木更津翔は贈りたいその四
「またまた助けられちゃいましたね。ありがとうございます」
「お礼はいいよ。あいつをどうにかしないと僕たちまでやられそうだったし」
現在僕たちはメリッサの家に上がらせてもらっている。溶解人間との戦いで服がびっしょり濡れてしまったため、乾くまでお邪魔している形だ。
それにしても、と辺りを見回す。客間に通されたわけだが、素人の僕でもわかるくらい豪華な造りになっている。ここに来るのは二度目――炎の寄生剣の時以来だ。あの時は話もそこそこに出発してしまったため、ろくに見学することもできなかった。
家の門構えも立派なものだったし、どうやら離れには使用人の寮もあるとか。なんというか、僕にはなじみのない世界だ。
前にいた世界では平々凡々な家庭で育ったため、お金持ちに対する免疫がない。
「何かお礼をと言いたいところですけど、何が良いですかね。私をお嫁に貰っちゃいます?」
「僕の買い物に付き合ってもらったからね。お礼はそれで十分だよ」
「おやおや、華麗にスルーされてしまいましたね。まあいいでしょう。またこの町に来ることがあれば声をかけてください。お手伝いしますよ」
お嫁に貰う云々はメリッサの冗談だったようで、その後も特に引きずるようなことはなかった。少し首筋が冷えたような気がしたが、気のせいだろう。たぶん。
「服も乾いたようですし、そろそろお暇しましょうか」
「そうだね。それじゃあ僕たちはそろそろ行くよ。またいつか会おうね、メリッサ」
「はい! いつでも来てください! 歓迎いたしますよ」
メリッサの太陽のような笑顔に見送られ、僕たちは帰ることにした。次はメルや他の精霊剣を連れてくる約束をして。
「……とまあ、こんなことがありまして」
「ふぅん、妙なことに巻き込まれたな、お前ら」
帰宅してすぐ、今回遭遇した事件の詳細をシロウさんに報告した。興味があるのかないのか微妙な返事ではあったが、とりあえず話は聞いてくれているようだった。
「『星が落ちた日』の目撃証言は、確かに各地であるようだ。メルも朝から調べものに行っているよ。黄金の林檎のうわさだったか」
「ああ、朝からいなかったのはそういうわけですか」
とすると、今頃メルも僕と似たような目にあっているのだろうか。
「じゃあ、ちょっと助けに行ってきますね」
「いや、メルの方も片付いたらしいぞ。さっき連絡があった。じきに帰ってくるだろう」
すぐに部屋から出ていこうとしたところで、シロウさんに呼び止められる。どうやら早とちりをしていたらしい。
「実際、メルの方も厄介な現象に出くわしたらしい。原初の魔物を倒して以来、妙な事件が各地で起こっているのは確かだ」
「……僕たちが原初の魔物を倒したことが関係あるのでしょうか」
「無いとは言えんだろうな」
無論、お前のせいじゃないよ、とシロウさんは続ける。
「この星を支配していた原初の魔物がいなくなって、よそ者が入り込んできているのは事実だ。だがまあ、前にも言った通り原初の魔物を倒さなければこの星に未来はなかった。必要なリスクさ」
そう言われても、素直に納得できない部分はある。原初の魔物を倒したことで現状があるのなら、やはり僕にも責任はあるのではないだろうか。
傲慢かもしれないが、そう考えてしまう。
「そう思うのなら、手の届く範囲で事件を解決していけば良いだろう。まあ、俺個人としては原初の魔物を倒した時点で少年は十分役割を果たしているとは思うがね」
「そういうものでしょうか」
「そういうものだよ」
ぱたんと本を閉じ、シロウさんがこちらに体を向ける。
「首を突っ込むのは構わないし、俺も好ましいとは思うが・・・ただし気を付けろよ。溶解人間の例でわかるように、外から来た奴らは何をしてくるかわからん」
「……結局、あれはなんだったんでしょうか。魔物ではなかったみたいですけど」
「そういう生き物だろう。エイリアンみたいなものだと考えれば良い」
人の形をしていたのも釣り餌みたいなものだろう、とシロウさんは続ける。
「人に擬態して、近づいたものを溶かして食らう。そういう生態を持った生き物。この世界じゃ珍しくない……とまでは言わんが、まれにあることだ」
腑に落ちない点はあるが、これ以上はやめておこう。現時点では、魔物に変わる脅威が現れたとだけ認識していれば良さそうだ。やることは今までとあまり変わらない。戦う相手がよくわからない生命体に変わっただけだ。
「溶解人間を二百年後に飛ばしたってのも、ファインプレーかもしれんな。それだけ時間があれば対策も打てる」
「……あれをどうにかできるんですか?」
物理攻撃も魔法も通じなかった相手だ。どういう対策を取ればいいのか、すぐには思いつかない。
そんなに大したことでもないがな、とシロウさんが解説を続ける。
「ワープして追跡してくるとかだったらお手上げだったが、溶解人間の移動手段は徒歩だったんだろう? だったら宇宙に追放してしまえばそれでおしまいだよ。さすがに二回もこの星にやってくる偶然はないだろう」
簡単に言っているが、宇宙まで飛ばすのも一苦労ではないかと思う。いや、それを実現するための魔法なのか。
「その辺りの対策は俺がやっておこう。差し当たって少年は、そのプレゼントをメルに渡すところから始めてはどうだ?」
色々と回り道をしてしまったが、ようやく本題に入れそうである。プレゼントを買いに行ったはずなのに、命がけのバトルをして帰ってくるとか自分でもどうかとは思うが、それはそれである。
あとは渡すだけなのだが。さて、どういう風に渡したものか。変に気取るのもまずいだろうし。
「あらマスター、帰ってきていたのね」
「うわっ!」
ぼんやりと考えていたところに、メルが後ろから声をかけてきた。僕はメルの方へ向き直り、とっさにプレゼントの入った小箱を背後に隠した。
いやまあ、隠す必要はなかったのだけれども。むしろ、渡しにくくなったので悪手と言える。メルも怪訝そうな顔だ。完全に怪しまれている。
「……何を隠したのかしら。無理に見せろとは言わないけれど、気になるわね」
完全にバレていた。少し迷ったが、ここでごまかしたら一生渡す機会はこないだろう。
「その、メルにプレゼントを買ってきたんだ。貰ってくれると嬉しいかな」
なるべく自然な態度に見えるように気を付けながら、メルに小箱を手渡す。きょとんとした顔をしていたが、やがてこぼれるような笑顔を見せた。
「あらあら。嬉しいわね。開けても良いかしら」
もちろん、と僕が答えると、メルは小箱を開けて中にある指輪を確かめ始めた。センスが良いじゃないとこぼしている辺り、どうやら気に入ってもらえたようである。
「せっかくだし、マスターに付けてもらおうかしら」
はい、と目の前に左手を差し出されたため、少しフリーズしてしまう。え? 付けるって、どの指に?
取りあえず、差し出された手を取り少し考える。きめの細かいしなやかな指の感触が伝わってくる。相変わらずひんやりと心地の良い手だな――などと思っている場合ではない。どうするか。
「えいっ」
そんな軽い掛け声と共に、メルは勝手に自分の中指に指輪をはめてしまった。僕の葛藤は何だったのかとは思うが、助かったという気持ちもある。
「なかなか良いじゃない」
表、裏と確かめるようにメルは自分の指を眺めている。彼女の満足そうな顔を見れただけで、プレゼントを贈った価値はあるだろう。
「そうだ、アップルパイがもうすぐ焼けるのだけど、一緒にどうかしら」
是非もない。ごちそうになるとしよう。
次回の更新は9/7(金)を予定しています




