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リバーシブル  作者: ユー
9/21

夏休み:歓迎

「よーこそー」

 やけに子供っぽい声で歓迎してくれるのは、今回の旅行のホストである、弥生 人形である。市松人形のような髪をしており、美しい着物での出迎えだ。

 船に揺られること半日、僕たちは弥生家の所有する緑松島(りょくしょうじま)に着いていた。船の中では、九九と先輩が常に喧嘩していたり、東西姉妹のいたずらに振り回されたり、等々大変な旅路だった。僕たち五人の他にも、同じ船で四人この島にやって来た。皆、僕では到底追いつけない天才ばかりだ。

「さっそく、館に案内するね」

 弥生に連れられて歩くこと数分、そこには僕の家の数倍はあろうかという程の豪奢な洋館が建っていた。三ツ星ホテルすらこの建造物の隣に並べれば、見劣りすることだろう。門前には侍女と思われる方が一人。流石にメイド喫茶にいるようなまがい物とは比べ物にならない程たたずまいに品が漂っている。お辞儀一つ、歩き方一つ取っても一流である。そのまま館の中に通された僕たちは、まず五日間過ごすことになる個室を紹介された。当然のように一人一部屋が与えられた。防音設備まで整っているらしい。その一室も僕の家のリビングルームの倍ほどある。ふかふかのベッドにソファとテーブル、机と小さな卓上ランプ、それと壁掛け時計が一つ用意されていた。

 部屋の確認が済み、荷物の整理も終わったら一度ダイニングルームに集まるように指示された。窓からはすぐ近くに海が見えるが景色を楽しむこともそこそこに、なるべく早くそこに向かうことにした。

 ダイニングルームにはすでに九九と一人の男性が座っていて、二人は親しげに会話していた。僕は九九の隣に座り召使さんに紅茶を持ってきてもらった。飲んでみて分かったのは、いつも先輩に淹れてもらう紅茶はこの、おそらく最高級であろう物よりおいしいということだった。

「もしかして、初めまして、だよね。俺は夢浮橋(ゆめのうきはし) 為時(ためとき)。君は?」

 九九と話していた男性、夢浮橋が僕に対して話しかけてきた。湯気の立ち上る紅茶を置き、僕は名前を答え、ついでに何組かを尋ねてみた。初めて話す西ノ宮高校の生徒には何組かを聞いてみることが習慣のようになってしまった。

「俺はD組だよ。小さいときから文章力を鍛えられていてね。実はもう本も何冊か出してるんだ」

 聞いてみると、僕も何冊か読んだことのある作者だった。テレビや雑誌でも話題の本として持ち上げられているのを見たことがある。でも、確かあの作者のデビュー作は八年前だったような気がするんだけれど。デビュー作にして200万部の大ヒット作。今でもこの作者の代表作として挙がることの多い作品だ。

「ってことは、小学三年生の時にデビューしたのか‼」

 僕がつい大きな声で言ってしまい、夢浮橋は少し恥ずかしそうに頭を掻いていた。九九も驚いたようで、目を丸くしている。僕は割と本を読む方だ。ジャンルには特に好みの無い雑食なのだけど。そんな僕が本物の作家先生に会って、嬉しくないわけが無い。確か持ってきていた本の中にこの人の本もあったはずだ。後でサインでもしてもらおう。

 そんな話をしている間に僕たちを含めて、島に招かれた全員、あわせて九人が集まった。先輩は僕が勝手に連れてきただけだけど。

「さてさて、皆、集まったねー。弥生がここの主人の弥生 人型です」

 そう言いながら出てきた弥生はさっきとは違う着物を着ていた。地味だが質の高そうな大人が着るような物だが、小柄な体格と子供のような声のせいで、とても幼く見える。小さな体で必死に主らしく見せようと頑張っているらしい。

「皆には今日から五日間楽しんでもらうんだけど、いくつか決まり事があるんです。それについて、花音さん説明してください」

 弥生がそう言うと、部屋の隅で屹立していた召使さんが早足で弥生の隣にやって来た。花音さんは軽くお辞儀をしてから話し始めた。

「この館の管理を任されています、狩野 花音(かの かのん)と申します。えぇと、先ほどお嬢様が仰いました様に、ここ、緑松島ではルールがございます。まあ、それほど難しい物でもありませんので安心なさってください。一つ目は携帯電話やパソコンの使用の禁止。これはここにいらす前に説明を受けているのでは無いでしょうか。持ってきていませんよね」

 花音さんは直立不動で話し続ける。僕もつられて固まってしまう。さっきまで中身の入っていたティーカップはすっかり冷たくなって僕の前に置かれている。他の人たちはそれぞれ楽に聞いているようで、やっぱり僕だけ普通人な感じだ。

「二つ目は、毎日三食、食事が有りますが、夕食は全員集合してください。朝と昼は私か、もう一人の侍女に言いつけて頂ければいつでもご用意いたしますが夕食は絶対に集まっていただきます。時間は午後七時となります」

「どうしてそんなルールがあるんですかー」

 誰かが炭酸の抜けたコーラみたいな声で質問した。

「お嬢様が皆様との食事を楽しみにしているためです。一応、遅刻しても部屋に確認しに参るとは思いますが、見つからない場合は規則違反とみなします」

「規則違反にはなにか罰則があるんですか」

 さっきと同じ声で質問がある。意外と頭が良いのかもしれない。

「ええ、二度の違反があれば島から出て行ってもらうことになります」

 案外厳しいもんだな。確かに規則は守るためにある。だが、罪に対する罰の重さは等しくないといけない。万引きに死刑が重すぎるように。

「三つ目、これは普通です。日本の法律に触れることはなさらないでください」

 当たり前だ。個人の島とはいえ、一応日本の領域の島だ。日本の法律が適応される。

「あと、四つ目ですけど、分からなければ何をしてもかまいません。つまり、私たちに気付かれなければ、携帯電話を使っても、夕食をご一緒にならなくても大丈夫です」

「ばれなきゃ何をしてもいいんですか?」

 やはりあの声が聞く。花音さんは静かに肯定する。

「じゃあ、このルールは悪いことしてるのがばれたら規則違反ってとこだな、きゃははは」

 それって、わざわざ必要な規則か?そんなこと、日常生活でも普通のことなんじゃないかな。

「この規則は、規則を犯すために作りました。ばれなければ、お咎めなし。ただしばれたときは、その違反一つとこの違反一つ、計二つで一発退場です」

「そういうことー。難しい話はこれくらいにしようか。ご飯までまだ時間あるし、自由行動ねー。誰か弥生と遊んでー」

 疲れたな。それほど長い話では無かったけど、雰囲気に飲まれてしまった。僕は花音さんに紅茶をもらうことにした。

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