脳筋魔族(種族名)
2016/2/4 修正
※ステータス等を表示するようにしました。
目覚めたらそこは異世界だった。
なんか真っ暗なんだけど?
体を動かそうにも動かせない。
そもそも体の感覚がない?
こんな時は考えずに眠るに限る。
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寝られる訳が無い!
『召還キャンセルした時に時空の狭間にでも飛ばされたのか?』
独り言を言おうにも体が無いので声が出ない。それでも心の中で独り言を言いながら考えを整理してみる。
しかし、それを続けたところで目の前の黒い世界は何も変わらない。
不安が徐々に増幅していく。
『ルーイは本当に召喚魔法のキャンセルに成功したのか?』
『もしかして俺は騙されて体を乗っ取られたのかもしれない。』
そんな暗い思考に囚われながら、どうにかこの状況を変えようと考えを巡らせる。
『魔法は……無理か』
一番の頼りの綱だった魔法も使えない。
魔力を操作できている手応えがあるのに、この黒い空間では発現しない。
『あとは、転生ものだと天の声のシステムサポートとかか。おーい!』
………………
声が出せないから駄目ってことは無いだろうから、この世界にはそういった類のサポートは無いということだろう。
『そうなると、あとは固有スキルとかで打開するパターンだよな……ステータスウインド!……ステータス!……開け!……ウインドウ!』
自分のステータスを確認するための窓が表示される気配は無い。言葉が発動条件では無い可能性もあるので、俺は意識を自分の内側へと向けるようにしてみる。自分で自分を見るようなイメージだ。
【名前】 :イブキ=クロ
【称号】 : 勇者(笑)
【種族】 : ???
【Lⅴ】 : 1
【HP】 : 8 【MP】 :168
【腕力】 : 2 【体力】 : 2
【俊敏】 : 1 【知力】 : 2
【魔力】 : 2 【幸運】 : 25
【技能】 :☆生活魔法(上)☆火魔法 (中) ☆水魔法 (中)
☆風魔法 (中)☆土魔法 (中) ☆聖魔法 (中)
☆闇魔法 (中)☆重力魔法(上) ☆探知魔法(中)
☆魔力操作(初)☆精神接続(初) ☆結界魔法(中)
☆能力分析 ☆??? ☆???
☆???
なんか出た。
なんか出たけど……ナニコレ?
称号が勇者(笑)?元の世界で獲得した称号まで反映とか凄くイラっとくるな。
種族が???で、技能にも3つ???が有るのも困るけど、ステータスが低すぎるのが問題だろ!
国民的RPGの青いぷるぷるしたヤツよりも弱いって……。
MPだけ以上に高いし、ルーイに教わった魔法も使えるのが救いだな。身体強化と結界魔法で死なないように気をつけないとヤバイ。
『そして、これを見たからといって何が変わるわけでもないという悲劇……』
それからどれくらいの時間が過ぎたのか分からない。周囲に能力分析をかけまくって自分のステータス以外に反応するものが何も無いということが分かった後から、色々と諦めて寝続けている。
『バタン…』
すごく微かだが、そんな音が聞こえてきた。耳の感覚は無いのに聞こえるって不思議だが、聞こえたんだから問題なしだ。聞き間違いでなければ扉の閉まる音に似ているが……。
俺は息を殺して耳を澄ます。もちろん比喩だけど。
「……ゴ、ヒサ……リノショ……ウ」
今度は声だ!間違いない。
『おーい。誰か居るのかー?助けてくれー』
声が出ないから聞こえないとは分かっているが、それでも、無駄と知っていてもそうせずには居られなかった。しかし、俺の心の声は届かなかったようで再び静寂が俺を覆う。
暫く声がしたと思う方向に意識を向けていたが、声の主は遠くへ行ってしまったのかその後は何の音も聞こえて来なかった。
『俺以外にも誰かが居ると分かっただけでもいいか』
カラン…カラン…カタカタ…ガタッ…
そう思った次の瞬間、今度は下から音がした。その音は暫く続き、今度はガサガサという音が聞こえてくる。
ガチッカチッ!!
そして何かをぶつけた様な音がした後、再び静かになる。
一体何なのかは分からないが、この空間に来てから初めて訪れた変化だ。
パチッ…パチッ…。
下から聞こえてくる音が変わってきた。俺の周囲は相変わらず黒いままだ。今の俺にはどうすることもできないので次の変化を待つ。
なかなか変化が起こらないまま、かなりの時間が経った。ぼ~っと何も考えずに時が過ぎるのと、何かを期待して長時間待つのだと、俺は期待して待っていた方が苦痛だと感じるタイプだ。カップ麺も1分で食べ始める男だ。
ガンッ!ガンッ!ガンッ!
突然正面から何かを打ち付けるような音が響く。今までで一番大きな音だ。そして、ようやくここで音以外の変化が起こった。
黒一色だった世界に白い線が網のようにいくつも走った。
打ち付ける音が鳴るたびに線はどんどん広がって行く。それに併せるように、俺の体の感覚が徐々に戻っているのが分かる。動かすことはできないが、全身が「在る」と感じることができた。
音は今も続いている。そして遂に目の前の黒い壁が崩れ落ち、光が俺の視界を一時的に奪い黒から一転して真っ白で何も見えない。
俺が世界を視認できるようになって最初に見たのは、凄くガッカリした様子の少女の顔だった。表情は一先ず置いておくとして、目の前の少女は可愛らしさと美しさが絶妙な割合で調和している文句なしの美少女だ。長く伸びた艶やかな黒髪は生糸のように木目細かく、頬の輪郭に沿って垂らした髪が震える少女と一緒にサラサラと揺れ、目に少し懸かる程伸びた前髪は、少女の涙目をほんの少しだけ隠している。
少女は俺を見てガッカリしたかと思うと、今は懸命に泣くのを我慢して震えている。
少女―20歳よりは少し下か?―に泣かれる理由が分かったのは俺がそこから出てすぐだった。
「何これ?卵じゃん!!」
そう、俺が今まで居た黒い世界は巨大な卵の中だったのだ。
「俺って孵化しちゃったの?」
俺が生まれた卵の下には薪がくべられ、今もパチパチと燃えている。そして傍らには、ナイフ片手にその卵を涙目で見つめる少女……。
「なんかごめん……」
俺は全てを察してしまった。
ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅ
腹の虫が抗議するように鳴る。
気まずい沈黙が俺たち二人の間に落ちる。
ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ
このまま見つめ合っているのは耐えられない。
ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ
彼女のお腹の音が鳴り続けている。とりあえず俺は彼女に能力分析をかけてみる。
【名前】 : エイミ
【称号】 : 食い意地
【種族】 : 脳筋魔族
【Lⅴ】 : 8
【HP】 :288 【MP】 : 34
【腕力】 : 22 【体力】 : 23
【俊敏】 : 19 【知力】 : 10
【魔力】 : 11 【幸運】 : 5
【技能】 :☆狩猟(中) ☆解体(中)☆調理(初)
あ、これはアカン。この娘の軽いツッコミだけで死んでしまう。
俺は気付かれないように身体強化と結界魔法を自分にかけておく。
それにしてもルーイが卵生動物だったとは。世界の情勢とかより、この事を先に教えておいて欲しかったよ!
「ごはん…どこ?」
彼女は卵と俺を交互に見て、泣きそうな声で聞いてきた。称号に「食い意地」があるし、余程ショックだったんだろうな。
「……中身は俺だったみたいだね」
「中身?あなた、ご飯?」
「……それは勘弁してください」
少女が「じゅるり」と音をたててこちらに近づいてくる。
「いや、俺は食べられないから!」
そう言ってみたが、今の俺がどんな姿なのか確認していないことに気が付いた。手は少し細いが人間の手のように見える。足も素足だがちゃんと2本あるし、他の部分も手で触った感じ、特にエラがあったり、剛毛だったりと言ったことも無い。前の世界にいた頃には活躍させてあげることができなかったJr.もしっかりとぶら下がって……。
少女の前に全裸で仁王立ちしてました。事案ですか?
「おおおおおっ。な、何か着る物を持ってない?」
「食べ物?」
ち、ちがう!Jr.は食べ物ではありません!
「そのマント貸してくれたら食べ物は用意するから!」
とにかく、こんな美少女の前で全裸という状況は恥ずかしくて仕方が無い。
「神様?」
彼女はそう言いながら首を傾げ、羽織っていた黒いマントを俺に貸してくれた。俺はそれを身体に巻きつけるが……すげぇスースーする!
とりあえずお互いに軽く自己紹介をした結果、このエイミという脳筋魔族の少女は17歳になったばかりのある日、別の脳筋魔族に村が襲われて家族と生き別れになってしまったらしい。性質の悪い脳筋魔族にしつこく追い回され、空腹と睡魔でふらふらになっていた時に突然、足元が崩れてこの部屋に落ちて卵を発見したらしい。
「私の村、襲われる、隣村、みんなで逃げた」
脳筋魔族だからなのか知力が俺の10倍ある彼女の話し方は非常にたどたどしかった。その言葉をつなげてエイミに確認しながら内容を理解していった。ちなみにエイミから見ると、俺は同い年くらいの少年に見えるそうだ。
エイミのことも分かったので、エイミとの約束をどうにかしなければならない。話している間ずっと腹が鳴っていたのでこれ以上空腹を我慢させるのは可哀想だ。
俺はこの地下施設を色々と見て回った。地下施設と言っても俺がいた部屋と同じような部屋があと2つあるだけの大きさで、天上までの高さも3メートル程度だ。隣の部屋の天井に穴が開いていて、そこからエイミが落ちてきたのだろう。
各部屋とも10メートル四方の大きさで、天井には貯めた魔力で自動発光する道具が取り付けられ、十分に明るいのだが卵(俺)以外に何も無かった。これは外に出て探すしかないな。そんな事を考えて少し憂鬱になっていると上の方がなにやら騒がしい。
「げばばば!女!女!女ぁぁぁ」
「「「イィィィィ!!!」」」
天井の穴から、そんな声が聞こえてきた。どうやらエイミを追いかけていた連中が近くまで来ているようだ。声のした方の天井に向けて能力分析をかけてみる。
【名前】 : 天井
【称号】 : 経年劣化
【種族】 : 天井
【Lⅴ】 : ――
【HP】 : 30
まさかの天井情報をゲットだぜ!俺よりもレベルもHPが高いし……。そうじゃねぇよ!追手の情報が欲しかったんだよ。
「お前、女、見つけた。女、返せ」
俺がスキルの使い勝手の悪さに頭を抱えている間に、天井の穴から凶悪な顔の男たちがこちらを覗き込んでいた。あ、これなら能力分析できるかも。
【名前】 : グ
【称号】 : 追跡者
【種族】 : 脳筋魔族
【Lⅴ】 : 9
【HP】 :243 【MP】 : 0
【腕力】 : 44 【体力】 : 49
【俊敏】 : 39 【知力】 : 10
【魔力】 : 27 【幸運】 : 5
【技能】 :
【名前】 : デコ、デパ、デス、デマ、デラ、デモ
【称号】 : 手下
【種族】 : 脳筋魔族
【Lⅴ】 : 3
【HP】 : 27 【MP】 : 0
【腕力】 : 6 【体力】 : 5
【俊敏】 : 5 【知力】 : 2
【魔力】 : 0 【幸運】 : 2
【技能】 :
今度は分析できたけど、この能力分析は、色々とおかしいだろ。称号にストーカーとかルビ振ってあるし……部下たちは全員で纏められているし……部下の名前付けた人は絶対に面倒だったんだろうな。
そもそも魔族なのにMPが0だったり、魔力が0だったりするのはどうかと思う。
「女?何のことだ?」
俺は惚けつつ、いきなり襲って来られても対応できるよう結界魔法と身体強化をかけておく。
「お前、後ろ、女」
「後ろには何も……」
そう言い掛けて、背後に気配を感じ、振り返るとそこにはエイミさんがいらっしゃった!なんで出てきちゃったの?
エイミは俺が羽織っていたマント(その下は何も無い)をちょこんと摘んで俺を見上げている。やめて!それ以上引っ張ると隠せないから!
「ご飯、くれる、言った、まだ、ない、死ぬ」
どうやら心配してくれたらしい。いや、これはご飯食べないと死んじゃうってことか?
「お前たちはこの娘に何の用だ?」
「娘、好み、俺の子供、産ませる」
これぞ肉食系男子!欲望に素直!
「そうか、エイミはそれでいいの?」
そう言ってエイミを見ると、凄い速度で首を振っている。
もちろん左右に。
「嫌がっているみたいだけど?」
「俺に抱かれる、幸せ、嫌がる、嘘」
「何処から来るんだよその自信は……俺にも少し分けて欲しいぞ」
「俺、抱いたら、次はこいつら、お前、その後、どうだ?」
「いや、分けて欲しいってそういう意味じゃねぇよ」
あれ?
エイミも心なしか俺を見る目に疑いが・・・。
「お前が馬鹿なこと言うから疑われたじゃないか!」
こうなったら結果で信頼を勝ち取るしかない。俺は強化魔法で跳ね上がった跳躍力を活かして天井の穴から外に飛び出し、グたちの頭上を跳び越して着地する。全員がその行動に目を見開き、固まっている。
あれ?今のって異常な行動だったのか?
「お、お前。勇者か……」
これくらいで勇者とか言われるとか、予想外過ぎる。まだ男たちはざわついている。何か小声で話しながらチラチラとこちらを窺っている。
彼らの視線は、俺の顔ではなくもっと下……おおおおっとぉぉぉ!?
ジャンプしたせいでマントが開けて俺の下半身が露わに!!奴の言っていた勇者って変態って意味かよ……。俺は慌ててマントを直して男たちと再び対峙する。
「お前たちを倒す理由ができたな」
俺の言葉にグたちが一斉に動く。
手下3人が俺に背を向けると、エイミがいる地下につながる穴に走り、グと残りの3人が俺を囲むように動く。
意外と統制の取れた動きに驚きはしたが、ただそれだけだ。
穴に飛び込もうとした3人は穴の直前で見えない壁に激突してひっくり返り、俺に大剣で切り付けて来たグも剣ごと弾かれて尻餅をつく。
「まぁ、そう来るよな」
一人は顔面から衝突して盛大に鼻血を噴出している。
もちろんこの壁は俺の展開した結界魔法だ。
ルーイの説明では、この魔法は網という生活魔法で大きめの害虫を防ぐ為の蚊帳みたいなもので、使うメリットがほとんど無いゴミ魔法だそうだ。しかし、俺が使うとルーイの魔法でも破壊できない強度になり、1畳ほど大きさの結界を一度に10枚展開し続けても魔力枯渇にならない脅威のコスパもあり俺のお気に入り魔法のひとつだったりする。初めての戦闘だったのでこの戦闘だけで50枚の網を展開したが消費MPは1だけだった。それも既に自然回復している。
グたち7人は今も見えない壁に向かって必死に剣や斧を振り下ろしている。
というか、少しは工夫しろよ。おいおい、剣で駄目なのに殴ってどうするよ。
いやいや、頭突きはもっと駄目だろ。
グさん、お前がボスなんだから何とか言ってや……。
グは結界に噛み付いて歯を折って悶絶していた。
少し様子を見ていたが、これ以上変化もなさそうなので俺は睡魔をかけて7人を眠らせることにした。この魔法も生活魔法で、本来の効果は眠れない人に睡眠を促す程度のものだ。言うなれば魔法版ドリ○ルのようなものだ。それを俺が使うと……周囲で見えない壁と格闘していた7人が突然、糸の切れた操り人形のようにパタリと地面に倒れる。ルーイに試した時は昏睡状態になってしまってかなり焦った魔法だったりする。
俺はグたちが持って来てくれた(持っていた)食料を物色し、更に使えそうな装備なども全部回収する。もちろん最優先は服であったことは言うまでもない。エイミも地下から出て手伝ってもらったが、こんなむさ苦しい連中の服を剥がせるのは申し訳なかったので俺が全部やった。
途中でエイミが、「食べるの?」と聞いてきたが「捕食」と「男色」どっちの意味だったのかは怖いから聞いていない。
なんとなく、このまま放置するとエイミさんがグたちを捕食しそうだったので片付けることにた。
「送風」
これも生活魔法。そよ風を起こすこの魔法は本来、換気に使ったり火起しに使う魔法だが俺が使うと7人を簡単にお星様にできてしまう威力となる。
「飛んだ、見えない」
飛んで行った彼らを見送るエイミが残念そうに見えるのはきっと気のせいだろう。
空の彼方に飛んでいった魔族たちを見送ったあと、エイミはこちらに振り返って満面の笑みで「ありがと!」と言ってくれた。
この世界に来て最初に出会ったのが、エイミみたいな子で本当に良かった。
あんな脳筋魔族に襲われなくて本当に良かった。
「彼女は俺が守る!」と、この世界に来て最初の目標を決めたのだった。