別日:非部活
今日も今日とて僕は先輩のところに行く。九九が同好会を始めてから、放課後の時間にすることが無くなった。僕も同好会に参加することも考えたけど、残念ながら僕にはできない内容だし九九だけで十分役立っているので、それはやめた。
そんなわけで、僕はここ一か月AV教室に通っている。
「まって、晶君。今日も行くの?」
教室を出ようと扉に手をかけたとき、僕を呼び止める声が聞こえた。
振り返ると左だった。最近東西姉妹は見分けを付けるためにヘアピンを左右それぞれに付け始めた。左側につけるのは左だ。
「先輩に会うのは控えた方がいいと思うよ。良い噂聞かない人だし」
「よく言われるけどね。皆誤解しすぎなんだよ。いい人とは言わないけど、普通の人だよ」
嘘だけど。僕はあの人のことを、この学校で一番の鬼才だと思っている。普通なんてとんでもない。
この学校には天才が集まっているけど、その中で才能も無くやっていける人が普通なわけ無い。
「九九君も心配してるよ」
「あいつにも大丈夫だと言っといてくれ。何なら一緒に来るか、とも」
僕はそう言って教室を出た。
先輩はこの学校のほとんどの人に嫌われている。一年団の間でも嫌われるのはおかしくないだろうか。僕は先輩についてのどんな噂を聞いても嫌う理由は無いと思った。僕が噂で人を判断しないとかではなく、単純に悪いことだと思わなかっただけだ。
だが、僕が先輩のことをこんなに気に入っていること。それもおかしなことだと思う。僕たちに接点など無かった。あの日先生にお使いを頼まれて、その日からだ。僕はあまり人にしつこく話しかけるタイプでは無い。九九と親しくなれ、あるいはこのまま九九以外の友はできないのではと、なんとなく感じていた。今の僕がクラスで浮かずにすんでいるのも、九九の社交性の高さのおこぼれに与っているに過ぎない。
いつものように運動部たちの声を耳にしながら、いつものように薄暗い廊下を早足にして急ぐ。
そして、いつもの冷たい扉を躊躇無く開ける。
「いらっしゃい。待っていたよ」
僕がここに来るようになり、先輩の対応も変わってきた。もちろん紅茶を出してくれるし、付けている映画も消すようになった。ちなみに、付けたままでも構わないと言ったのだが、特別好きで見ているのでは無いと言われた。ただの暇つぶしらしい。
先輩が紅茶を準備してくれる。ついでにお茶請けだろうか羊羹を出してくれる。紅茶と合うのか心配になるが、紅茶も緑茶も元は同じらしいのでそんなに気にすることでも無いのかも知れない。
先輩はお気に入りの特等席に腰を下ろす。僕は前の方からパイプ椅子を取ってきて向かい合わせに座る。この教室の都合上、そうしないと隣り合わせか、どちらかが背を向けて話すことになる。
これで準備は整った。僕たちはほとんど毎日この体勢で意味も無いことを話す――
「晶君、幽霊というものを信じるかい?」
「信じてないですね。理由を述べるとするなら、ここまで科学が進歩しているのに一切存在の手がかりをつかめていないから、でしょうか」
「その考え方、僕は非論理的だと思うのだけれどね。だって見つからないからいないなんて、見つからないから落としてないっていう落し物と同じだぜ。見つからなくても無くした物は無くした物だ」
「ですが、それでは世の中の人は全員幽霊を信じざるを得ないことになりませんかね」
先輩は紅茶に口を付けて一拍置く。ついでに髪をかき上げる。動作の一つ一つがまるで貴族のように様になっている。
「そもそも信じるようなことなのかな。誰も見たことが無い物を形にして伝えることなんてできない。言ってしまえばフィクションも同様だ。いると言うには実体が無さすぎる。だけど最初からないと言い張るには証明ができない。そんなものだよ」
優雅に言葉を紡ぎ続けるその口は、いつも僕を煙に巻くことばかり言ってくる。本人が言うには一瞬でも納得させれば、議論というのは勝ちなのだそうだ。詭弁学派のごとくそんな物言いをする先輩に一言。
「結局先輩は幽霊を信じるんですか」
僕の降参の声を聞くたび、先輩は幼い子供のように笑うのだった。
「もちろん信じるさ。理由は簡単だよ。だっていた方が楽しいでしょう」
先輩の勝利宣言を聞くたび、僕は大人のように笑うのだった。
余談なのだが、そもそもこの学校には幽霊なんかよりずっと不思議な生徒が大勢いるのだ。先輩曰く、そんな人たちの中にいれば、幽霊くらいいると思うようになるよ、だとか。
ついでに僕に言わせてもらえれば、先輩こそ幽霊みたいに掴みどころの無い不思議な人だ。