黄金の林檎その二
「ショウさんとの関係はどこまで進んだんですかぁ?」
「いきなり何を言ってるのよ。あなたそういうキャラだったっけ?」
黄金の林檎捜索の最中、マシコットがそんなことを言い出した。恋愛脳はスノウだけで十分なのだが。まあ、今回の話の本命――黄金の林檎を見つけるまでの話題にはなるだろう。
「まあまぁ、良いじゃないですかぁ。姉の行く末はやはり気になるものですしぃ。話のタネに聞かせてくださいよぉ」
「調子のいい時だけ姉妹設定を持ち出してくるんじゃないわよ、まったく」
私は帽子をかぶり直し、少し考える。マスターと出会ってそれなりに時間がたつわけだが、進展があったかと言うとどうだろうか。
「いつも通りよ。良くも悪くも」
「……多少は良い思いしても、誰も責めないと思いますけどぉ」
「だとしても、よ。剣から迫って良い話でもないでしょう。あくまで私は精霊剣。モノなのだから」
人間としての意識もあるが、精霊剣として過ごした時間に比べれば一瞬みたいなものである。今の私は、精霊剣としての意識の方が強い。
という言い訳である。
「ショウさんから言い寄ってきたらどうするんですかぁ?」
「そ、その時はその時よ。まあ、私は精霊剣だし? 期待には応えないといけないんじゃないかしら?」
完全に目が泳いでいる自信があるが、仕方がない。顔に出やすいのは自覚している。
「はいはい、この話はこれでおしまい! 黄金の林檎を見つけてさっさと帰るわよ」
「そういうことにしておきましょうかぁ」
そういうことになった。なぜマシコットにまでからかわれる羽目になっているのかわからないが、取りあえず話を切り上げられたので良しとする。良しとしよう。これでアズールやセイブルも恋愛ネタで私をいじり始めたら目も当てられない。
などと気が散っていたのが良くなかったのか、前を歩いていたマシコットが立ち止まったのに気づかず、思い切りぶつかってしまった。なんだか変な声を出してしまった気がする。
「ちょっと、急にどうしたのよ。びっくりするじゃない」
だが、マシコットから返事はない。不審に思って様子を見てみれば、いつになく真剣な表情だ。片手をあげているだけで、私の動きを制してくる。
視線の先をたどると、マシコットの態度に納得がいった。
「黄金の……林檎ね」
地面にぽつんと金色の林檎が落ちていた。周りを見渡してみるが、同じような果実がなっている木は見当たらない。どこかから転がってきたのか、誰かが落としていったのか。どちらにせよ、である。
「あからさまに怪しいわね」
「あからさまに怪しいですねぇ」
そもそも黄金に輝く林檎という時点で怪しいと言えば怪しいのだが――無造作に放置されているというのが輪をかけて怪しい。
何かしらの罠、釣り餌ではないか?
「それでも、調べないわけにはいかないですよねぇ」
「そうね。……周りには何もないようだし、手に取って調べてみるしかないか」
半径五メートル以内に怪しいものがないことは確認済みだが、一応警戒しながら林檎を拾い上げる。そのまばゆい色を除けば、外見は普通の林檎だ。中身が詰まっているのか、少し重く感じる。食べたい。
お手玉のように軽く二、三度放り投げてみるが特に怪しい動きはない。まあ、当たり前と言えば当たり前である。別に巨大化して襲い掛かってくるわけでもない。発想が飛躍している気がするが――とにかく、持ち帰ってシロウあたりに見せれば何かわかるだろうか。食べたい。
そういえば、この林檎から良い匂いがするな――などと考えていたら、マシコットに腕を掴まれていたことに気付いた。
「……いきなりどうしたのよ」
「いきなりどうしたの、はこちらのセリフですよぉ。それ、どうするつもりですかぁ?」
奇妙な質問だ。どうするつもりって、そりゃ食べるに決まって――
「――っ!」
思わず林檎を放り投げる。例えるなら、何気なく手をついた場所が直射日光に晒されていて高温になっていた時のような、反射的な反応だった。
体を冷や汗が伝っていくのがわかる。自分の心臓の音がうるさい。人間を模しているとはいえ、そこまで精巧に再現しなくても良いだろうと余計な考えが浮かんでは消える。
未だに状況を把握しきれてはいないが、自分が致命的な失敗をする寸前だったことはわかる。なんだ? 私はなにをしようとしていた?
「その様子を見ると、止めて正解だったみたいですねぇ」
「……そう、ね。助かったわ。ありがとう」
意識的に何度か深呼吸をする。少しは落ち着いてきた、はずだ。思えば林檎を手にした時から思考が少しおかしかった気がする。あれを食べたい、食べなければという強迫的な観念があった。
きっかけは匂い、いや、やはり手に取ったことか? なんにせよ、迂闊に触るのは危険だとわかった。
「失踪した人たちは、あんなふうに林檎を口にしたのかしら。……その後どうなったかはわからないけど、ろくな目には会わないでしょうね」
「それなら、すぐにわかるかもしれませんよぉ」
そう言ってマシコットが指差す先には、一体の魔物がいた。猪の魔物だ。群れからはぐれたか、ソロで活動していたかのどちらかだろう。魔物の足元には私がついさっき手にしていた黄金の林檎が転がっている。
「……確かに、わかるかもしれないけれども」
良いのだろうか。ただでさえ何が起こるかわからないものを、魔物に食べさせても。だが状況は待ってくれない。林檎の持つ何かにあてられたのか、魔物が林檎を口にした。しばらくの間、咀嚼音が響く。
「……変化、なさそうですねぇ」
「いや、そうでもないみたいよ。見て、あそこ」
そう言いながら私は魔物の口元を指差す。一瞬の間をおいてマシコットも理解したようだ。
「瘴気を出さなくなりましたねぇ」
通常、魔物は口から黒い瘴気を発している。例外はない。それにもかかわらず、黄金の林檎を口にした魔物は、瘴気を出していない。
「魔力の波長も変わっているってことは……信じられないけど、体を作り変えられているわね。しかも、これだけの短時間で」
魔力の波長は生物固有のもので、同じパターンの個体は存在しない。それが変えられたということは――別の個体に生まれ変わったということである。
口にすれば、変質してしまう果実。
「問題は、なぜそんなものがあるのかだけれども」
そうこうしている間に、魔物が方向転換をしてどこかに向かい始めた。もう少し考える時間が欲しい――といっても仕方がない。早く決断をしなければ見失ってしまう。
「追いかけませんかぁ? 何かあれば撤退すればいいですしぃ」
「……そうやって、私たちを狩場に誘い込むつもりかもしれない。そのリスクをわかっているのかしら」
「だとしても、見逃せない。違いますかぁ?」
「違わないわね」
すでに人が犠牲になっている。正確に言えば犠牲になっている『かもしれない』だが、どちらにしろ人間に害を与える可能性があるものを放置するわけにはいかない。
精霊剣として見逃せない。
「一応、ゴーレムをシロウ様の家に向かわせましたぁ。私たちに何かあっても、最低限の情報は伝わりますぅ」
「何もないのが理想だけど……そうはいかないのでしょうね。追いかけるわよ。元凶を突き止めて、事件を解決しましょう」
次回の更新は9/21(金)を予定しています。




