プロローグ
初投稿です。よろしくお願いします。
2015/12/5 修正しました。
俺は殴られている。
現在進行形で殴られ続けている。
マウントポジションを取られ、為す術もなく殴られ続けている。
俺は伊吹黒、社会人1年目の23歳。
身長がデカイ以外に取り柄のない普通のサラリーマンだ。
入社直後から社内では勇者などと呼ばれているが、これは自慢できることではない。
入社初日に痛車で出社という社会人デビューを果たしたことが原因だ。もちろん後悔など微塵もしていない。本当だ。嘘じゃないぞ?
彼女?何それ?美味しいの?両親も既にこの世にいない天涯孤独な一匹狼だ。趣味はアニメ、漫画、ゲーム、プラモデル。部屋はガレージキット(未開封)や、積みゲーで埋め尽くされている。
そんな俺が何故、ボコボコにされているのかと言うと…
それは俺が名前も知らない美少女に抱きついてしまったからだ。
ん?これでは犯罪者の自首っぽいな。少しだけ自己弁護をすると、美少女が心もとろけるような微笑を俺に向けてくれたので抱きしめてしまったのだ・・・あれ?やっぱり犯罪だね。
ほら、あれだ。恋愛経験とか無さ過ぎて、女性とどう接したら良いか分からなかったんだ。俺に対してこんな笑顔を向けてくれる女子など存在しなかったので、
(あれ?この女、俺のこと好きなんじゃね?)
とか勝手に盛り上がった末の愚行でした。ごめんなさい。
結果、美少女の「僕は男だ!」という叫び声と同時に飛んできた鳩尾への一撃であっさり崩れ落ち。あっという間に組み伏せられて、今の状況だ。
その美少年はルーイと名乗った。
「はぁはぁ・・・・・・まさか抱きしめられるとは思わなかったよ」
俺を殴り続けて乱れた呼吸を整えながらそんなことを言ってきた。
「いや、あれは親しみを込めたハグだっ・・・・・・ごめんなさい」
物凄い目で睨まれた。
そこで、俺は違和感に気付く。
「痛くないな・・・」
そう、あれだけ殴られたのに痛くないのだ。
「やっと気付いたのかい?ここは夢の中だからね」
「夢か、確かに俺と君以外に何も無い空間だなここは・・・・・・」
そうか、夢の中だからいつもだったら絶対にしないアグレッシブな行動に出てしまったのか。
「全部が夢の所為じゃないと思うよ?それと僕のことはルーイって呼んで」
ぬおっ!心を読みやがった!
「まあね。僕は君の世界で言うところの魔族ってやつだからね」
「その魔族が、俺の夢に何の用だ?」
「用かい?特に無かったんだけど、今思いついたかも・・・・・・」
「ほぅ、聞かせてもらおうか」
「なんか君は偉そうだね・・・・・・まぁいいけどね。今の状況は、君と僕の精神が繋がっているのだと思う。何故そう思うかって言うとね。僕ね、実はちょっと前に死んじゃって今は転生の準備期間のはずなんだ・・・・・・って聞いてる?」
「なんだ、そのカミングアウトは!お前の世界では、おおルーイよ、死んでしまうとは情けないとか言われて教会で目覚めるのが普通なのか?」
「何言ってるか分からないけど、違うよ。僕の場合、死んじゃっても500年くらいで生き返る体質なんだ。まぁ、自分の肉体を用意してそこに僕の精神が入るって感じだけどね」
「それじゃ、お前は誰かの肉体を乗っ取るってことか?」
「う~ん。そうじゃなくて母親に僕を生んでもらう予約をする感じかな。父親でも予約はできるけどね」
「まさか、俺にその予約をしに来たとか言わないよな。無駄になるぞ。止めとけ!」
「そんなつもりは無いよ。もう肉体は予約済み。君はまぁ、なんだ・・・その・・・・・・頑張れ!」
「そんな目をして肩に手を置くな!」
彼女なんて、自分の時間を奪うだけで面倒くさいと言い訳していた時期が僕にもありました。
「ごめんごめん。それで、今思いついたんだけど、僕と君の精神が繋がってることを有効活用できるかもしれない」
「有効活用?こんな夢が何に使えるってんだ?」
「かなり君にも美味しい話だと思うけど。聞くかい?」
「話によるな。世界の半分とかならいらないぞ。くれるなら全部くれよ?」
「君の話は時々意味不明になるね。とりあえず興味があるってことで話を進めるよ?いいかい、さっきも説明したよう僕の肉体は僕の世界にある。あとは精神である僕が中に入れば転生は完了する。ここまではいいかい?」
「色々と信じられないが、理解はできた」
「そこでだ、もし君の精神を僕の肉体に入れたらどうなると思う?」
「俺が美少年になるってことかっ!!!!!」
「なんでその答えに辿り着くのかな?残念だけど、次の僕の肉体がどんな容姿かは分からないよ。君の精神が僕の世界に行くって事だよ!」
「嫌だぞ、入れ替わったらトカゲでしたとか。でも、異世界か・・・・・・。面白そうな、怖そうな響きだな」
「でしょ!!二人で同時に身体を入れ替えれば、お互いに異世界に行けるってことだよ!精神は繋がってるから元に戻すこともできる。」
「おおおっ!それは魅力的な提案だ」
「でもリスクが無いわけじゃないよ。君は魔族として僕の世界で活動しなければならないから、かなり大変だと思う・・・・・・」
ルーイは少し自虐的な笑みを浮かべた。さすが魔族、そんなに恐れられる存在なのか。暴れ過ぎると勇者とかに殺される可能性だってあるかもしれない。
「その点に関してはルーイも同じだな。なんせ俺は会社の連中に『勇者』って呼ばれているからな」
「うわぁ・・・勇者か。君の世界にもいるんだね。まぁお互いのことも含めて、これから毎日夢の中で勉強しない?世界の言葉や文字、文化を理解して少しでも異世界旅行を満喫できるようにさ。僕の肉体もまだ完璧ではないからもう少し待った方が良いと思うし」
「おおっ!それは楽しそうだ。異世界で言葉が通じないと困るし、行く前に覚えられるなら楽勝じゃねぇか」
「頑張ったら魔法も教えてあげるよ。でも、魔法を教えるには君の魔力は低すぎるね。今日から毎日、魔力を上昇させる鍛錬を続けてみようか」
そして、地獄の日々が幕を開けた。仕事と魔力トレーニングと語学勉強、そしてルーイにこっちの世界の基礎知識を教える。寝るとルーイが鞭を持って待っているので精神的にはほぼ徹夜な状態が続いた。
その甲斐あって、1年後には一般的な基礎知識はほとんど身につけることが出来た。そして俺は、念願の本格的な魔法を教えてもらえることとなった。
「先生!召喚魔法が知りたいです!」
「どうしてそれが最初なの?あまり使い道ないと思うよ?」
「だってほら、色々と呼び出せて格好良い!!それにほら、自分で戦う必要とかなさそう!」
「・・・・・・君が思っているほど便利な魔法じゃないよ。まず、何を召還するのかが選べないし、それに召喚魔法に必要な生・・・」
「はい。終わったー。しゅーりょー」
俺の夢は打ち砕かれた。召喚魔法さえ覚えてしまえば、こっちの世界でリアルエルフを嫁にしたり、猫耳娘とのんびり日向ぼっこといった俺のささやかな野望が実現できると思っていたのに!?
うん?格好良い?戦う必要?そんな物は建前ですよ!タ・テ・マ・エ!
「召喚魔法なのに召喚する物を選べないとか。どんなパル○ンテだよ。ちなみにどんなモノが召喚できるんだ?」
「召喚されるのは異世界の勇者だね」
「勇者!?それはそれで良いかも。」
女戦士とか、ビキニアーマーとか。おおおっ!夢いっぱいの素敵魔法じゃん。
まぁ召喚しなくても頑張ればこっちでも見ることはできるけどね。
「無駄だと思うけど説明するとね。召喚魔法は僕の世界の人間が開発した魔法で、普通は禁呪とかに分類されなきゃいけないほどの魔法なんだ。その理由はいくつかあって、特に召喚した人間を元の世界に返すことが不可能だというのは致命的かな」
帰れないとか・・・召還じゃなくて拉致魔法って名前付けろよ。
「あとは、召喚するのに500人くらい生贄が必要ってこととか、召喚された場合は術者に精神を支配される場合があるとか、召喚されると勇者として働かなくてはいけないとか、あとは・・・」
もう黒魔術とかなんじゃないの?
「これだけでも馬鹿げてるけど、召喚された勇者がどんな能力を持つかも、あの世界に召喚される時まで分からないんだって」
さすがにビキニアーマー見たさに500人は殺せないわ。恐ろし過ぎるだろ、ファンタジーの世界。
「人間も、他の上位種族に滅ぼされないように必死にこの魔法を開発したみたい。たぶん今でもあの世界には100人くらい勇者がいるんじゃないかな?」
「勇者100人とか・・・伝説の装備を巡って争いが起きそうだな」
「まぁ勇者の中には『スライムと会話できる能力』みたいな能力しか獲得できなかった人もいるみたで実際に100人全員が戦力としてどうなのかまでは分からないけどね」
「スライムと会話か……。こっちの世界だと勇者は基本的にモンスターと会話ができると思ってたけど、その能力だけだと泣きたくなるな。そもそも他に話せる人がいないと本当に会話できているのかさえ分からない」
確か昔、ペットの言葉がわかるとか言ってテレビに出ていた人がいたな・・・・・・。もしかしてあの人も異世界から召喚された勇者だったのか。そう考える優しくなれる気がする。
「召喚魔法は諦めるとして、他に心躍る魔法は何かあるか?」
「いっぱいだよ!むしろこっちが大本命だもん!」
何がそんなに嬉しいのか、満面の笑みを浮かべて魔法についてレクチャーを始めるルーイ。
更にそれから数ヶ月、俺は魔法についてみっちり学んだね。生活魔法、初級魔法から上級、超級、絶級まで全属性を学び終わった。
あとはこれを発展させて独自の魔法理論を確立すれば、神級や究極級魔法などと呼ばれるオリジナル魔法が編み出せるそうだ。
ただし、魔法が使える人に限る!!!
ただし、魔法が使える人に限る!!!
悔しいので2度言いました。
俺は初級魔法すらも発現できない腐ったミカン野郎でした。
「う~ん。何が問題だかわからないよ。魔力は鍛えているから上昇しているし、魔法のイメージも君の世界の知識で補強できているのに発動だけしないなんて」
ルーイも頭を抱えてしまっている。
「なんで君の中に魔力があることが分かるのに外に出てこないんだろ。」
「いや、俺に聞かれてもわからねーよ。気持ち的には便秘ってこんな感じなのかな?って思うけど」
「魔力を便秘に例える人を初めて見たよ。でも、確かにあと一歩、あと一踏ん張りな気がするんだよね」
「まぁ焦っても仕方がない。まずは魔力を鍛えながら勉強でもしてるさ」
「そうだね、本当は魔力が足りないだけかもしれないし。もうちょっと続けてみよう」
それから暫くして・・・・・・
激しい炎の柱が白い空間を埋め尽くしている。その光景を俺とルーイは呆然と眺めていた。
すでにその姿勢のまま数十秒は経っただろうか、炎の熱で全身が熱いがそれどころではない。
目の前の炎がようやく消えたあと、ルーイは「ぎ、ぎ、ぎ、ぎ」と音がするのではないかという緩慢な動きで横にいる俺へと顔を向けている。口がパクパクと動いているのが少し可愛い。
「な、な、な、なんで初級の火球が初めて発現したと思ったらあんなアホみたいな威力なのさ!!!!」
そう、今日俺はいつものようにダメ元で初級魔法火球を打ってみた。そしたら何故か今日は魔法が発現して、「おー、魔法すげー」とか感動していたのだが、どうやら異常現象だったらしい。
「あの魔法ってそーゆーもんじゃないの?」
「違うよ!精々、拳くらいの大きさの火球を飛ばすくらいだよ。いったどれだけの魔力を込めたらあんな炎の塊が出てくるの?僕にだって無理かもしれないよ」
「いや、今までと同じようにしただけなんだけど」
「ちょっともう一回やってみてもらえる?」
俺は同じように魔法を発動させようとするが今度は発現しない。
「魔力切れかな。ちょっと休んで休憩したらお願いできる」
「自分の中の魔力がどれくらい残っているか分からないのは致命的だな」
魔力枯渇が原因でで死んだりすることは無いとは聞いているけど、意識を失うことはあるらしい。戦闘中にそんなことになったら困る。
「そこは、経験かな。どの魔法を何発打てる魔力があって、どれくらいで回復するのかを体で覚えるんだよ」
「そうか、まぁようやく魔法が使えるようになったわけだし、これからだな」
「その前にこのアホ魔法の謎を解明しなきゃだけどね」
「アホ言うな。おっ、なんか打てる気がするぞ。」
「早いね・・・・・・。あっちに打ってみて」
「おうっ!えいっ!」
ゴウッ!!!!!!
ゴォォォォ
ゴォォォォ
シュポッ……
「うん。わかった。やっぱりアホ魔法だ」
「いやいやいやいや、それは意味がわからん」
ルーイは大きな溜息を吐くと、諦めたように首を振っている。
「たぶんだけどね、君は魔力を通し難い体質なんだと思う。だから身体自体が魔力を通さない大きな抵抗みたいに作用していて、その抵抗を超える魔力を流してようやく魔法が発動出来るんだと思う」
「つまり?」
「例えば、魔力を1だけ消費する初級魔法を使おうと思っても、君の身体の外に魔力を流すには100以上の魔力を一気に込めないといけないんだ。そうすると、本来の百倍の魔力を込めた初級魔法が発現するっていう仕組みかな。あの規模を見ると、100倍どころか1,000倍でも怪しいくらいだけど」
「要するに、魔法を使うのにいっぱい魔力を消費するってことか」
「そうとも言うけど、問題は魔法の繊細な調整が不可能ってことかな。よく言えば一撃必殺の初級魔法。悪く言えば大雑把な魔法ってことかな」
それでも、魔法は使えたのだから良しとしよう。
あとは魔力を高めるトレーニングの時間を増やして、初級魔法なら30回は使えるようにしよう。そんな決意を伝えると、ルーイは引きつった笑いを浮かべながら
「僕の前で中級魔法以上は使わないでね。あの規模の魔法を30発とか・・・常識が全速力で逃げていく・・・・・・君を選んだのは失敗だったかも」
などと言ってきたのは何故だろうか。
結局それから二ヶ月で初級魔法なら連続で200回使っても大丈夫なくらい魔力は上昇した。どうも、現実世界での魔力トレーニングの効果が高いらしい。惑星ベ○ータみたいなもんなのかね?ルーイには30発が限界だと伝えてある。あの様子ではショックで、禿げてしまうかもしれないしな。
「さよなら、常識」
ルーイが俺を見つめながらそなことを呟いた。
☆★☆
その日もいつものように俺とルーイはお勉強に勤しんでいた。
テーマは『アホ魔法』。つまり俺の魔法についての実験と検証だ。俺の魔法は強力すぎるので現在ルーイに使用を制限されている。
制限されるようになったのは、俺がこっそり現実世界で深夜に火球を海中に向かって試し撃ちし大爆発を引き起こしてしまったからだ。
『こちら昨夜遅くに大爆発があったと思われる海底付近が見える海岸に来ております。現在海上自衛隊の巡視船が現場周辺の警戒を行っており、我々もこれ以上近づくことが許されておりません。マグマ水蒸気爆発や戦時中の不発弾の可能性などが噂されていますが……』
こんなニュースが連日放送され、いつ自宅に警察が来るかと怯えていたのはルーイにも内緒だ。後で調べたが、あの爆発は水蒸気爆発だった。水中ならすぐに消えるだろうとか、安直に考え過ぎだったと反省している。それ以降、俺が魔法を使えるのは保護者がいる時だけになってしまった。
「君のアホ魔法の威力は絶級を超えているから、街中での使用は控えたほうがいいよ。調整に関しては、今のところ絶望的だね。あと回復魔法は滅多なことでは使わないこと。使うなら10人以上同時に生活魔法でお願いするよ。君の魔法だと回復魔法すら凶器になる可能性がある」
ここ数日の検証結果をまとめていたルーイはそう言うと、無造作に右手を突き出し火球を放つ。
拳ほどの大きさの炎は結構な速度で真っ直ぐに飛んで行った先で破裂音と同時に爆ぜた。
これが一般的な火球だ。
ルーイに視線で促されたので俺も同じように右手を突き出して力を込める。掌に熱を感じた瞬間に、更に魔力を込め一気に解き放つ。前に現れた炎の「それ」は空気を焼きながらルーイが放った火球の倍以上の速度で飛んでいき、そして着地した。
「なんで威力の調整はできないのに、あんなことはできるの?」
ルーイは多くの方で燃えている俺の魔法を見ながらやれやれと首を振っている。
「ルーイの火球と一緒だろ。ちょっと大きいだけでさ」
「僕はあれが同じ魔法だとは断じて言いたくないよ。威力もそうだけど、何あれ?鳥?」
「鳥だな。火の鳥って感じか」
俺の火球は球ではなく、炎の鳥となって飛んで行き、遠くで着地してそこで轟々と燃えている。
遠くに飛ばそうと考えて発動させると何故かいつも鳥の形になってしまうのだ。格好いいから俺は大好きなんだけどね。
「これはもう神級魔法じゃないのかなぁ……。でも構造は初級魔法のものだしなぁ……」
最近のルーイは独り言が多い。「常識が…」とぶつぶつ言っているのをよく耳にする。
ルーイにはまだ幾つか相談しなければいけないこともあるからそろそろ慣れて欲しいものだ。
そんな事を考えながら自分の出した火の鳥に結界魔法をかけておく。あの火の鳥は暫くすると大爆発をするからだ。最初の時は鳥の姿に二人とも動揺しまくって、気付くのが遅れて死にかけた。
「結界魔法は強ければ強いだけ便利だからいいけどなぁ。ん?」
鼻歌交じりで結界魔法を放った直後、俺の身体に異変が起こっていた。
正確には左足の先が金色に光っている。
「おーい。ルーイ。これなんだー?」
俺の状況に気づかずまだ床を見つめて何やら呟いているルーイを呼ぶ。
思考の世界から戻ったルーイがようやく俺の左足に気がつき・・・・・・。
「うわぁ~!!!」
と、悲鳴を上げながら猛ダッシュで俺に向かってくる。
「君ってやつは一体どれだけ運が悪いんだ」
ルーイが悩んでいる間に光は左足の膝まで来ている。あまりいい予感はしないが、取り敢えず聞いてみることにする。
「おいっ、戻ってこい。この光は何だ?」
「痛い!もう殴らないでよ。って、それどころじゃないよ。大変なんだよ!」
「落ち着け。お前はテンパった時のドラ○もんか。何が大変なんだよ」
「ドラ○もんって何?じゃなくて!!これ、この光!この光って勇者召喚の光だよ!」
( ・・・勇者召還・・・・・・勇者・・・・・・拉致魔法・・・・・・一生家畜生活!?)
俺の脳裏を一瞬で嫌なキーワードが駆け抜ける。
「ををををををいいい。どどどどどどうか…」
やばい、パニックがやばい。なんか右足も光り始めやがった!
「君の魔力でレジストするんだ!」
「レジスト?どうやればいいんだよ!」
「結界魔法を体の中で使う感じかな?とにかく頑張れ!」
お前はダメ上司か。もっと具体的な指示を出しやがれ!とか今ツッコミ入れてる場合じゃね。
(体内に結界を張るイメージ)
「こうか!?」
両足の膝まで来ていた光が一気に胸元まで上がって来た。
「・・・・・・あれ?」
「魔力込めて召喚を手伝ってどうするのさ!」
「知るかっ!言われた通りにやったらこうなったんだよ!」
「あーもうっ!せっかくの準備が台無しじゃないか!いいかい、これから召喚魔法をキャンセルするから覚悟してね」
突然ルーイの全身を黒い靄のようなものが包み込んだ。
「キャンセルできるならさっさとやってくれ!」
「そう簡単に言わないでよ。結構リスクが高いんだよ。いいかい、時間がないから簡潔に要点だけを伝えるよ。これは君を勇者召喚よりも先に僕の世界に送ってしまうって方法なんだけど問題もある」
「勇者召還よりもマシなら何でもいいから!早く!」
「いいから聞いて!いいかい。僕の肉体がまだ不完全かもしれないということ。だから乗り移った君は最初に少し大変な思いをするかもしれない。あと、僕が君の身体に乗り移ることになるんだけど、そのままだと僕が勇者召喚の対象にされちゃうから精神の繋がりを切断しなくちゃいけない。下手をすると僕たちはお互い二度と会えないし、元の世界にも戻れないかもしれない。わかった?」
「問題が意外と多いぃぃぃぃ!なんかいっぱいあったぁぁぁ!」
「細かいな君も、僕だって焦っているんだよ!」
「少し大変ってどっちだぁぁぁ」
「君は意外と冷静だよね?このまま召喚されちゃう?行っとく?」
「すまん。調子に乗りすぎた。でもいいのか?俺は助かるけど、お前にとってメリットが何もないじゃないか」
俺は魔法や異世界の知識を教えてもらえるから文句はないが、ルーイは日本語と、俺が知る限りの知識しか得るものがなかったはずだ。ここで俺が勇者召喚で連れて行かれたとしても、大して困らないのではないか?
では、何故そんな俺を、危険を冒してまで助けようとしてくれるのだろうか。
「正直言えば僕のメリットは大きいんだよ。僕は同じ世界に何度も転生していたからね。あの世界には飽き飽きしていたところなんだ。だから是非とも君の世界にお邪魔したいんだ。それに、僕は後で転生できるからね、君には申し訳ないけどノーリスクって言ってもいいくらいなんだよ。だから僕は僕のために君を助けるよ」
「それが俺に気を使わせない為の嘘なら惚れちまうところだが、どうやら本当みたいだな。それならさっさと頼む。また会える可能性が無いわけじゃないんだろ?」
俺の言葉にルークも声を上げて笑う。
今までに俺が見てきた天使のような微笑みではなく、大爆笑だった。
「この状況で、ここまで落ち着いてるとは思わなかったよ。海を爆発させた日の君はどこに行ってしまったんだい?」
「ウルサイ!それで、どうなんだ。もう二度と会えないのか?」
「それは僕たちの頑張り次第かな、僕は君の世界を満喫しながら帰る方法を探すよ。君は君で帰還や精神の繋がりを復活できるような能力を持った奴がいないかどうか探してみてよ。勇者召喚で拉致されてたら可能性はゼロだったわけだし、悪くない賭けだろ?」
「お互いに異世界を満喫しようじゃねーか」
「そうだね。それがいいよ。満喫しながら暇になったら戻る方法を探していく方向で」
「それじゃー頼むわ。そろその鼻の頭が光りだした」
「それじゃ行くよ。えいっ!」
そんな軽い掛け声とともに、ルーイは黒い靄で覆われた右腕を俺の胸に深々と突き刺した。
痛くないけど、これは凄く気持ちが悪い。
「『えいっ!』じゃねぇよ。そんなことやるなら先に言……」
文句を言う俺の意識がどんどんと遠くなる。
《精神の接続が切断されました》
どこかからそんな声が聞こえた。
《勇者召喚を・・・・・・しました》
《肉体との…続を完了…マ…》
《ス……タ……イノ……ヲカク…クシ………》
《‥‥‥‥‥‥‥‥‥タ》
もう最後の方は何を言っているのかも分からない。
俺はそこで意識を失った。