本来は反対する立場だったんだ……だからあの本を持ち出して逃げた……人体錬成なんてやりたくはなかった……だがサリナを……」
「? そこでどうしてサリナさんの名前がでてくるんですか?」
ファインマンがハッとして口元を押さえ考え込む。
「……こんな通信で話す事じゃないな。そっちに着いたら詳しく話す……」
「分かりました。交換条件で速読術を教えてあげますよ」
ファインマンが一瞬ポカンとする。そして含み笑いをする。
「クックックッ……速読術もそれなりだが秘密のレートが違いすぎるだろうが、釣り合わんぞ。だがまあいい約束だ、ちゃんと教えろよ」
「分かりました」
「じゃあ後でな」
ファインマンからの通信はこれで終わり書庫には静寂が戻った。だが考え事をするにあたってこの静寂はありがたかった。
「ファインマンさんは人体錬成を行おうとした何者かに対して反対する立場にあった。でも自分の心情を押し殺してでも人体錬成を行わなければならなかった。その原因は多分サリナさんにある。サリナさんに人体錬成を行った? いいや、一通り読んだ感じあれは生きた人間に行う物じゃない。本人の細胞から作り出すようなそんな感じだ……やっぱり分からないなあ。どうしてサリナさんの名前を出したんだろう……」
謎が深まるばかりで答えは出なかった。
「馬鹿の考え休むに似たりってね。後は直接聞くことにしよう」
シモンは考えるのを止める。そして朝食の途中である事を思い出し書庫を出た。
???????
シモンは身動きが取れなかった。
「!? 何がどうなってるんだ!?」
手足は動かなくても首は動く。シモンは顔を傾けどうなっているのかを確認する。シモンは台座に大の字で寝かされていた。両手足は台座に縛り付けられており身動きを取る事が出来ない。
「誰が何のために!?」
「それは約束を守ってもらうためだよ……」
物陰から出てきたのは白衣で身を固めた男性だ。口元は白いマスク、髪はキャップで隠れているが声で誰なのか分かる。
「ファインマン……どうしてこんな事を?」
「偽神の人工血液と人工筋肉を作るにあたって協力してもらうって言っただろ」
「協力はしますがこんな風に身動き取れなくする必要はないじゃないですか!! 一体何をするつもりですか!? それとあの肖像画の事教えてくれるはずでしょう。こんな事は止めて……」
「天井のシミの数でも数えてろ。あっという間に終わるから……」
ファインマンが注射器を取り出し指で弾く。シモンは嫌な予感がした。
「何かイヤな予感がするのでやめて下さい!! それにその表現なんか違う!!」
「余裕があるな……」
呆れた風に言うファインマンはシモンの右腕に手を伸ばし注射器の先端に押し当てた。
(これ、本当にマズい!? ルーナ、助けて!!)
シモンはルーナに念を飛ばし助けを呼ぶ。それに対し返答が来る。脳内のスクリーンに映し出されたルーナはすまなそうに頭を下げていた。
(ルーナ、どうして!?)
疑問より早くシモンの腕にチクリという痛みが走った。その途端激しい睡魔に襲われ意識が薄れていく。何とかしなければと思いながらもこう口走った。
「ヤメロ……ショッ〇ー……ブット……バス……ゾ……」
「誰だよ、〇ョッカーって?」
深い眠りについたシモンに答えられるはずがなかった。