プロローグ1
とある山奥の廃工場―――
そこで超常的な力のぶつかり合いがあった。一方は炎の球体、あらゆるものを焼き尽くさんとする紅蓮の炎、それに相対するのは暗黒の球体、暗黒界を具現化したとしか思えない夜よりもなお昏い無明の闇。その二つが廃工場の中心で激突していた。二つの球体がぶつかり合う事により生じた力の余波で廃工場の外壁は吹き飛び、地面はすり鉢状に抉れていく。
火炎の力が闇を焼き払い、闇の力が火炎を飲み込む。二つの力はしばらく拮抗していたがその拮抗はすぐに崩れた。突然炎の力が弱まり闇の球体が炎の球体を飲み込み始めたのだ。一度拮抗が崩されると再び均衡状態に持っていくのは不可能だった。闇は炎に侵食され、咀嚼され打ち消された。
「グァァァァァァ!!!」
闇の球体の中から悲痛な声が響き渡った後何かが吐き出され、すり鉢状になった穴の底に叩きつけられた。悲鳴を上げたのは二十代後半くらいの男性だった。四肢は闇に食われて消失、消失した部分から大量の血液が噴き出している。あらゆる骨は砕け内臓には治療不能なほどのダメージを受けている。その男性はどう見ても死に体である。生きているのが不思議なくらいだった。
その人物を見下ろすかのように浮いていた闇の球体はゆっくりと穴の底に降りてきて、吐き出した男性の元に止まった。男性は闇の球体に射殺すような視線を向ける。血と共に生命力が抜けていくというのに眼光だけは力を失っていなかった。
その視線に答えるかのように闇の球体から出てきたのは一人の15才くらいの少年だった。華奢な体格で女性と見まごうばかりの優男。非常に魅力的で街で見かけたのなら声をかけずにはいられないだろう。そして声をかけた事を後悔せずにはいられないだろう、恐怖と共に―――。
その優男は無邪気な笑みを浮かべながらこちらに近づいてきた。そして陽気に語りだしてきた。
「ナァーイスファイト!! ……僕の妖術を駆使して作った妖術的要塞に単身乗り込んで来て、物理、妖術両方の罠を打ち破ってここまで来るんだから驚く他ないよね、志門雄吾さん!!」
少年は遊園地のアトラクションに興奮しているかのようなテンションだった。
(貴様……俺の名前を?)
喋る力さえない男性―――志門雄吾は思念で少年に答える。
「僕たちみたいな裏の業界で厄介な相手といえばまずあなたの名前が上がりますよ。妖術師、黒魔術師、悪霊、邪霊を狩る事を専門にしている西洋魔術師。特別な魔術結社に属していないフリーの黒魔術師ハンター。僕みたいな若輩者にあなたみたいな有名人が出張ってくるとは光栄の至りですよ」
(………)
志門は沈黙を思念で送る。その思念を感じて少年は吹き出した。
「沈黙まで思念で送らなくていいですよ。死にかけているのに中々ユニークですね、志門さん」
(余計な…お世話だ、この非―人類め!!)
「そんな味気ない名称で呼ばないでください。僕には聖理央という名前があるんですから」
そういって聖理央は悪意のない無邪気な笑みを浮かべた。
(非―人類のくせして聖の姓を名乗るとは何とも皮肉な話だ)
非―人類―――
西洋魔術の世界では有名な魔術師が多数おり二大巨頭とも呼べる魔術師がいる。一人はアレイスター・クロウリー、もう一人はダイアン・フォーチューンという女性の魔術師である。非―人類というのはこのダイアンフォーチューンが提唱する邪悪な存在である。彼女が言うに非―人類とはペルシャ猫の子猫とペットの猿を足して二で割ったような存在だと表現している。非常に魅力的であるが周囲に対して不思議なほどに有害な存在。人間の倫理の外にありおおよそ人間とは相いれない恐るべき存在。聖理央はまさに非―人類と呼ぶにふさわしい存在だった。
「僕は皮肉が効いてて結構気に入ってるんですよ、この名前」
聖理央は自慢げに呟く。そんなやり取りをしている間にも志門の体から生命力が抜けていく。
「さて……もう少し話していたいけど志門さん死にそうだしもうそろそろ終わりにしましょうか?」
(……何をするつもりだ?)
怪訝そうな紫園の思念に理央はこれから料理をするような気安さで答える。
「四肢が残った死体ならゾンビの材料にするんだけどこんな状態じゃ使えないし……悪魔の贄にでもしようかな? 魂は使い魔にしてアンタのお仲間と戦わせるのも楽しそうだな。でも……そうだ……」
理央は面白イタズラを思いついたかのようなニタリという擬音が聞こえそうな笑みを浮かべた後妖艶な笑みをに変わった。
「実は僕……両刀なんですよ」
体が無事ならばずっこけそうな衝撃告白だった。
(いきなり何の告白だ!?)
「僕の妖術なら死体でも勃たせる事が出来るんですよ。志門さんが死んだら……すぐに使わせてもらいますよ。志門さんの気持ち良さそうだしなあ」
理央のウットリとした表情と下半身をモジモジさせるその動きを見た志門の全身におぞ気が走る。それと同時に吐血する。
「そろそろお休みの時間みたいですね。僕はこれからアンタで楽しませてもらいますんで……では、お休みなさい」
理央の少し上気した顔を見ながらに志門は口元に野太い笑みを浮かべ思念を送る。
(とっとと殺しておけばお前の望み通りになったのに残念だったな)
理央の顔から笑顔が消え妖術を発動させようとしたが時、すでに遅し!!
志門の体が赤く輝いたのと同時に一千度に達するのではないかと思われる強力な炎が噴出されたのだ。その炎は志門は当然理央も焼き尽くす。妖術で防御が出来ない理央はその炎をもろに受け一瞬で骨も残さず焼失した。
志門は死に体でありながらも会話を続け魔術力を溜め、人為的に人体発火現象を発動させたのでだった。
西洋魔術師、志門雄吾と妖術師、聖理央の魔術戦は終わった。それと同時に志門雄吾の人生も終わりを告げ戦いの舞台を去る。だが、彼の戦いは舞台を変え別の場所―――異世界で新たに始まろうとしていた。