同日:部活
教室に戻った僕はそこに誰もいないことが分かり、一人で帰宅することにした。壁にかかった時計はもう6時を指していた。荷物をまとめ、教室を出る。
まだ外は明るく、当然、部活動の声も聞こえてくる。見ると、野球部が守備の練習をしていた。野球はあまり見ないが、あの練習くらいは知っている。確かノックというのだったっけ。
そんなどうでも良いことをぼんやり考えていると、何やら靴箱に人だかりができているのを見つけた。 何だというんだ。これでは僕の靴が取れない。
人ごみをかき分けて進むと、その中心にはほうきを持った九九が立っていた。
「九九? これは何があったの」
「遅いぞ、早く行こう」
かなりいらだった様子の九九が抜け出そうと動くと、それを阻止するように周りの人たちも動く。
よく見ると、彼らは統一感のない恰好をしている。様々な種のスポーツのユニフォームや、エプロン、着物にドレスと実にバラバラだ。
「朝日君だね。お願いがあるんだけれど」
バラバラ集団の中の白衣を着た男が言ってきた。
「九九君を我が、菌類学研究部に入部するように説得してくれないか」
どうやら、ここにいる人たちは全員、九九をスカウトしに来た部の人のようだ。
「なんで今まで、来なかったんです? 初日から動くべきだったでしょう」
僕はその人たちに非難を込めて言う。
「君がずっと一緒に居たじゃないか。一人のときじゃないと誘いにくいだろう」
意外と普通の答えだった。とにかく、九九は嫌そうな顔をしている。
「わかりました。九九には相談しておきます。なので今日のところは帰ってください」
何とか言いくるめてその場をやり過ごし、僕たちは家路についた。いつの間にか日が落ちかかり、西の空が赤く染まっていた。
「なあ、九九。部活に、入りたくはないのか」
僕は九九に問いかけてみる。
「九九は何だってできるし、どの部でも欲しがってくれるよ」
「それが問題なんだよ」
問題? どの部でも欲しがってくれるってことがか?
「何だってできてしまうから、面白くないんだ。この能力のせいでな」
なんとも贅沢な悩みだ。やりたくてもできない人の方が、圧倒的多数だと言うのに。そんなこと聞かれたら、人気下がるぞ。
「でも、何かしらには入っておいた方がいいんじゃないか。一度、接触してきたんだ。これからどんどんこういう事が増えるだろう。校則には部活の掛け持ちは一切禁止されている。逆に部活に参加していれば、勧誘されなくて済む」
「でも、俺にはやりたい部活なんて無いんだよねぇ。幽霊部員は何か悪いしさ」
やっぱり、基本は良い奴だ。さっきの勧誘も強引に断れなかったのは優しさのためだろう。
二人で話しながら帰っていると、九九が立ち止まって前方をじっと見つめだした。
「おお、東西……じゃねーか、珍しいな、この辺で会うなんて」
「右の方よ。今日はこっち方面にある本屋さんに用事があったの。お二人こそ珍しいじゃない。こんな時間に帰宅なんて。いつもはもっと早いでしょう」
「それがね――――」
僕がさっきの騒動について説明すると、右はふふっと吹き出し、ひとしきり笑った後黙り込んでしまった。道端で立ち止まる三人組の横を何人もの人が通り過ぎていった。沈黙があんまり長いので何かあったのかと心配になってくる。
2~3分経っただろうか。誰も言葉を発しない状態に嫌になり、何か話しかけてみようとした瞬間、その気配を感じたのか、右が手で遮ってきた。
「九九は入りたい部活が無いから困ってるんだよね」
「そうだ、特別やりたいことがない」
「だったらさ、私と同好会を作らない?」
「同好会?」
「そう、部活は最低五人必要なんだけど、同好会は二人以上居ればいいの。その代り一年ごとに申請し直さないといけないんだけど」
「そんなこと言われてもな」
九九はやはり乗り気では無いような反応だ。
右は何か決意したように話し始める。
「私がこの学校に入学したのって、双子だからでしょ。私自信にすごい才能とか技術があったわけじゃない。でも私だって好きな物があって、自分の力で成功したいの。だからね、やりたいことが無いんだったらさ、協力してくれないかな」
右がそんなことを悩んでいたなんて。右には左という特徴がある。僕みたいな全く何も持たない者とは違う。そう思っていた。だけど、特徴を持つ奴は持つ奴なりに悩んでいる。
九九だってそうだ。確かに、九九は何でもできる。だけど、それがやりたいことだとは限らない。人はやりたいことに向かっていくことにやりがいを感じる。できるできないは二の次なのかもしれない。
九九はしばらく考え込んだ。今の話を聞いて何を思うのだろう。
「分かった、手伝ってやるよ。このままだと俺も大変そうだしな。偶然にも利害が一致したわけだ。感謝しろよ、きゃはは」
九九の素直じゃないセリフを聞いて右は本当に嬉しそうに笑う。すっかり暗くなってしまった。僕は腕時計を付けないので正確な時間は分からないけど。こんなに暗いのに右の笑顔は明るく光っている。
「……あれ、そもそも晶、お前があんな奴のところに行かなかったらこんな話にならなかったんじゃないのか。お前、変なこと吹き込まれなかったか」
「それ、今言う!?」
「あんな奴って?」
「どうでもいいから。そんなことより、何の同好会だぁ。ほら、会議だ。茶店行くぞ、茶店」
「ちょっと待ってよ、いまから?」
「ああそうだよ、ほれほれ」
「いやいや、僕は?」
「お前は今日俺をどんだけ待たしたんだよ。罰だよ、罰。一人で帰っとけ」
「えぇ」
…………今日の夜は長い。