第九十八話 今後の方針とわずかに出てきた希望
シモンたちが向かったのは書庫だった。部屋本棚で埋め尽くされており、色々な本が収まられている。どんな内容の本が収まられているのかと興味をそそられるが今はこの音が何なのか解明する方が先だった。本棚と本棚の間を通り過ぎると開けた場所に出た。中央に水晶と思わしき球が浮いておりそれからけたましい音が鳴り響いていた。早く自分に触れと訴えているようだ。
「……ハイハイ、分かりましたよ」
シモンがしぶしぶと言った感じで水晶球に手を伸ばすとルーナ・カブリエルがシモンの手首を掴んで止める。
「これ……触って大丈夫なの?」
不安げな視線をこちらに向けるルーナ・カブリエルにシモンは唖然としつつも頷く。
「……ウン、大丈夫だよ」
シモンは安心させるように言いながら水晶球に触れる。その途端けたたましい音が止まり強く輝き出す。そして水晶球の眼前の空間に人の姿を映し出した。
「……立体映像だよ、これ」
(ファンタジーの世界なのにどこか近未来的な……)
そんな感想を心の中で呟くシモン。
「ようやく出たか。この場所に来るまでにも時間がかかったようだし……何かあったのか?」
立体映像に映し出された人物、ファインマン・ハロウスは心配げに言った。
「何かあったというなら色々ありましたよ。それに説明不足でここを見つけるのも一苦労でしたよ」
シモンの嫌味にファインマンは怪訝な顔をする。
「? 本当に何があった?」
シモンはここに来るまでの事を説明する。
「シモンを指名手配するとは……思ったより内通者の動きが早かったようだな」
「内通者……そう言えばその内通者とやらは見つかったんですか? 囮になったんですから見つけてもらわないとねえ」
イヤミったらしく笑うシモン。
「イジメてくれるなよ。まあお前のお陰で見つかりはしたんだが……見つかりはしたんだがな……」
「それなら一件落着じゃないですか。それなのに……どうしたんですか?」
「……そいつら全員バレた時点で……自害した」
自害と言う言葉を出した時ファインマンが少し辛そうな顔をする。
「自害!?」
「……ああ……そいつらの後ろにどんな人物がいてどれだけの情報を流したのかを調べる事は出来なかった……」
「そうですか……ファインマンさん、大丈夫ですか?」
「ああ……内通者の中に見知った顔が結構いたからな……」
「ファインマンさん……」
痛ましいという表情になったシモン。
「そんな顔をするなシモン。こちとら狂神と戦う以上人並みに死ぬる事はないと覚悟しているんだ。悩む必要はない」
ファインマンにきっぱりと言われシモンは少し安心する。
「そうですか」
「あと二、三日こちらの事後処理をしてからそっちに迎えに行くから待っててくれ」
「それなんですが……」
シモンは自分の考えを口にする。
「僕はこのまま地上に残り四号機を探そうと思ってます」
ファインマンが心底驚いた顔をする。
「お前、指名手配されているんだろ!? 賞金稼ぎたちや四号機を奪った敵の眼を掻い潜るなんて無理だろ。それとも何か考えがあるのか?」
「考えはないんですが……まあ何とかなるでしょう」
ファインマンが呆れた様に溜め息をつきこめかみを押さえた。
「……そんな無計画許可出来るかっ!! ともかくそこにいてくれ!!」
「しかしっ!!」
「い・い・か・ら。それにこっちも戦力の強化をしなきゃならん。それにはお前の力がどうしても必要なんだ!! 今、お前にいなくなられたらこっちが困る。だからそこにいてくれ」
シモンさらに何かいいたげだがそれをルーナ・カブリエルが制して質問する。
「戦力の強化って具体的になにをするつもりなの?」
「ルーナには特に関係する事だ」
「私?」
「ああ、人工筋肉と血液を新たに製造し偽神の新たな体を組み立てる」
「そんな事が出来るんですか!?」
シモンは驚きの声を上げる。
「まあな……こっちに比べたら製造効率は下がるが一体は作れると思う。今度は簡単にやられない様作り上げるつもりだ。その一体をルーナに与えようと考えている。それに四号機を見つけた時点で四号機に搭乗した敵と戦う事になるだろう。そうなった時に対抗できる体は必要だと思うが……シモンはどう思う?」
「ウッ……」
「お兄ちゃん今は……」
ファインマンの説得とルーナに縋られるような視線にシモンは言い淀み、そして体の力を抜くように息を吐いた。
「……分かりました……急いては事を仕損じる、今は焦らずここで待ってます」
「おお、よかった。俺の家のものな自由に使っていいからそこでノンビリしててくれ」
「ここってファインマンさんの家だったんですか?」
「そうだが……何で驚くんだ?」
「ファインマンさんってもしかして……いいとこのお坊ちゃんだったんですか?」
「そう言う驚きか? そんな訳ないだろ。どちらかと言えばそれは嫁さんの方だな」
「あの肖像画の人ですよね?」
「!? ……ああ」
ここでファインマンが言い淀む。この態度にシモンは怪しい物を感じるがここではさらに追及する事はしなかった。
「分かりました、ここでしばらく待たせてもらいます」
この言葉にファインマンは少しホッとした。
「ああ、そうしてくれ。二、三日でそちらに向かう。その時にはまた連絡をするからそれまでは大人しくしていてくれ」
「そんなに念を押さなくても……」
「そうしないとフラフラとどこかに行きそうだからな」
ファインマンのからかうような態度にシモンは少しムッとする。
「そんな事はしませんよ」
「だったらいいが……それと村を隠していた結界を張り直しておいてくれ……」
ファインマンに結界の展開方法をレクチャーされ、通信は終わった。
水晶球が光を失いファインマンの映像も消え、シンとした静寂が残った。
「聞かなくてよかったのお兄ちゃん?」
ルーナ・カブリエルが静寂を破ってシモンに質問した。肖像画に描かれていたサリナ、そしてルーナ・カブリエルに似た女性の事だろう。
「ンー……何と言うか簡単に聞いていい事じゃないように思えてね。まあ、ファインマンさんがこっちに来たら聞く機会があるだろうしその時に聞いてみるよ……じゃあ結界を張り直してそれから遅めの昼食を食べて、それからここの本を読んでいくとしようか」
シモンの提案にルーナ・カブリエルは首を横に振る。
「エー……字だらけの本はヤダッ!!」
「ルーナ、本読むの嫌いだったっけ?」
「絵がついていない本はヤダ」
「こっちの世界じゃ挿絵が付いた本なんてないと思うけど。まあいいよ、僕に付き合ってくれとは言ってないから結界を張り直して昼食を取ったら自由時間という事にしよう」
「そっか、分かった。じゃあお兄ちゃん後はヨロシク」
そう言うとルーナ・カブリエルは手早く退去魔術を行い聖霊石の状態に戻った。やる事がない為聖霊石の中で休むつもりなのだろう。
「ちょっとルーナ、戻ってきてよ、ねえ」
シモンは聖霊石をペシペシと叩くが反応はなかった。
「……結界の張り直し僕がやるのか……」
結界を張り直す方法、それはこの屋敷の屋根の上にある宝玉、それに向かって呪文を唱える事なのだがシモンは飛ぶ事は出来ない為、屋根に上がるのに一苦労するだろう。出来れば屋根の上に運んでから休んでほしかったとシモンは思った。