第九十四話 賞金稼ぎの少年実は……。
これから死闘を繰り広げるであろうと覚悟を決めて突き出した拳のが「降参する」という一言と共に力を失う。シモンは情けない顔になりどうしようかと問いかけるようにルーナ・カブリエルを見る。見られても困るとでも言う容易にルーナ・カブリエルはプイと横を向き誤魔化すように口笛を吹く。今度は全身鎧の賞金稼ぎの方を見る。フルフェイスの兜を被っている為、その表情を窺う事は出来ないが後退った所を見ると動揺しているようである。
「な、何だ? 俺たちにはもう危害を加える意志はないぞ。何度も言うが降参した、もう襲わない……分かったか?」
全身鎧の賞金稼ぎにしがみついている妙に手が長い賞金稼ぎが代理で訴える。本当かなと疑いを持ったシモンは簡易的な魔術により視覚を霊的視覚に切り替え二人の賞金稼ぎのオーラを見る。
(……全身鎧の人は赤から青が混じった緑に……腕の長い方は濁った青。確か赤は衝動的、攻撃的、僕と戦うという意志の表れだけど……青が混じった緑は誠実さ、指導性を示す。対して濁った青は憂鬱、悲しみを表す。全身鎧の方は冷静で理知的、自分たちの戦力と僕たちの戦力を天秤にかけて勝てないと判断し、僕の性格も考慮して交渉を持ち掛けてきた。腕の長い方は怯えてるし話をするなら全身鎧の方がいいな。ならば……)
「許さなくもないけど……色々やってもらうよ」
「敗者は勝者に従うという事か……いいだろう。だが、こちらが聞き入れられるレベルのもので頼む。あまり無茶な事は困る」
「言える立場ですか……と言いたい所ですがあまり無理な事は言わないので安心して下さい」
シモンが出した条件は簡単なものだった。数日分の食料と水、周辺の地図、そして自分の手配書だった。
「自分の手配書が欲しいなんて変な物を欲しがるんだな?」
腕長の賞金稼ぎが心底不思議そうに言う。
「僕がドーセントの街を滅ぼした何て冤罪なんです。そもそもあの街で生き残れたのは僕と他数人だけなんですよ……」
そこまで話してシモンはショックを受けた。口に出して改めて事実を認識したからだ。友達も両親も街の人々も狂神に肉体も魂も全て解体され食べられ二度と会えなくなった事を……。
「大丈夫、お兄ちゃん?」
ルーナ・カブリエルが心配そうにこちらを見つめる。シモンは安心させるように微笑むが顔色が目に見えて悪い。
「……命を狙っておいてなんだが……本当に大丈夫か?」
意外な事に全身鎧の賞金稼ぎがそう言ってきた。シモンは眼をパチクリしながら答える。
「意外な人に心配された……大丈夫ですよ。ともかく僕に賞金を懸けた人物がどういう人間か知りたいんです。その人に会って説得して手配を取り下げないと大手を振って歩けないんです!!」
「そういう事か。でも手配を取り下げるなんて無理だと思うが?」
「とりあえず話を聞いてみない事には出来る出来ないは判断出来ません。という訳で出してください手配書」
「それがな……さっきの戦闘で手配書が破れてしまったんだ。予備はあるにはあるんだが……」
「? 何でそこで言い淀むんですか?」
「手配書を持っている奴がそこでのびているんだ。そいつが目覚めない事にはどうにも出来ない」
それを聞いてシモンは不思議そうな顔をする。
「目を覚ますのを待たなくても……懐から取り出せばいいじゃないですか?」
「そういう訳には……」
「何で躊躇するんだか? だったら僕がやりますよ。いいですね?」
返答を聞く前にシモンが倒れている賞金稼ぎの少年の傍に膝を付き体に手を伸ばす。
「あっ!! 止めろっ!!」
静止を聞かずシモンは少年の懐に手を入れる。ごそごそと探っているうちに妙な事に気が付く。
(アレ? なんかおかしい? 男の子にしては妙に……柔らかいというか何というか心地いい……この感触って……)
シモンがそんな事を考えていると賞金稼ぎの少年が目を覚ます。そしてシモンと目が合う。そしてシモンの手が自分の体を弄っている事に気が付く。一瞬にして顔を赤くしたかと思ったら悲鳴を上げる。
「キャアァァァァァッ!!!!! ヘンタ~イィィィィ!!!!!」
あまりの大声にシモンは驚き思わずのけ反る。そこへ平手打ち一閃。体が伸び切った体勢では避ける事は出来ず平手打ちをまともに受け、もんどりうって倒れる。
「もしかして君って……女の子なの?」
平手打ちの衝撃で目を回しながらシモンは尋ねる。それに対する答えはなかったが両手で胸を押さえ真っ赤にした顔にすごい形相を張り付けてこちらを睨むその様はシモンの問いが正しいと答えているようなものだった。
賞金稼ぎの少年、いや少女が空間に黒い穴を生み出しその中に手を突っ込んでいる。
「あれは一体どういうもの何ですか?」
腫れあがった左頬を押さえながらシモンが全身鎧の賞金稼ぎに尋ねる。
「ああ、この業界はな女と言うだけで軽んじられる風潮があってな、それを誤魔化す為に髪を短くして男装させたんだ。見た目が中性的で胸もないから男物の服を着せれば男で通る。見た目美少年だからファンもいて……」
賞金稼ぎの少女が最後まで言わせなかった。黒い穴を全身鎧の賞金稼ぎに向け、そこから拳大の岩五個を射出したのだ。
シモンは咄嗟に全身鎧の賞金稼ぎの後ろに隠れた。岩石五発全てが全身鎧に直撃したが微動だにもしなかった。
「危ないだろうがっ!?」
全身鎧の賞金稼ぎは少年、いや少女に対して抗議する。
「ウルサイッ!! しょうもない事言うな、バカアニキ!!」
「兄貴ってあなた達は兄妹なんですか?」
「ああ、俺たち四人血の繋がった兄妹だ。そしてアイツは自慢の妹だ」
「その自慢の妹さんの体を僕が色々と……」
シモンは最後まで言う事が出来なかった。賞金稼ぎの少女から吹き上がる殺気にシモンは後退る。少女の射殺す視線がこれ以上喋るなと言っていた。なのでシモンは話を切り替える事にした。
「ああああの黒い穴は一体何なんですか?」
「ああ、あれか……命を狙った身であるんだがあえてシモンと呼ばせてもらうぞ。シモンは無限収納というスキルを知っているか?」
「無限収納って……」
前世で散々読んだライトノベルでは必ずといっていいくらい出てくるスキルだ。あらゆる物を収納し自在にとり出せる、収納している間は時間が止まっているのか新鮮さを維持出来るという冒険や迷宮を探索するのであれば必ずほしいチートスキル。それを生で拝めるとはとシモンは感激したのだがある事に気が付いた。
「僕が知ってる無限収納って物を収納して任意で取り出す能力のはず。なのにあれで攻撃してきましたよね」
シモンの質問に全身鎧の賞金稼ぎは含み笑いをする。
「……あれはな無限収納の性質を利用した攻撃方法でな、意外と誰も気が付かないんだよ……と言っても俺たちも偶然発見したんだけどな」
「無限収納の性質ねえ……ちょっと興味があります。良かったら教えてくれませんか?」
「……本来は漏らすべきじゃないんだが無限収納のスキルはおいそれと持てる物じゃないし、今回の戦いでこちらの欠点も見えてきたこともあるし……授業料と言う事で特別に教えよう」
「ありがとうございます!!」
異世界物の代表とも言える能力の秘密に迫る、その事実にシモンは少なからず興奮していた。