Vore転生 ~丸呑みフェチを転生させたらエラいことになった~
フェチ。それは深い深い、人間の闇。
そして同時に、誰にも侵すことのできない聖域でもある。
俺、丸野 美漉は興奮していた。
「おお、おおお……」
目の前のモニタで展開されているのは、一本の動画。もう何度となく見た、一分程度の動画だ。
その内容は。
一羽のカラスが、小鳥の巣に降り立って、雛たちを一羽一羽飲み込んでゆく。ただ、それだけの動画だ。
常人にとっては、なんということは無い動画。あるいは、自然のキビシサを伝える、痛ましい動画なのだろう。
しかし、俺にとっては違う。
何の前触れも無く、平和で幸せな小鳥たちの家庭に降り立つ、絶対的なカラス。威嚇する親鳥を突き落とし、泣き叫ぶ子供たちを、一羽、また一羽と口の中に葬ってゆく。小鳥たちは体半分ほどまで飲み込まれてしまうと徐々に力を失い、それを満足気にカラスは飲み込んでゆく。親鳥も戻ってはくるものの、巨大であるカラスに対して、なすすべもない。親鳥は失意の中で最後の一羽が丸呑みにされるところを見守ると、その巣を破棄して飛んでいく。ここで、動画は終わりだ。
――助けを求めるか弱い雛たちが、絶対的な巨悪・カラスに為す術もなく食べられてしまう。
俺は、そんなシチュエーションが、好きで、好きで、たまらなかった。
別の胴がでは、バニーガールが蛇に頭から一飲みにされていた。
また別の動画では、底なし沼にはまった女性が「たすけて、たすけて」と声を上げるが、むなしく底へ沈んでいった。
ドラゴンボールの魔人ブウが、キスを拒んだ女をキャラメルにして食べてしまうシーンは穴が空くほど読み返した。
とにかく俺は、そういったシチュエーションが大好きだったのだ。
ネットではそう言った被食趣味のことを「丸呑みフェチ」とか言うらしい。日本語サイトは少ないから、俺は英語に従って「Vore」と呼んでいる。中でもグロテスクに食い散らかされる「ハードVore」と、一飲みに飲み込まれてしまう「ソフトVore」に分かれるが、俺は断然ソフトがお好みだ。
あるいは、弱者が虐められるのを楽しむ「リョナ」というジャンルに分類されるかも知れないが、そこはどっちでもいい。好きなものは好きなのだ。
今日、俺は散歩をしていた。
交差点を渡っていると、不意に下校途中の小学生が目に入った。いたいけな、そしてか弱そうな小学生だ。その後ろには一つ、大きめの水たまりがあった。
ああ、いけない。いけない事とは思いつつも、俺の想像力が花開く。
――突如、水たまりから伸びる、水の腕。それは少女の細い足首を捕まる。「ひゃっ」と少女が声を上げたのもつかの間、その口は別の腕によって塞がれてしまい、声が出せない。そのまま少女はじわり、じわりと水たまりの方へ引っ張られてゆく。水たまりの先は、異次元にでもなっているのだろうか、底が無いかのように、どんどん、どんどんと少女の下半身を飲み込んでゆく。少女は必死にもがいて、口を押えていた手を振りほどいた。
「いやああああ! たすけて、誰か助けて!!」
しかし、半分異次元に体を突っ込んでいる少女の声は、もう周りの大人たちには届かない。もう体はほとんど水たまりに引きずり込まれ、両腕と顔が出ているだけだ。そこで少女は気づくのだ。俺だけが、彼女がピンチであることに気づいている、ということを。
「おじさん、助けて! お願い!!」
俺はその声を聞いて、少女の目の前に走ってゆく。
よかった、助かるんだ。少女の希望が生まれた見たその顔を俺は……
そう。笑顔で見送った。
「……え? おじさん? 助けて、ねぇ、いや、いやああ……」
そうして水たまりに沈んでいく少女の美しい指先の一本までを、俺はしっかりと見送る。
多分少女の最期の光景は、満足気に微笑む俺の顔だったろう――
などという妄想が、忽然と花開くのだ。
……どうだ、すばらしいだろう? 考えただけでもゾクゾクする妄想だ。
もし神に会うチャンスがあったならば、このパーフェクトな脳みそを与えてくれた神に、感謝しなくてはならないな……
そんなことを考えていると、ぐしゃっという音がした。
景色が回る……あ、もう信号が赤になっている……。
はい。そうです。
俺は妄想中に、トラックに跳ねられて死にました。
◆
「というわけで、あなたに好きな技能を与えますので、世界を一つ救ってください」
ええ。お約束ですね。
私は今、やたら卑猥な発育状態の女神様のいる、白い部屋に来ています。あと、今回は猫が一緒ですね。白いネコ。女神様に抱かれてます。多分「うっ、うらやましい……」とか言うべきシチュエーションでしょう。そりゃ俺だっておっぱいは好きですよ。だけどね、今回に限っては、そんなことよりも、この使い古されたシチュエーションの中に俺を放り込んだ運命ってヤツが度し難くてね。仏教では転生は拷問らしいけど、今では転生、別の意味で拷問になりつつあるよね。
「チートですよチート! 神になるも悪魔になるも、あなた次第なんです。……嬉しくないんですか?」
嬉しいか嬉しくないかと問われれば、嬉しくなくはないけれど。
正直その手の小説を散々読んできた俺にとって、なんというか、ありがた味に欠けるのだ。
「そんなぁ……せっかく私、あなたのために頑張ったのに……」
しょんぼりと萎れる女神様。俺のためかぁ。だったらもう少し、気の利いたイベントを用意してくれてもよさそうなものだが……。
あれ? 俺のため? 悪魔にもなれる……?
「えっとそれはつまり、世界の被害状況と考えなくても、大丈夫なワケ?」
「はい! 魔王さえ倒して頂ければ、もうなんでもアリで」
ほう。意外と話せる神のようだな。これはすこしやる気が出てきたかも……!
「能力って、どんなのがあるの?」
「なんでもありますよ! 大したことない能力なら、複数付与できますし」
どんっ、と胸をはる女神。ぷるるんと揺れる。ああ、希望が出てきた状態で見ると、うん、アリだな。
「さあ、今あなたが一番欲しい能力を仰ってください!」
「縮小!」
即答だった。とりあえず、これしかないだろう。Voreの常套手段であるが、前世では不可能だった。この際だから、前世では絶対に味わえない経験をしてやるっ!
「しゅ、縮小、ですか……? ミニマム化の術は普通にある魔法なんで、わざわざここで取らなくても……」
ほう! ミニマムのある世界。素晴らしい。
どうやら女神にも「予算」みたいなものがあるらしい。今回は予算ギリギリまでOKなので、あまり安い技能だと損するよ、ってことだった。
そういうことなら、もう少し欲張ってみよう。
「麻痺」
体の動かない相手を飲み込む。これも鉄板だな。抵抗されてもイヤだし。
「いや、それめっちゃメジャーですけど、いいんですか。安いですが……」
うっ、麻痺なんてチートだろ!? これでも安いだなんて、何が高いと言うんだろう。
「高いのは、LV限界突破とか、ステータス改変とか、そういうのですねー」
ああ、あからさまな奴かぁ。そういうのに比べれば、確かに安そう、麻痺。
「なら、これはどうだ!? 『口に入れようとした無抵抗な生物が口より大きい場合、得物サイズを口に合わせてくれる力を、付与できる』魔法!」
「めっちゃピンポイントですね!? そんなのは流石に……あ、ああ!? あります、ありました!」
女神は驚愕の表情でページを指さした。
「い、今まで一人しか取得してないですよ……不人気すぎるんで、ほとんどタダです」
また安物かい!?
「ええい、面倒だ、全部書き出してやる……!」
こうして、俺は次の能力を得た。(安)が付いているものは、技能の性能を下げる代わりに値段を下げるオプションだ。逆に(高)は、追加オプションである。
縮小……対象を小さくする。
ただし、対象の能力値はそのまま(安)
麻痺……対象を一定時間、行動不可にする。
ただし、喋ることができる(安)
変質……対象の構成物を変える
ただし、能力値はそのまま(安)
ただし、食べ物にのみ変化できる(安)
女体化……対象を人間の女性の姿、または、元々との中間の姿にする
ただし、元には戻らない(安)
ただし、能力はそのまま(安)
食べる……対象となる、通常食べられないサイズの生物を食べ、その技能を得る
ただし、無抵抗の相手のみ(安)
ただし、付与するだけ(安)
暴食……どんなに食べても胃袋がはちきれない
ただし、お腹は膨らむ(安)
ただし、付与するだけ(安)
念話……頭で考えるだけで会話ができる。
ただし、1m以内(安)
遠見……遠くの風景が見える。
ただし、衣服は透けない(安)
ただし、風呂や家の中など、プライベートな空間は覗けない(安)
また、口や胃など、体の中が覗ける(高)
「ミスキさん……(安)オプションつけすぎです!! つけてもつけても、チートってレベルの値段に到達しないじゃないですかぁ。ノルマが! 私の神界への貢献度が!!」
女神が半泣き状態で、俺に訴えてくる。いやいや、十分チートだろ、8個も技能ついてるんだぞ!?
「うーん、じゃあ、全技能レベルマックスで。どんな相手も抵抗できない程度の出力にしちゃって。それで十分だから。ていうか、それ以上望むことなんか、何もないから、本当に!」
それを聞いて、しぶしぶ、といった感じで、女神は俺に技能を付与した。
「はあ……私、本当はチートでバシバシ魔王を片付けてくれる勇者を転生させる予定だったんですけど」
「それは次の転生者でやって」
ため息をつく女神。
「で……本当にもう技能ついてるの、俺?」
「はい! それはもうバッチリ。望み通りの技能を、レベルMAXでつけておきましたから!!」
ふむ……試してみるか。
俺は女神の抱いている猫を指さす。
「女体化!」
すると、猫の手足はするすると伸びていき、やがて中学生くらいの、美しい猫耳と尻尾を持った少女へと姿を変えた!
おぉぉぉぉ、すごい! ちゃんと使えるじゃないか、魔法。ちょっと感動。
しかしそれを見て目を丸くしたのは女神様だ。
「な、なぁぁぁぁぁぁ!? 私のミケちゃんが……」
そう言って女神様は、元ネコに縋りつく。当のネコは首を傾げていて、状況がよく分かっていないようだ。
「いいね、ちゃんと使えるね、魔法」
俺の言葉に、女神様はものすごい剣幕で俺に抗議する。
「どうしてここで試しちゃうんですか!? ちゃんと転生してからやって下さいよ! ていうか、ミケをもとに戻して!!」
うるさいなぁ。黙らせよう。えぃ。
「麻痺」
すると、女神の動きがカチッっと止まる。何かに縛られたかのように身動きできない女神。だがどうやら、首から上だけは自由なようだ。そういえば、そんなオプションつけたな。ちっ。
「……!? そんな、女神である私に【麻痺】なんて低俗なスペルが効くハズが……」
「おー、そうなんだ。流石はレベルMAXだね!」
これは重要な情報だ。女神レベルの麻痺体制の上からでも、こういったスペルをかけることは可能らしい。つまりそれは、これから向かう世界でも、俺の魔法を防げる奴はいないということだろう。素晴らしい。
どうせだから、今のうちに色々試しておきたいよね。
「縮小!」
女神様に向かって、今度は縮小の魔法をかける。女神様は悲鳴をあげながら、ゆっくりゆっくりと縮んでいく。あ、ゆっくりにしたのは俺の調整。この悲鳴がたまらないんです。
最期に女神様は、高さ10cm程度の小人になった。「もうやめて」と、女神は涙ながらに訴えている。それを、ミケと呼ばれていた猫耳娘が、興味深そうに覗きこむ。
「あは。女神様、ミケよりちっちゃくなっちゃったニャ。ねえ、そこのオジサマ。コレ、ミケのご主人様だと思いますかニャ?」
女神はその小さい口で、私よ、私は主人よ、と必死で叫んでいる。
だから、俺は言ってやったんだ。
「ちがうよ。食べていいよ、それ」
って。そして俺はミケに【食べる】を付与した。
「いや、やめさせて! あなたのためにスキルまで上げたのに、そんな……鬼、悪魔!!」
「だって、言ったじゃないですか。悪魔になってもいいよって」
「違っ、それは転生した後の話で……」
必死でもがくけど、無駄ですよ女神様。あなたがくれた呪縛は、そんなに簡単には解けませんって。
ミケは嬉しそうに女神を拾って、ひと舐めする。女神はその一撃で、すっかり戦意喪失して、ただただ呆然としていた。
「ミケ嬉しいニャ。ずーっと女神様のこと、おいしそうだと思ってたんだニャ……」
ミケは唇をぺろりと舐めたあと、ゆっくりと、その唾液が糸を張る口を、縦に開いた。
女神は絶望の中、弱々しい口調で呟いた。
「こ、こんなこと許されませんわ……神への冒涜よ、必ず天誅が……」
そこまで言いかけたとき、女神の上半身はぱくっと、ミケの口の中に含まれた。唇からはまだ、下半身が飛び出している。ミケが口の中で弄ぶのに呼応するように、時々ビクッと跳ねるそれは、やがて力が抜けてくると、口の中にちゅるっとすすられて消えた。
俺はすかさず【遠見】と【念話】を唱える。すると頭の中に、ミケの口の中のイメージが鮮明に浮かんでくる。女神様の叫びも聞こえてくる。
女神様は舌でいじり倒され、全身が閉じ込められてしまったストレスで虫の息だ。舌が彼女の体をグイッと押し付けるたびに「たすけて、たすけて」と、壊れた人形のように繰り返している。唾液と涙にまみれて情けなく命乞いするその姿には、どこにも神の威厳などなかった。
ミケが俺に目くばせで「もういい?」と聞いてきたので、俺は「いいよ」と返す。
女神の体が、ミケの舌に運ばれて少しずつ移動してゆきそして……
ごくんっ!
女神の体は、完全に食道の奥へと落ちていった。
……すごい。何度も動画で見た光景だけど、やっぱりナマで見ると、迫力が違う。
生きててよかったと思えた瞬間だ。いや、今は死んでるんだけど。
ミケも満足気にお腹をさする。
「美味しかったニャー」
主人を食べて一切悪びれる様子の無い猫耳。
うん、コイツだな。そのふてぶてしさ、不義理さ、俺の好みだ。見た目だって、さっきまで猫だったと思えないほど良い。よし連れて行こう。
あれ? そういえば、どうやって異世界に行くんだろう。
思い出せ、小説ではどうやっていたかを……ああ、神様に送ってもらう、というのが、テンプレだったはずだ。え、神様……?
神様、もういないよ? ミケのごはんになっちゃったよ?
もしかして俺、この白い部屋から永遠に出られない? そ、そんな、どうしよう……
「ニャ? オジサマ、ミケ何か変なスキルを覚えたのニャ。【スタート】だってニャ?」
……おお! そうか【食べる】を付与していたから、女神様のスキルを吸収したんだな。多分、それが転移の呪文だ。でかした、ミケ!
「オジサマ、褒めて褒めてニャ!」
ミケの頭をなでる。特に、毛並のいい耳周りを中心に。
しかしなー。折角転生するのに「オジサマ」じゃあ、あんまりだなぁ。
「じゃあ、女体化すればいいのニャ!」
「あっ、そうか」
よし、どうせだから、めっちゃ若くなってやろ。
年はミケより若く、12~3歳。やせ形ロり巨乳美少女。よし、これでいこう。
ポンッと小気味良い音をたてて、俺の女体化は無事成功した。どうでしょうか、ミケちゃん。
すると、ミケは俺の変身に目を細めた。どうやら気に入ってくれたらしい。
「ニャニャッ!? か、可愛いニャ……!」
ミケは尻尾を振って、俺……いや、あたしにすり寄ってくる。
「さ、ミケ行くわよ! いざ異世界冒険へ」
「冒険? 行って何するニャ」
「モ チ ロ ン! 丸呑みの観察よ。ミケ、あなたにも沢山食べてもらうわよ。女の子も、男の子も、聖女様も勇者も魔王も! みんな好きなだけ食べていいからね。もっと、もっとあたしをゾクゾクさせて……!」
「ニャー! 女神様は美味しかったニャ。もっともっと美味しいもの食べたいから、ついてくニャ!」
こうして私たちは旅に出る。
「ところで、ミスキも美味しそうだニャ。食べていいニャ?」
「それは流石にヤメテ」
あたしは思わずツッコミを入れる。
でも、本当はちょっぴり、食べられてみたいのだ。それが、丸呑みフェチのサガだから。
「そうねぇ……この人生に飽きたら、食べてもらおうかな」
「なるべく美味しいうちに飽きてほしいニャ」
つづ……かない!
おしまい。




